第17話 一難去って

半年前。



~西国のある地域~



バン!!!



白に染められ、玄関には巨大なバルコニーが設置されている、高い丘に立つ煌びやかな建物。

建物の規模からして三十、四十はくだらないであろう部屋の内、特に豪華さが垣間見える一室の扉が大きな音を立てて開かれる。



「プレジデント!!」


「何だ? ああ、トマスか……騒々しい奴だ」


「東国とは友好な関係を維持するのでは無かったのですか!?」


「……そうか。貴様は親東派だったな」



プレジデントと呼ばれた、髪があるべきところに全くない初老の男性。

上下紺色のスーツを着用しており、葉巻を咥えながらトムに侮蔑ぶべつするような視線を送る。



「友好関係など建前に過ぎんよ。誰が好き好んでサル共と仲良くしようと言うのか。あのような手合いは支配するに限る」


「な、何と言うことを……!!」


「まあもう暫くは、上っ面だけの友好関係を築くつもりだがな。いずれは攻め落とされる哀れな国よ……」


「攻め……落とす……?」


「オーガ・カナル」


「?」


「鬼の運河……と、サル共は言っていたかな。オーガ・カナルという広大な海を越えれば、そこにはあらゆる資源に満ちあふれた宝箱のような大地があるではないか。そしてサル共にはそれらを活用する術がない、知恵もない。よって、我々が有効に活用してやろうと言うのだ」


「それは傲慢と言うものです! 今一度……今一度お考え直しください!!」



プレジデントは吸った煙を吐き嫌らしい笑みを浮かべつつ、トムの進言を無視してさらに話を続ける。



「もうかれこれ八年前か……奴らは我々をいとも簡単に受け入れた。まったくお人好しな連中だ」


「だからこそ! その恩義に報いるために今後も……」


「この八年で、サル共の町に多くの同志が入り込むことが出来た」


「……」


「二年前には……ゴギョウタウンだったか。そこのボスザルと取引ををし、今では西国の地盤を着々と作り上げている。クク、踊らされているとも知らずに……」



プレジデントは葉巻を咥えつつ、手すり付きの豪華な椅子に座る。



「大して使えん初級魔術をあれほど有り難がるとは……連中は全てにおいて我々より下回る証左と言えるな」


「いえ! 東国には忍術があります!! そして忍術は、決して魔術に劣らない……いえ、特化という部分だけを見れば魔術を遥かに上回ります!」


「ニンジュツ? ……ああ、報告にあった怪しげな魔術もどきか。クックック、サル共の浅知恵で生み出したものなど取るに足らんよ」



あくまでも西国が上位。プレジデントの基本理念が伺える。



「そう言えばトマスよ、貴様は六年前に先遣隊として東国に侵入した際に、その魔術もどきを覚えてきたと聞いたが?」


「魔術もどきではありません。忍術です。……東国で師に出会い、自然と導かれました」


「クックック、まるで宗教だな。まぁいい。その忍術とやらは使えるのだな?」


「は、はい」



このやりとりにおいて、最も醜悪な笑みを浮かべるプレジデント。



「そこで貴様の次の任務なんだがな……再び東国に渡り……」




※※※




現在。



〜なずな町 宿〜



大通りでの挨拶の後、一行は一旦宿に戻り仕切り直しを図っているようで、出発の準備を進めつつもう一泊する模様。



「よっし。これであらかた片付いたな。明日は朝イチで出発出来そうだ」


「ああ。しかしもう夕刻か……長い一日だと思ったんだが、終わってみれば……だ」


「ぽんぽん」



二人と一匹が、夕方の時点で明日の荷造りをしているよくある光景に、もうひとつの影。



「サー! 食事にしませんカー?」



トムである。

どういう経緯か、彼も同じ部屋に転がり込んだ様子。



「そうだな。食べないと冷めてしまうしな」


「っしゃ、早く食っちまおうぜ!」



三人と一匹は席に着き、既に準備されている食事に手を付け始める。

内容は真鯛の焼霜造り、浅利の土瓶蒸し、うど等の春野菜の天ぷらなど、季節を感じさせてくれるラインナップがびっしりだ。



「ビューティホー!! やはり東国の食事ハ美しいデスネー。ひとつヒトツの料理の手間隙が、西国のモノとは段違いデスヨ」


「素材を最大限生かすって方向性だからな。味だけじゃなくて、結局見た目まで頑張っちまった。でもよ、西国のメシも悪くねえ。ひとつの料理でしっかり食った感じもあるし。何だっけ……ピザとか言うヤツ……」


