第2章 接近
ep.01 無茶な注文
青石高校の登校には最後の関門と呼ばれる長大な坂がある。だいたい斜角30度でとぐろを巻くように続くこの坂は青石高校一(当者比)の嫌われ者だ。
現在時間は2月9日8時17分。いつものように遅刻ギリギリの登校で坂道を歩く俺は、いつものように坂の長さに朝っぱらから苛立っていた。2年登校していても坂の長さにはうんざりする。おまけに上から下るように吹きすさぶ冬の風のオプション付き。嫌なロケーションな上に季節のものが重なって散々なのだった。
おまけに三重苦と言わんばかりにもう1つの苛立ちの源があった。
昨夜から何度も見返したCルームのトーク履歴を見直す。其処には恋鐘からこんなメッセージが送られている。
『バレンタインのチョコを貰えるように明日中に鹿苑ちゃんに壁ドンすること!!!!』
…………馬鹿じゃねーの。
改めてもう一度、馬鹿じゃねーの。そして実際にそう送ってやったら、『あら逃げるの?』などと煽ってきやがったあの野郎。
壁ドン。それは少女漫画とかで多い(のか?)描写で、イケメンが女子を壁際まで追い詰め、腕を突いて逃げ場を奪って迫る行為。改めて言語化すると酷いな、これ……。
それでもって字面からもなんとなくわかるだろうが、実際にやったら立派な犯罪になると言うのが専らの噂だ。つまり恋鐘は立派な犯罪教唆をしていることに……、なる……いや、一応犯罪かどうかは噂話だし大丈夫だろう、うん。そうだと良いが……。
というか、である。そもそもとして壁ドンなんて出来るわけがない。あれは『ただしイケメンに限る』という言葉が最後に括弧つきでつくような所業だ。普通の人間がして良いことじゃない。
恋鐘の指示だと今日の5時間目の物理で日直である鹿苑にクラス全員分の宿題を運ばせるはずだからそこで運ぶ手伝いをするときにやれとのことだったが、できるかそんなもん。そもそもとして、これまでどんなに大変なことでも手伝わせてくれなかった彼女が今日だけ都合良く手伝わせてくれるはずない。恋鐘だってそれを知っているはずなのに……。
まったく恋鐘は何を考えているというのか。頼んでおいて、とは思うけれど、それでも恋鐘の考えは突飛が過ぎると言っても良い。鹿苑と俺の距離感をきちんと把握しているのか。こちとら話したことがあるのは数えられるほどの回数でしかない。そんな希薄な関係性で壁ドンなんてしてみろ。好感度がマイナスに振り切れるどころか、好感度メーターのヒューズが飛んで嫌悪感すら抱かれなくなるぞ。
「相談相手間違えたな、絶対」
だが、そんな恋鐘だっていつまで経っても鹿苑との関係性を進められない俺よりましだ。ましなはずだ。
だから信じよう。たとえ言ってることが無茶苦茶であったとしても。
(でも壁ドンはしねえ。別にやり口を探すか)
逃げる、ではなく戦略的撤退だ。実際問題、鹿苑からのバレンタインチョコは欲しい。土下座しても良いくらいに欲しい。命と引き換えにでも欲しい。だって好きな人のチョコだぞ? 絶対欲しいだろ。プライドなんて二の次だ。
だから頼みの綱の恋鐘の案が頼りにならない以上、自分自身で考えなければ。
「う~~~~ん」
「朝っぱらから忙しいね。苛立ったり、落胆したり、悩んだり」
「うおっ、相沢!」
「おはよう、和治」
爽やかスマイル、歩くイケメンの相沢道慈が声を掛けてきた。
「珍しいな、こんな時間にお前が登校なんて。いつも割と早いだろ」
「僕だって登校が遅れる時くらいあるさ。で、何で百面相なんて朝からカロリー高いことしてるの」
「百面相て大袈裟な……」
「まぁまぁ、そんな細かいところは気にせずにさ。それで何があったの」
「あー、んー」
ぶっちゃけ話したくない。
だって昨日、あんな啖呵を切ったんだ。にも関わらず、恋鐘に縋った俺はとんでもない恥知らずなわけで、こんなこといくら親友の相沢だとしても知られたら死にたくなる。
「まぁ、うん、なんでもねえよ、なんでも。とりとめのないことだ」
適当な言葉で誤魔化して、俺は答えをはぐらかす。訝し気な相沢はそれでも食らいついてきたが、やがて諦め肩を竦めて話題を変えた。こういう諦めが良いというか、察しが良いというか、そういう線引きがしっかりできているところは本当に良い奴なんだよな、こいつな。
……………………しかしコイツが壁ドンしたら、犯罪とかなんとか言われず、それこそ少女漫画みたいな展開になるんだろう。
……。
…………。
………………………。
「ふんっ」
「ってぇっ! え、何? なんで叩かれたの僕?!」
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