第19話 兆し

散開橡さんかいくぬぎ


堕葉刃だようじん


爆石砲ばくせきほう



辺り一帯に、成人男性の大腿部程度の太さの木が一定の間隔で無数に生える。

そして、その木に成った葉が刃としてひらひらと継続して舞い落ちる。

さらにケイユンから、気を纏った拳大の石が散弾銃の如く放たれる。



ザシュ!



「む!」



爆石砲に対して回避行動を取れば、舞い落ちる葉が彼女を傷付ける。



ガガガガガ!!



「チッ……!!」



かと言って堕葉刃を意識し過ぎれば、すぐさま無数の石の餌食となってしまう。



(じりじりと削られる……さっさと飛び込みたいところだが右手が気になるな……)



その言葉のとおり、ケイユンは左手で爆石砲を放ちつつ、右手は気を纏わせたままで控えさせている。



(どういう理屈か分からんが、右手の波動だけが違う。きっと罠だろうな。……だが!!)



罠であろうが何であろうが、イズミは接近戦しか出来ない。

覚悟を決めたのか、全身に気を纏わせ無数の石をもろともせず真っ直ぐケイユンに飛び込む。



「はああ!!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



向かって来る彼女にケイユンは石を浴びせ続ける……が、もろともしない。

そのためか、左手を下げ気を纏わせた右手を……



「遅い!!」



ー強空拳・早蝉はやせみ!!ー



ズドドドドドドドド!!!!



「!?」



突如現れた、数えるのも億劫になるほどの膨大な数の拳。

ケイユンは右手でいくつかは防ぐも、多くは命中してしまう。



「お゛……お゛……あ゛あ゛……」


(……行ける!!)



大きなダメージを負ったであろう様子を見て、イズミは勝利を確信。

完全に沈黙させるべく、さらに気を練り踏み込む…が、



「……あ、あれ?」



膝が抜けたような感覚。ストン、とその場に座り込んでしまう。



(何だ? くらくらする……目が……回る……)



どういう経緯か、目を回し戦いが継続出来ない彼女。

しかし現実は戦闘中、必死に目を見開きケイユンに視線を送る。



「ヒヒ……」



その先に見えるのは、能面越しから発せられる下卑げびた笑いであった。




※※※




「……まあこんなものだろう。知らぬ忍法に抵抗が無さ過ぎるはいささか問題だが」



イズミたちから少し離れた場所から、深井の能面の者が近付いてくる。



「クク、右手を警戒していたようだが、それは触れるだけで効果があるのだよ」



どうやら、これまで観察に徹していたようだ。



「よし、少々痛め付けて大人しくさせろ。間違っても殺すなよ?」


「!!」



ケイユンは、その言葉に反応したかのようにうなだれるイズミに歩み寄る。



(まずい!! ……何だこの攻撃は!? 忍法なのか!?)



自分の危機を察知し、焦るイズミ。しかし身体が思うように動かない。

それでも着実にケイユンが近付く。あと数秒あれば、彼女にたどり着く。



(くそ! 動け動け動け動け動け動け動け動けーーーーーー!!)



全身に力を漲らせようとするも、力が入らない。



(ダメだ……上手く力を入れられない。気も練り上げられない……)



今の力ではどうにもならないのか、そしてそれを察したのかうなだれてしまう。



(……)



そして、いよいよイズミは現実を突きつけられる。



(やられる……のか? また……負けるのか?)



般若と邂逅した時の記憶が蘇る。



(負けたくない……嫌だ……)



まもなく訪れるであろう敗北に対する強い拒否感。彼女の目の奥に、明かりが灯される。



(力忍術は最強なんだ……)



最後に思い出すのは初心。彼女はいつまでも力忍術を最強と信じて疑わない。

そしてその思いは……



(ボクと父上で作り上げた力忍術は……!!)


(ぽん吉と支えあって練り上げた力忍術は……!!)