「オー、ありがとうゴザイマス。東国デハ、マダマダ西国の食事は受け入れラレテないのに、リュウシロウサンはもうピザを食べられたことがアルんですネー!」


「あんな一枚っぺらに、よくあそこまで食い物ぶちこんで美味くしたよ。発想の勝利ってやつだな」



料理に舌鼓を打ちつつ、話を弾ませるリュウシロウとトム。

しかしその一方で、イズミは全く付いていけないようで……



(あ、あれ……? すずしろ町でもそうだったが、宿の料理はこれが当たり前なのか!? 何百文もお金払っているから、何か特別な食事なんだと思ったが……旅に出るまでは山菜の煮たヤツとか、イノシシ焼いたヤツとか、そんなのばかりだったぞ!! う、うう……)



目が点になり、少し悲壮感を漂わせる。

リュウシロウはそんな彼女を見て声を掛ける。



「どうしたんだよイズミ。何か暗い気背負ってよ」


「ソウデスヨ。美しい顔が台無しデース」



それでも俯いているイズミ。やがて少しずつ顔を上げ、顔面蒼白のまま一言。



「ボクは…………貧乏の子だったんだな……」


「お前の頭ん中の会議結果なんて知らねえよ!!!」



彼らからすれば、経緯不明の意気消沈である。

ダークなオーラを背負うイズミを放置し、リュウシロウは話を切り替える。



「そういやトム。本当のいいのか? 俺らに付いてくるって、結構危ねえぞ?」


「心配ゴ無用です。我輩の強さ、トクとご覧あったショ?」



そう言うと、トムはお茶をすすり一呼吸置く。



「それにサキホドも言いましたが、我輩自身西に用事がアリますしね。リュウシロウサンの護衛も兼ねマスから、ご同行サセテくださいナ」


「よっしゃ決まり」



自分の護衛という餌に、遠慮なく食い付くリュウシロウ。

戦力、しかも手練がわざわざ一緒に付いてくるなど、彼からすれば有り難さしかない。



「西に何しに行くんだ?」



急に切り込んだのは、意気消沈から幾ばくか立ち直ったイズミ。

トムは少しだけ困ったような面差しだったが、すぐに笑顔に戻る。



「それにツイテハ、道中でじっくりトお話しマスヨ。長くナリそうデスから」


「……そうか。分かった。……リュウシロウ、ボクたちの近況はどうする?」


「それも長くなりそうだ。てな事で、今日はとっととメシ食って寝て、明日道中で語り合おうぜ。疲れちまったよ」



その後、雑談を交えつつ箸を進ませ小一時間。



「あー食った食った。もう動きたくねえ」


「な、ナカナカ量もグレートでしたね……動けまセーン」


「何だ。だらしないな、このくらいの量で」



男性二名は目の前の御膳に苦労していた様子だが、イズミはペロリと平らげたようで余裕の表情。



「お前が特別製なんだって……胃液も筋肉かよ」


「液体マデ筋肉とは!! アメージングですネー!!」


「バカにしてるのか!?」



イズミに額に青筋が走る。



「まったく……もういい! そんな情けない胃袋の男共は置といて、ボクは修行に励むとするよ」



すぐに青筋は治ったようだが、少し毒づいてから彼女は席を立つ。どうしても言い返したかったらしい。



「はいはい、元気なこった。俺は寝る〜」


「エ!? 今のお時間カラですか? もうスグ日没デスヨ?」


「ふふふ、お前たちとは出来が違うんだ。じゃあ行ってくる! 行くぞぽん吉!」


「ぽーん!」



心配そうにするトムを他所に、ぽん吉を肩に乗せて颯爽と部屋を後にするイズミ。

なお彼女、当たり前のように襖を開けっ放しにしていったようで、今度はリュウシロウの額に青筋が浮かんでいたのであった。



「あの貧乳……閉めてけっつーの!」


「ウーン……いくら腕に自信ガあるトハ言え、麗しきガールが今の時間から一人デ修行とイウノモ……」




※※※




~大通り~



昨日より少し遅い時間に宿を出たイズミ。

周囲を見渡すとまもなく日没のためか、大通りに行き交う人が少しずつ減っている印象だ。



「昨日より随分人が少ないな。ま、もう日没だしな。早く行こう」


「ぽんぽん」



駆け足と言っても、一般人の全力よりも遥かに早いイズミの足。

走り続けると、すぐに町の入り口へ到着する。するとそこで……



「あの、すみません……」


「ん?」

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