第15話 風忍術

杖の男が倒され、動きを止める数珠の男。



「何者だお主は!」



イズミは男に対して正面に向き、背筋を伸ばし応対する。



「名はイズミ。忍だ。お前の名を聞こう」


「……ふん」



彼女は名を名乗るが、男にそのような素振りはない。



「リュウシロウを捕らえるのが我らの目的。邪魔だてするなら……!!」



最後の言葉と同時に、イズミに向かって行く男。

彼女は少々がっかりした様子だ。



「名乗らず……か。なるほど、ただの輩か」


「ほざけ!」



男は右手を鳳眼ほうがん拳にし、イズミへ踏み込みその胴目掛けて突きを放つ。



「……」



彼女は避けようとしない。よって、突きは命中する。



ズン!



男は勝ちを確信したような面差しだが、その一秒後には苦悶の表情に変わる。



「ぐあああ!!」



アカマツ戦のリプレイだ。

男は右手を押さえ、即座にイズミから距離を取る。



「どうした輩。攻撃をするんじゃなかったのか?」



先に仕掛けた男に対するあからさまな挑発。



「ぐ……おのれ!!」



苛立ったのだろう。

男は痛みをさて置き、再びイズミに襲い掛かる。


すると、



ボッ!!



「!?」



突然、イズミと男の狭間で火が上がる。

さすがの彼女も少々驚いたようで、僅かに視線が火に向いてしまう。



「隙ありぃぃーーー!!」



男の回し蹴り。

火に意識が向いていないところを見ると、どうやら彼が作り出したものなのだろう。


まもなく。



ドガッ!



男はニヤリとする。『今度こそ』という印象だ。

しかし、



「何だ? 今のは。お前は火忍術使いなのか? 印を結んだようには見えなかったが……」


「な!? ……効いて……いない?」



男の攻撃を意に介さないイズミ。

彼は彼女の質問を無視し、狼狽ろうばいする。



(こんな事言えた義理じゃねえけど、出来るだけ早めに頼むぜ。時間を掛けるとまずい。……にしても野郎が今使った技……)



この攻防を、イズミの背後から見つめていたリュウシロウ。

男が生み出した火に疑念を抱く。


結果的に、逆に驚く羽目になった男はイズミから大きく距離を取り、左手をイズミの居る方向に二本貫手ぬきての形を取る。



「ならばこれならどうだ!」



すると、二指に炎が纏わり付く。

その光景を見たリュウシロウは、何か確信があったようで叫ぶ!



「!! 気を付けろイズミ! それが魔術だ!!」


「え……?」



ーブリッツファイア!!ー



男の指から、直径30cm程度の球状の炎が放たれる。

放ったと同時にイズミの目前まで迫っており、非常に高速であることが伺える。



「…………」



彼女は動かず、『何だこれは』とばかりに不思議そうな面差しで火球を目で追う。

非常に高速であることから、当然そんな反応では避けられる訳がない。



「何やってんだ! 避けろーー!」



必死に叫ぶリュウシロウ。



「…………」



しかしイズミはどこ吹く風。

さらに避けないどころか、向かって来た火球をなんと……



ガシッ



両手に気を纏わせてから、挟むように掴む。



「え?」

「え?」

「え?」



リュウシロウと数珠の男、そしていつのまにか目を覚ましていた杖の男の口が半開きになる。



「貴様……」



イズミは、火球を抱えたまま数珠の男を睨みつけ、両手に力を入れ始める。

すると、



「民家に燃え移るだろ!!!!」



ボフン!



火球は潰れ、霧散する。

何もかもが散った後に残ったのはイズミの合掌姿。



「ひ、ひぃ……!!」


「……」



ついに数珠の男が怯え始める。杖の男は気を失ったフリをしているようだ。

イズミは歩を進め、徐々に詰め寄る。



「さあ名を名乗れ、目的を言え。さもなくば……」



彼女は歩きつつ、指をポキポキと鳴らす。数珠の男は後退る。



「ま、待て! 話を聞け!」


「輩の言い訳など聞くに値しない。質問にだけ答えろ。で、その言葉が嘘と分かった場合は容赦しない」


「あ……あ……」


「さあ、どうする? ……ん? この気配……」



数珠の男を追い詰めているイズミだが、何かの気配を察知する。

同時に、数珠の男の口角が吊り上がる。



「ふはは! 間に合ったな! 我々の勝ちだ!」


(クソが! 遅かったか!)



