第6章 真実

ep.01 恋鐘の不在

 2年最後のテストも終わり、いつも通りの授業が再開する3月5日。その日も誰よりも早く学校に行った。いつもは8時30分の始業時間に近い時間に来る俺からすれば異常に早い7時30分。学校にいるのは部活の朝練に励む連中ばかりだろう。

 3月の上旬にしては酷く冷える朝だった。朝見た天気予報によれば、大陸から強い寒波が日本列島に押し寄せているらしい。まだしばらくこの寒さは続きそうで、少しげんなりする。

 教室に脚を踏み入れた俺は迷うことなく自分の席に着く。歩くたびにスリッパの擦れる音がいやに大きく聞こえた。誰もいないがらんどうの教室。普段のにぎやかさを忘れたこの場所では運動場から聞こえる野球部の掛け声だけが音として在った。

 周囲があまりにも静かだと、自然と思考は内へ内へと向いていくもので。耳が痛くなるほどの教室の静けさの中で、俺は恋鐘のことを――キューのことを考えていた。

 10年以上前にどうしてなにも言わずに俺の前から消え去ってしまったのか。10年以上前に分かれた彼女はどうして今頃になって現れたのか。その真実は明らかになっていない。

 彼女に聞きたいことは山ほどある。10年以上前に置き忘れた数々の疑問が、山ほど。10年以上の時を経て、ようやくそれを解く時間がやってきたのだ。

 約10年ぶりの、おまけにこちらは彼女のことをすっかり忘れていた上での再会だ。今更どんな顔をして会えば良いのかなんてわかりはしない。

 けど、逃げずに向き合うと決めたんだ。だから俺は逸る気持ちに押されて朝早くから学校にいる。確実に彼女と会えるこの場所に。

 どれだけ早く来たって意味がないのはわかってる。これはただの自己満足だ。あるいは焦燥感の発露だ。俺がどれだけ早くきたって恋鐘が来る訳じゃない。ただ単に俺が心の底からの衝動を抑えられなかっただけなのだ。

 窓越しに聞こえてくるのは陸上部の掛け声とサッカー部のホイッスルの音。野球部以外にも続々と朝練が始まっているようだった。朝練に向かう連中は部室に荷物を置いていく。だから朝練のない生徒がのんびり来るまでは、いつまで経っても1人ぼっちで、沈黙で耳が痛いだけだ。

 手持ち無沙汰になった俺は無意味にもスマートフォンを確認する。鹿苑からの連絡が来てやしないかと、何度も繰り返した動作。鹿苑からの連絡が——つまり鹿苑を通じて恋鐘から連絡が来ることなんて、もうこの一週間で分かっただろう。Cルームのアカウントは消されたということは、俺と鹿苑ともう関わることはないということなのだから。

 だから俺は学校に一縷の望みを託して、気を逸らせる。学校だけは恋鐘が逃げられない。俺たちに会いたくないからなんて理由で学校をサボるなんて許されない。サボり続けるなんて出来るはずがない。

 でも、だけど、それでも。


 俺と鹿苑がキューの正体を突きつけた後、恋鐘は一度も学校に来ていない。

 





 

  


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