第16話 トム

「あああ……」



大道芸人の彼の攻撃により、友軍はすべて失神。数珠の男の状況が振り出しに戻ってしまう。

そんな丸裸となってしまった男に前に、イズミが少しずつ歩みを進める。



「ボク一人でも大丈夫だったんだけどな……ま、いっか。で、お前はどうするんだ?」


「は、はう! ……い、いや……あの……その……」



彼女の発言と同時に尻もちを付いてしまう男。その姿勢のまま、ずりずりと後ずさる。

そこに大道芸人も屋根から飛び降り、数珠の男に迫る。



「とりアエズ、鼻カラ風をぶちこんで頭破裂アルよ」


「さらりと怖え事言うんじゃねえよ!! 後その語尾、わざとやってんだろ!!」



恐ろしい提案をする大道芸人を後目に、今度はリュウシロウが数珠の男の前に出る。



「悪いけど、コイツの処遇は任せてくれねえか? 今のところ九割、俺絡みなんでね」


「分かった。では不審な動きをすれば……」


「ブっ殺しマショー!」


「いいからお前は少し黙っててくれよ!!!」



漫才のようなやりとりをする三人だが、数珠の男からすれば自分の生死に関わることでとても笑えない。

さらにリュウシロウが詰め寄る。



「ゲンゾウ」


「?」



いきなり名前らしき単語を口にする彼。しかし相手はよく分かっていないようだ。



「じゃあ、ハクフ」


「??」


「チッ……よりにもよって……」



また同じ反応。不満だったのか、悪態をつくリュウシロウ。



「スザク」


「!」



数珠の男の見た目は変わらない。他の名前らしき単語と同じような反応に見える。

しかしリュウシロウは見逃さない。



「OK。雇い主はスザクだな。そんだけ分かりゃ十分だ」


「な、何のことだ!!」



踵を返して戻ろうとするリュウシロウだが、首だけが数珠の男に向く。



「あ? ま~後ろのヤツが頷いてたし……な?」


「な、何だと!?」



彼の言葉に数珠の男はすぐさま反応、怒りの形相となり自身の後ろを振り向く。



「……貴様! 契約違……え? ……お、おい」



しかし倒れている男の反応はない。大道芸人の攻撃以降、目を覚ましていない模様。

つまりリュウシロウは、カマを掛けたのである。



「はいご苦労さん。勝手に自白とはプロの鏡だな」


「な!? あ、ち、違う! スザクという名など自分は知らない!」



数珠の男、必死の弁明。しかしリュウシロウは確信を得たようで無視をする。



(手配書からの件といい、今の流れといい、ほんっと単純だなコイツ。完全に人選誤ってんじゃねえかよ……ほんと心底舐められてんのね、俺って)



