ep.02 勇気

「思うに恋っていうのは、最初にキノコを食べようと思うような奴しか実らせることができないのよね」


 恋鐘がそんなことを言い始めたのは昼休みのことだった。

 恋鐘が広げる弁当は女子らしく小さな可愛らしいお弁当だった。中身は男子弁当にありがちな茶色い一色ではなく、体に良さそうな瑞々しい緑と女子高生には似つかわしくない漬物や地味な惣菜が中心だ。ダイエットでもしてるのだろうか。もう少し肉を食べろよ。


「つまり勇気あるものが実らせることが出来るってこと」


 恋鐘はきんぴらごぼうのこんにゃくをつまんで口に放りながらもっともらしいことを言う。


「こんにゃくを食べた奴みたいなね」

「流石に灰汁を使った料理を初めて食べる勇気と恋の勇気は違うんじゃない?」


 相沢は曖昧に微笑みながら言った。恋鐘が掲げるトンチキな自説を理解しかねるらしかった。同感過ぎる。何言ってんだコイツは。

 けれどもそんな俺たちの困惑に取り合うつもりがないらしい恋鐘は呆れた顔で溜息を吐く。


「駄目ね、あんたたち」


 お前には言われたくないが、お前には。


「それくらいの勇気がないと恋なんて成就させられないわよ」

「そこまで重たい恋はしたくないなぁ」

「恋に重たいも軽いもないの。恋は恋。ただそれだけ」


 やたら格言めいたことを言う恋鐘。相沢は最後のから揚げを嚥下すると、席を立った。どうやらトイレに行くらしい。実の所、管を巻き始めた恋鐘がめんどくさくなって逃げただけだな、アイツ……


(めんどくさいの押し付けやがって……!)


 爽やかイケメンは何事も爽やかに行うらしい。あっさりがすぎる。塩ラーメンか?


「で、アンタは覚悟を決めたの?」

「何のだ?」

「とぼけないの。あの件よ」


 ……嫌なことを思い出させやがって。


「あれ、マジで言ってんのか? 壁ドンしろって」

「マジの大マジよ」


 恋鐘に真剣な顔で、真摯な瞳で言われた。あまりにも真っ直ぐな姿勢に、一瞬怯む。けれども気圧されないように俺は言った。


「こっちはあっちに嫌われてる可能性が高いんだぞ。壁ドンなんかしたら今まで以上に嫌われる」

「それでもやってみなさいって言ってるの。フグを食べて生き残った人のように勇気を出して」

「どっちかっつうと、最初にフグ食べて死ぬ人だろこの場合は」


 ぼやいてやると、恋鐘は半目になって、


「じゃあ彼女と恋人になれなくて良いの?」


 んぐっ。それを言われると結構痛い。

 俺は言葉に窮した。そして、それを見逃すほど恋鐘愛という少女は甘くない。彼女はと笑うと、自信満々に胸を叩く。


「思いっきりアタシの胸を借りなさい! ぜーんぶ上手くいくようになってるから!」


 実に頼りがいのある態度だ。自信に満ち溢れた姿にはつい甘えたくなる。 

 根拠がないというところに目を瞑ればだが。

 想い人の背中に目を向ける。華奢な体は少しばかり浮ついているように見えた。おそらく俺の錯覚だろうけど。

 恋鐘発案の壁ドン作戦。果たして上手くいくのか。俺の心には不安ばかりが募ってく。


「…………」


 卵焼きを呑み込んで、空になった弁当箱の蓋を俺は閉じた。

 するかしないか。決断のタイムリミットはもう間もなくだ。





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