第三十七話 死に物狂いで追って来い
オルトは短剣を構えて声をかけた。
「いつ来ても構わないぞ」
「だったら……遠慮なく!!」
イリーナが鋭い踏み込みから大剣を一閃する。バックステップで躱すオルトに離される事なくイリーナは前進し、二度三度と剣を振り抜く。
オルトは感心していた。少女のような小柄な女性がしっかりと大剣を振り切っている。見た目からは想像も出来ない筋力、ブレない体の軸。全身バランスよく鍛えられ、重い大剣に遊ばれていない。
オルトが突き出した短剣は、腕ごと持っていかれる勢いで大剣に弾かれた。いかにも大剣使いらしい攻撃で圧をかけてくる。オルトは戦士としてのイリーナに好印象を持った。
ふと周囲を見ると、【運命の輪】の面々とネーナが不安そうにオルト達の手合わせの様子を眺めていた。ネーナの手を、メラニアがしっかりと握っている。
オルトは苦笑した。イリーナが想像以上に良い戦士だった為、うっかり目的を忘れかけていた自分に気づく。
――あまり時間をかけても明日に響くか。
フェスタから聞いた話で推測するイリーナの不安。それはある意味、ネーナが今抱いている不安と少し似たものだとオルトは考えていた。
パーティーの中で、自分だけが伸びていない感覚。他のメンバーに置いていかれている感覚。
ネーナについては、ただひたすら頑張るしかない。パーティーメンバーは現役バリバリの騎士二名に、勇者と共に魔王と対峙したメンバーが二名。スタートしたばかりのルーキーが戦闘面で貢献出来るはずがない。
他のメンバーが見れば、ネーナはとんでもない速度で成長している。だが、それを本人が実感出来る時が来るのはまだまだ先だ。
イリーナはネーナと事情が違う。
幼馴染全員が同じラインからのスタート。それでも前衛の戦闘職であるイリーナは否応なく先行してしまう。ワントップの戦士が落ちた状況は、【運命の輪】の崩壊を意味するのだから。
だからイリーナが感じているものは、他のメンバーが急激に成長してイリーナに追いついた事で、パーティーのバランスが崩れているのが原因なのではないか。それがオルトの推測であった。
――うちの妹達を構ってくれた分のお節介くらい、してもいいだろうさ。
オルトはそう呟くとイリーナの一撃を躱しざまに懐に入り、イリーナが振り上げた大剣を身長差を利して受け止めた。
「大剣はその破壊力に比例して隙も大きい。それだけ振れるならば普段はコンパクトにして、連動性と連続性を重視した方がいいかもな」
「くっ!!」
「それから、いくらパワーがあっても肘が曲がった状態では全力は出せないぞ。敵に懐に入られた時の対処法を考えておけ。距離を取る手段でもいいし、可能なら呼び込んで倒してもいい」
オルトはイリーナの腹を蹴って距離を取る。他の【運命の輪】のメンバーを見ると、全員が真剣な表情でオルトとイリーナの動きを目で追っていた。
「イリーナをアタックに使うなら、その隙を埋めるのはスカウトの仕事だ。普段から仲間の動きを見て、話し合っておけ。決まり事を作るのも一つのやり方だな」
「!?」
指摘されたスカウト、ジャックがビクッと反応する。その間にオルトは大剣を掻い潜り、短剣の腹をイリーナの脇腹に当てた。戻って来た大剣を躱して、オルトは再び距離を取る。
「敵にとってイリーナが驚異になる程、イリーナへの攻撃も厳しくなる。イリーナの隙が出来た時は回復のタイミングでもある。後手に回るなよ、クロス。お前がイリーナを守るんだ」
「……はいっ!」
「っ!!」
心なしか荒くなったイリーナの攻撃を短剣で軽くいなす。オルトはイリーナとクロスが恋仲なのを思い出した。イリーナの動揺を感じ取り、オルトは内心で苦笑した。
「ネーナも短剣の間合いと使い方を見ておけよ」
「はい、お兄様!」
「魔術師がダメージソースになるなら、他のメンバーは何としても魔術を展開する時間を稼げ。サポートメインなら、全体を見れる魔術師が司令塔だ。出来るな、メラニア?」
「頑張ります」
ネーナとメラニアが小さく両拳を握る。オルトはイリーナの息が上がって来たのを見て、仕上げにかかった。
「イリーナ、よく鍛えられてるな。正直驚いた」
「なんでっ! あなた、はっ! よゆうなの! よっ!!」
「無駄に体力使うな」
「あうっ」
イリーナの額を指で弾き、オルトは再度距離を取る。
「大剣使いのネックはいくつもあるが、中でもスピードで上回る相手との相性の悪さが問題だ。だが、やりようはある」
オルトはそう言うと、無造作に短剣を突き出した。同時にイリーナの左側に回り込む動きを見せる。イリーナが反応し、左から大剣を薙ぐ。
「えっ!?」
大剣が空を切り、イリーナが驚愕の声を上げる。
「終わりだ、イリーナ」