相手を嵌めた達成感よりも、自身の扱いを嘆く彼。

そんな彼に、頭に疑問符いっぱいのイズミが話し掛ける。



「なあ、リュウシロウ」


「ん?」


「その三人、誰なんだ?」


「あ~……後で説明するわ。もうちょい時間がある時……な?」



つまり、説明に時間が掛かりそうということ。

彼女は続ける。



「そうか、分かった。で、コイツはどうする?」


「ひっ!」



断罪を迫られる数珠の男。表情は恐怖一色、しかし自分に選択肢がないので黙り込むしかない。

リュウシロウは返答する。



「殺す訳にも行かねえだろ? それに、西へ進めば自然と連中のテリト……あ~、なわばりに踏み込むことになる。衝突は避けられねえ。遅かれ早かれだ」


「連中?」


「……………………親兄姉ってやつだ。血の繋がりがあるだけだがな」



少し口ごもりつつも、敵の正体を明かすリュウシロウ。イズミの目が見開かれる。



「肉親がお前を狙う!? どうして!?」


「それも含めて後で説明する。すまねえな、足止めされた上に巻き込んじまって……」


「い、いや……ボクは全然構わないんだが……」



足止めされたことよりも、巻き込まれたことよりも、肉親から追われるリュウシロウの状況の方が気になる様子のイズミ。

彼が『足が付くと困る』と人々と浅い付き合いをしていたのは、肉親の手から逃れるためか。



「てなこった。だからお前はどっか行け」


「わ、分かりましたぁ!!」


「……へっへっへ、俺の仲間たちは強えんだぞ~?」


「ひィィィィーーーー!!」



他力本願。しかしそれが通常運転の彼。イズミはその様子を見て、少しだけ安堵する。

なお脅された数珠の男は、気を失っている仲間を置いてそそくさと逃げる。杖の男は、気絶したフリを継続しているようだ。



「さて、こんな場所じゃ何だ。移動すっか」


「ああ」




※※※




~大通り~



「ぽーん!」


「すまないなぽん吉。遅くなった」



荷物番をしていたぽん吉。かなり退屈していたようだ、イズミを見るや否やその胸に飛び込む。

それを傍から見ていたリュウシロウは、大道芸人に向き合い……



「ありがとよ。あんたのお陰で助かったぜ」



感謝の意を述べる。

その言葉を聞いた大道芸人は晴れやかな笑顔だ。



「とんでもゴザイませーン! 我輩はヒーロー、お役に立てれば幸いダス!」


「でもよ、どうして俺たちを助けたんだ?」



リュウシロウの問いに、大道芸人は両手を腰にし胸を張る。



「彼女がベリーベリービューティフォーだからデース!!!!」


「……ふーん」


「…………」


「…………」


「…………」


「終わりかよ!? とんだスケコマシ野郎だよ!!!」



目が飛び出るリュウシロウ。



「大事なことデス」


「うお?」



ボケたと思いきや、急に精悍な面差しとなる大道芸人。リュウシロウは固唾を呑む。



「やはリ、ヒーローには麗しいヒロインが付きもの……イヤ、必須と言ってもイイデショウ。もし彼女がブッサーイクなら、きっと我輩ハ見向きもセズに裏路地カラ抜けた斜交はすかいにアル茶屋で、ノンビリと抹茶ラテをシバいて……」


「クズじゃねえか!! 固唾なんて吐いときゃ良かったよ!!! てか西国人のクセに斜交いなんて言葉よく知ってたな!! んであの茶屋、抹茶ラテなんてあんの!?」



戦いの場であった裏路地を抜け、その斜交いにある茶屋『休み処 黒茶屋』。西国から仕入れたコーヒーが人気だが、近頃は抹茶ラテとそのNo.1の座を争っているという。



「そういえば西国人なんだな。あの時は大きなすげ笠を被っていたから分からなかったよ。それとボクからも礼を言わせてくれ。ありがとう、助かった。……まあボク一人でも問題なかったが」



イズミも一礼。しかし、あくまでも『ボク一人で十分だった』を強調する彼女。負けん気の強さが伺える。



「オー! 間近で見ルトますますビューティホー! 我輩の忍術、トクとご覧アリマシタか?」


「ああ、凄かった。是非今度、お手合わせ願いたいものだ」


「微妙な言語操りやがって……」



オーバーリアクション気味で、文法のおかしな言葉を使いながら軽くイズミに迫る大道芸人。リュウシロウは思わず悪態をつく。


会話が途切れた辺りか、大道芸人は姿勢を正す。



「モーシ遅れました。我輩の名はトマス。トムと呼んでクダサーイ! ご存知のトーリ、風忍術使いデス」


「富ます? 富む? 変わった名前だな。ま、いっか。ボクの名前はイズミ。力忍術使いだ」


「力忍術デスネ。ナルホド」


(ん……?)



トムの自己紹介。それに応えるようにイズミも名乗る。リュウシロウは、少しトーンダウンした彼の反応に何かしら疑問を抱いたようだが、差し当たり問題にはならないと思ったのかとりあえずは何も言わず自己紹介を始める。



「西国人の名前は東国のそれと全く違うからな。ああ、俺の名はリュウシロウ。周旋屋だ。……一応、雷忍術が……気持ち使えるか使えない程度だよ……」


「ぽーん!」


「オー、ヨロシクお願いしまース。にしてもかわいいたぬきデスネ! イッツアモフリッシュ!!」


「ぽーーーーん!?」



ぽん吉も負けずと自己紹介をする……が、もちろんトムには通じない。

しかしそんなことどうでもいいようで、意味不明な言葉を並べてぽん吉をモフモフする。

そのまもなく、イズミは何か不可解な部分があるようで質問を投げ掛ける。



「……気になっていたんだが、西国人でも忍法って使えるのか? 実際トムは使ってたけど……」


「西国人っつても同じ人間じゃねえか。そこは俺たちと変わり無え。まあ、気だけを練り上げて外で属性を作る魔術の方がお手軽だし、しかも一人が複数の属性を操れる。そんで、そもそも西国人は魔術から入るってのもあって、西国人の忍なんて極めて稀なのが実情だけどな」


「ふーん……」


「だから逆も然りなんだよ」


「そっか。そういえば、さっきの連中からは属性とやらを感じなかったな。気だけだ。……つまり……」


「そう。あいつらは忍でも何でも無え。訓練を受けた一般人だ」


「便利だな、魔術……」



ここでイズミはハっとなる。



「ちょっと待て! そんな便利なものが西国からやってきたら……」


「……忍はぜーんぶお払い箱だろうな」


「……」



とんでもない事実に気付てしまったイズミ。リュウシロウは以前から把握していたような反応。

そしてトムは……ただ二人の会話を俯瞰ふかんして見ていた。

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