「絶対……負けないんだ!!! 負けるもんかぁぁぁーーーーーー!!!」



イズミを立ち上がらせた。



「!?」


「おお……」



深井は良い意味で計算外だったのか、声色が少し明るい。



「クク……何という成長の早さだ。まだ里を出て半月も経っていまい。これなら……む?」



深井の違和感。

それもその筈で、立ち上がったイズミは何やら呆けている。



「ああ、毒が消えた訳ではないからな。……ケイユン、やれ」


「あ゛あ゛あ゛ーーー!」



ケイユンの鋭い豹拳ひょうけん。身を低くし、真っ直ぐ腹部を狙う……が、



ガシッ



「!!」



イズミは呆けたまま。しかし寸前のところで手首を掴んだ。



「?? 何だ? 意識があるのか? ……いや、焦点は合ってない……」



挙動のおかしい彼女を、深井は注意深く観察する。



「もしや……? いや、早すぎる……」


「ぐ……ががが……」



ぶつぶつと何かを口にし悩んでいるが、答えが出ないようだ。

その間、ケイユンは手首を掴まれたまま、さらにイズミから相当な力を入れられているようで、苦悶の声を上げ続ける。


まさに、ケイユンの手首が折れそうになるその瞬間。



「は……? うわああ!?」



イズミから声が発せられ、目の焦点が合う。つまり意識を取り戻した。

ケイユンから手を離し、一気に距離を取る。



「何だ!? 何なんだ!? ……あれ? 動けるぞ?」



少々錯乱気味の彼女。立ち上がった以降の事がよく分かっていないようだ。

さらに動いた後で動けることを自覚。考えがまとまらない様子。



「!? ……何故動ける?」


「知らないよそんな事」



彼女は改めて構え、警戒を強める。

その際、意識が無かった時の事を思い出したのか、戦闘中であるものの視点をずらし頭を押さえながら自然に言葉がまろび出る。



「あれは……何だったんだ……? あの道は……」


「!!!」



能面の上からでも、深井がうろたえているのが分かる。

しかし、イズミの発言にどのような意味があったのか、今はまだ分からない。



「そうか……クク、フハハハハハ!!!!」


「何がおかしい……?」


「素晴らしいな! その齢で既に兆しか! そうかそうか、毒を跳ね除けたのも納得だ」


「きざ……し……?」



イズミにとって、まるで意味不明な言葉を並べる深井。もはや能面の者たち特有と言えるだろう。



「では、もう少しその力を引き上げていただこうか。……ケイユン」


「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」



もはや使い魔と化しているケイユン。

深井の指示に従い、一目散に彼女へ襲い掛かってくる。



「……」


「!?」



ケイユンが印を結ぶ。忍法の予備動作だ!



瘴気しょうき弾ー



(ん? さっき控えていた右手と同じ波動……?)



黒いもやが掛かった、人の頭ほどの球体がイズミに向かって飛ぶ。

これまでと違う忍法であることに、彼女は即座に気付いたようだ。



「これは……直接殴らない方が良さそうだな!」



そう言うと、彼女は回避行動に出る。

しかし未だ散開橡、堕葉刃の忍法は生きており、イズミが動く度にその身体を切り刻む。



(いててて……でも、最初の時よりは随分マシだぞ。少し弱まっているみたいだ)



つまりケイユンの気勢が下がっているということだが、果たして……?



「はっ! よっ! ほっ!」


「ぎぎぎぎ……!!」



イズミの余裕の回避に、ケイユンは苛立ちを隠せない。

気持ちにゆとりが生まれたのか、彼女は僅かに視線をずらし、その先に深井を置く。



(どうしてコイツは手を出してこない……? また例の調査とかいうヤツなのか?)



今の今まで妨害にしか徹していない深井。違和感しかない能面の者たちの行動に、やはりイズミは疑念を抱く。

チョウジにしても、般若にしても、深井にしても、自分の骨の髄まで観察しようという気概が感じられ、どうしてもその執念の根底を知りたいのだ。



(まあそれは後回しだ。コイツらは降りかかる火の粉、どのみち倒さなきゃ前に進めない!)



しかし、行きたい場所に行くには目前の障害を乗り越えなければならない。イズミは気持ちを切り替え、ケイユンに集中する。



「まずは……お前からだ!! ……ふぅー……はぁぁ!!!」


「!!」



一旦呼吸を整え、掛け声と共に身体中の気を練り上げる。

深井は気を纏ったイズミを確認した後、印を結び始めるが……



「それは許可しない。忍法……」



絡鉄鎖からみてっさ



「何!? 貴様……!」



ジャラ……ガラガラガラ!



不思議な光景。地面から鎖が伸び、イズミの全身に巻きつく。

序盤のものよりも太く、彼女は身動きが取れない。



「く、くそ!! 鬱陶しい!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」



ー瘴気弾ー



その隙に、ケイユンが瘴気弾を放つ。

動きを封じられたイズミには成す術がない。



(やばい!!)

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