剣の軌道の先にいた筈のオルトは、瞬時に反転してイリーナの右に回り込み、その肩に短剣の腹を当てていた。
「敵がお前から目を離せなくなれば、仲間が安全になると同時にお前自身のチャンスでもある。敵との立ち位置、視線、言葉、体勢、攻撃のモーションに軌道。全て駆使して、相手の行動を限定して誘導しろ。いかに速くても、予測出来る動きなら対処出来る」
さらに二度三度翻弄されたイリーナは、ついに力尽きて大剣を下ろし、地に両膝を着いた。
「かすりもしないなんて……」
「実力があろうが無かろうが、戦場では時間も敵も悠長に待ってはくれない。だが幸い今のお前には、課題を克服する時間がある。悔しかったら死に物狂いで追って来い。出来るかどうかじゃない、やってみせろよ。失いたくないものがあるならな」
「…………」
イリーナは唇を噛み締め、俯いた。返す刀で、オルトは他のメンバーにも厳しい言葉を浴びせる。
「お前達は幼馴染だそうだが、仲良しグループの延長でやってたらイリーナが潰れるぞ? お互いの現在の実力を把握出来ているのか? イリーナがパーティーの生命線なのは事実でも、そのイリーナを
項垂れる【運命の輪】のメンバーへ、スミスとエイミーが休むように勧める。メラニア達は寝床の近くへ腰を下ろすと、早速話し合いを始めた。
◆◆◆◆◆
「お疲れさま。見張りは最初でいい?」
フェスタと一緒に、ネーナはオルトに近づいた。ネーナが差し出した手拭いを受け取り、オルトは額の汗を拭く。
「皆さん、大丈夫でしょうか」
「多分ね」
オルトの代わりにフェスタが答えた。フェスタは何か確信しているようだったが、ネーナにはわからなかった。
三人は焚き火の側に腰を下ろす。
「ネーナはオルトの言葉、厳しいと思う?」
「少し、ですけど。お兄様はお考えがあったのですよね?」
「そうだなあ……まあ、気のいい連中だったから。少しお節介をな」
オルトがカップに紅茶を注ぎ、ネーナとフェスタに手渡した。
「ありがとうございます。これって……」
「『ブレイブハート』ね。ネーナも飲んだ事あるの?」
「はい。お兄様が淹れてくれました」
「ふーん」
フェスタにジト目を向けられ、視線を逸らすオルト。ネーナがクスクス笑う。
「ま、まあ。ネーナは焦らなくていい。そう言われても難しいだろうけどな」
「はい。死に物狂いで追いかけます」
毛布に包まったネーナが苦笑するオルトの横に座り、「兄妹ですから」と寄りかかった。フェスタが「む〜」と唸って反対側に寄りかかる。
「これじゃ非常時に動けないぞ。見張りになってないじゃないか」
「――あらあら。両手に花で私が寄りかかる場所がありませんね」
「メラニア?」
ネーナ同様に毛布を抱えたメラニアが、焚き火のそばに来ていた。話し合いは終わったらしく、寝床の辺りから寝息が聞こえてくる。
メラニアがオルト達に頭を下げる。
「この出会いは、私達【運命の輪】に多くのものを齎したと思います。【菫の庭園】の皆様に、心から感謝いたします」
「【運命の輪】は幼馴染四人組なのよね。いいパーティーね」
「はい」
フェスタの言葉に微笑みを返すメラニア。オルトは黙って紅茶のカップを手渡した。
「私達の生まれた町は、静かで良い所なんです。でもこれといった産業も無くて、若者は北セレスタや他の都市国家に出て行ってしまうんです。私達はBランクに昇格して町に拠点を移して、クランを設立するのが目標なんです」
ここで言うクランとは、冒険者ギルドの支部に近い業務を、ギルドから認定された冒険者が代行するシステムなのだという。認定される条件の一つとして、代表者がBランク以上の冒険者である事が含まれるのだとメラニアは言った。
クランを設立すれば、大規模クエストを取り仕切る事が出来たり傘下の冒険者に依頼を取り次いだり出来るようになる。そうなれば人や物の流れが生まれ、雇用が発生する。町の発展に貢献できる。
オルト達は【運命の輪】のメンバーの、生まれた町に対する愛情を感じ取った。
「オルトさん達のような実力のある冒険者とご一緒出来れば心強いのですが……」
「光栄だが、買い被りだよ。それに、俺達にも目的があるんだ。済まない」
オルトが頭を下げると、メラニアは慌てて両手を振った。
「いえいえ! こちらこそ勝手な事を言ってごめんなさい。でも、皆さんはどう見てもEランクに留まる冒険者じゃありませんよ。すぐに高ランクに駆け上がると思います」
メラニアはその後、オルト達の素性を詮索する事もなく、オルトから受け取ったティー・ロワイヤルを飲み干すと仮眠を取る為に寝床へ戻って行った。
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