ep.02 転校生
そんなまさかが来ちゃったよ、おい。
「恋に困ってる奴はアタシのところに来なさい! 恋愛マスターたるこのアタシが恋の全部を教えてあげるわ!」
名前以外の自己紹介を全部すっ飛ばして転校生はそう宣言した。
初めての学校で、初めてのクラスで、転校初日の初っ端に。
髪色は若干明るめで短髪、思いっきり校則を破ったミニスカに其処から伸びるすらりとした脚からは活発な印象を受けてならない。いや、実際に活発なのか。活発じゃなかったら、少なくとも転校早々に満面の笑みで、自信満々に
突然の転校生の奇行に教室には沈黙が落ちた。クラスメイトは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。そりゃそうだ。誰にだって予想がつかない。転校初日の人間が恋愛相談募集中だなんて想像する方が無理である。
俺は相沢に小声で言った。
(お前が変なフラグ立てたからじゃねーか?)
(僕は無関係だ!)
必死に否定する親友にそれでも訝し気な視線だけ送ってやると拗ねた。いわゆる頬を膨らませてってヤツだが、男がやっても全然ウレシクナイ。
俺達がそんなくだらない小競り合いをしている間にもトンチキ転校生は言葉を続ける。
「なになに? 反応が鈍いわね。アンタらの中に燃えるような恋をしているヤツはいないのっ? 張り合いがないわね!」
いや知らんがな。お前が勝手に張ってるだけだろーが。
「もっと命かけて青春しなさいよ! ゴールデンウィーク、夏休み、体育祭に文化祭っ。あとは何? バレンタインデーとか? 卒業式もか! とにかくイベントあるんだから、もっともっと熱くなりなさいよ!」
腕をぶんぶん激しく振って熱弁する転校生。残念ながら俺達は青春してないわけじゃない。ただ圧倒されているだけだ。お前という存在に。
だが、転校生は俺達の事情なんて顧みない。何処までも嵐のようなマイペースさで朝のクラスをかき乱す。偉そうに腰へ左手を当てると、右手の人差し指をおったてて鋭く切り込んだ。
「ちょっとっ、そこのアンタ、アンタは恋とかしてないの!!」
……。
…………。
………………?
「アンタよ、アンタ! 窓から二番目の列、その一番後ろの席に座る男子!!」
「あ、俺?」
「アンタ以外に誰がいるって言うのよ!」
んな、キレ気味に言われても。
うんざりしていると、相沢は相沢でおかしそうに小声で言ってきた。
(面倒なのに目を付けられたね)
面白がってんじゃねぇッ! こっちは人生史上、一番やべー奴に絡まれてんだぞ!!
そんな内心なぞ露知らず、転校生は転校生で傲岸不遜に言ってくる。
「で、アンタは恋とかしてないの」
その問いかけにクラスメイトが視線をこちらに向けてきた。目にありありと浮かんでいるのは好奇心。高校生にとって恋愛話は恰好の餌だ。そろそろ転校生ショックにも慣れた頃というのもあって、さながら鯉のようにクラスメイトは俺にくぎ付けだ。
不味いな、この状況。俺が鹿苑を好きであることを知っているのは相沢だけで、意中の相手がいる場所で恋心を告白するつもりもない。そんなことは断固拒否する。
そしてこれは俺の悪い癖だとは分かっているが、思わず
「何よ、さっさと答えなさいよ」
そして転校生の強い圧は健在で、俺に視線を釘付けにしているクラスメイトたちの圧もまた同様。壁のような圧力に押し潰されそうになった俺は絞り出すような声でこう言った。
「……してねえよ」
ぬぉぉぉぉぉぉっ。我ながらなんだその言い方は! 暗に認めてるようなもんじゃねーか!
ちらりと鹿苑の方へ視線だけ向ける。相変わらず背中しか見えないが、なんとなくほっとしているように見えるのは気のせいか? 気のせいって言ってくれ……。
そして事の発端である転校生はと言えば、
「ふんっ、つまらない男ね!」
「うるせーっ、誰がお前なんかに恋愛相談するか!」
「どうかしらね。漫画だと、たいていそんなことを言ってる生意気な男子が縋り付いてくるのよ」
人を見下した様子で転校生は言ってのけた。いちいちムカつく野郎だ。俺はあいつを一発ぶん殴る権利があると思う。割と真面目に。
心底イラついたのでこちらからも言ってやった。
「そういうお前はどうなんだよ。恋してんのか?」
一転攻勢。逆にこちらから聞いてやる。
クラスメイトの視線も180度回転し、黒板前の少女にくぎ付けになる。
向けられる期待の視線は相当な圧だと思うのだが、それでも転校生は綽綽と言っってのけた。
「してるわけないじゃない」
「してないのにあんな大言壮語を吐いたのかよ!」
「人の恋路を応援しようっていうんだから、自分の恋にかまけてる余裕なんてないに決まってるでしょ! アンタ、馬鹿なの?」
ぐっ、まったく何なんだこの転校生は。傲岸不遜、自信満々にもほどがある。なんだっけな名前は。インパクトのある振舞いのせいですっかり名前を忘れてしまった。おまけに名前は黒板に書いてることなく、口で説明されただけだ。確認する術もない。
「ちぃ、恨み節を吐こうにもこれじゃあ締まりがねえ」などと内心で毒づいていると、都合良く転校生がチョークを手に取り、黒板に文字を書き始めた。
勢いよく、それでいて丁寧な書き筋で、転校生は黒板全体に大きく名前を書いていく。
「良い? もう一度言うわよ? もしこのクラスに恋に困っている人がいるなら――」
黒板に走る白い線。その軌跡はやがて明確な形を成していく。『恋』に『鐘』に『愛』、そして最後に小さく書かれた@の後に続く英数字。おそらく最後の文字列はコミュニケーションアプリ、CルームのIDだろう。
カタン、とチョークを置いた音がした。それから両手で粉を落とすと転校生は黒板を力強く叩いて言った。
「――このアタシ、
しーんであった。クラスメイトの中に名乗り出たり、CルームのIDを書き記したりする人は誰一人としていなかった。少なくとも転校生こと恋鐘に今すぐ恋愛相談しようと思う人はいないらしい。
つれないクラスメイトに唇を尖らせる恋鐘だったが、騒ぎ出しはしなかった。ごねても仕方がないことはネジの外れた頭でもわかってるようである。
「恋鐘さんの席はあそこ、窓側一列目の一番最後だからね」
生真面目な教師が転校生の席を指し示す。げ、そういや席が隣だった。
不服そうな顔のまま恋鐘はこちらにやってくる。それから言った。
「ふんっ、よろしくっ」
「……あぁ、よろしく」
鼻息荒く、恋鐘は席に着いた。そしてつまらなそうに肘をついて、窓の外を見つめる。転校初日で、本当に度胸がある奴だと思う。まぁ、そうじゃなきゃしないか。あんなことは。
しかし、恋愛相談募集中ね。転校早々にそんなことを言いだした恋鐘に恋愛相談をしようと思う人はいないだろう。初対面の人間で、かつ常識なさそうな奴を信用するのは難しい。恋愛相談なんて胸襟を開くこと出来るはずがない。
ただこうも思った。確かにコイツは頭がぶっ飛んでる。でも、だからこそ俺の行き詰った状況をどうにかしてくれるんじゃないのかって。
そう思ってしまったら、もう止まれない。
啖呵を切っておいて情けないとは思う。
でも、それでも、軽く持ち上げた右手は、気づけば右ポケットの膨らみに触れていた。
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