何故か勝ち誇る数珠の男、そして口惜しそうにするリュウシロウ。イズミはよく分からない様子。

しかし彼女が周囲を見渡すと、



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「む?」



さらに注意深く観察すると、



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「ほう?」



裏路地の陰や屋根の上など、そこらかしこに二人の男と似たような様相の者達がイズミを伺っているのだ。



「仲間か」


「ははははは! その通り! 多少は出来るようだが、この数ではひとたまりもあるまい!」



実のところ、数珠の男はイズミに完敗だった。それにも関わらず、『多少は出来る』という発言は厚顔無恥と言えよう。



(間違いねえあのカス共、西国の連中と手組みやがった! ……クソが、どいつが手組んだんだ? 全員か……? それとも……)



敵の目論見を、ある程度詳細に把握しているリュウシロウ。もっとも、完全に見抜けている訳ではなく頭を抱えている。



(い、いや、それよりも目の前のヤツらを何とかしねえと! ざっと見渡して十人以上……イズミ、行けるのか?)



さらに目前には多数の敵。彼の不安は大きくなる。


そんな中イズミは……



「ひぃふぃみぃ……見えるだけで十二人か。困ったな」


「はは! 怖気付いたようだな!」


「ここじゃ、どうしても周囲を破壊してしまう。せめて場所を変えないか? お前たちとしても、無闇やたらに民衆を巻き込むのは良しとしないだろう」


「……ん?」



数珠の男が抱いた妙な違和感。

彼女の言い回しは、あくまで民衆への被害を要点としていて、戦うことの是非については何ら触れられていない。


つまり、考え方として戦うことが前提。



「見栄か虚勢か……これだけの数を見ても物怖じせずとは。その胆力だけは認めてやろう」


「ありがとう。でも、さっきまでボクに怯えていたヤツに褒められても、何も嬉しいと思わないがな」


「くっ! ……縛り上げてしまえ!」



苛立った様子の数珠の男の挙手が合図か、周囲の者たちがイズミに向かって飛び掛かろうとしたその時!



「ヒトーツ……」


「!?」



何処からともなく声がする。



「弱きヲ虐げ強きニ媚ビし悪の者……」


「な、何者だ!!」



その場に居る者全員が辺りを見渡しても、どういう訳か声の主は見つからない。



「フターツ。落ちし果ては、汚行、悪業、不行状ふぎょうじょう……」


「姿を現せ!!」


(……あれ? この声……)



やたらと尺が長いが、相手が付き合っているので場の空気に違和感はない。

なお、イズミは何か勘づいた様子。



「ミッツ……」



溜める。



「……」



まだ溜める。

少し敵がイライラとし始めた頃、声の主がイズミから最も近い建物の屋根から、一人の男性が姿を現す。



「ソンナ奴は! ブッ殺しまshow吾輩ガ!!! ……疾風の風『ウインド』、見参デース!!!」


「最後ダセぇよ!? 途中までマシだったのに! あと名前に風要素しか無えな!! 何やるか大体見当付くわ!!」



リュウシロウ、間髪入れず。

男性は上下薄緑の忍者服、両胸には何故か手裏剣がアップリケのように張り付けてあるという出立ち。最も特徴的なのは、金髪碧眼の容姿と高い背丈と鼻だ。



「……」



しかし訪れたのは沈黙。

最初に口を開いたのは、何か勘づいた様子のイズミ。




「あ!! あの時の大道芸人!!」


「ハーイ! 屋根の上ノベリィビューティガール! 昨日ぶりデスネー!」


(……! ボクに気付いていた……?)



正体は、昨日にイズミが大通りで見た大道芸人その人である。

彼女は、隠れて見ていたにも関わらず気付かれていると知り、少し驚く。



(それに今、この男の居場所に気付けなかった……気配も臭いも感じなかった。気の波動を感じた辺り、忍なのは間違いなさそうだが……)



イズミは考察する。

只者ではないことは彼女の中で確定の模様だが……



「サーテ、悪者を懲らシメルとシマショー!」


「何だと!? この数が目に入らんのか!」


「戦いハ数ジャありまセーン! 我輩一人デ全員仕留めるでゴザルヨ!」


(う、う~~~ん……)



妙なキャラの所為か、いろいろと確信が持てないところもあるようで。

しかし彼の実力はまもなくはっきりする。



「ふん! まとめて縛り上げてしまえ!!」


「……!!!」

「……!!!」

「……!!!」



数珠の男の合図と共に、今度は本当に攻撃態勢に入る敵勢。

印を結ばず火、水、氷などなど、各人あらゆる属性を手に輝かせる。



「これも魔術か!? おい、そこのヤツ危ないぞ! こいつらはボクの相手だ!」


「オー、心配ご無用デスがな! もう我輩の攻撃は終ワッテるで候!」


「え?」



彼のよく分からない返答。

周囲をもう一度確認すると、その意味が分かる。



「あ、ぐ……」

「あ、お、おおお」

「は、ああ……」

「……!!」



なんと、敵勢が一度に苦しみ始めたのである。



「……攻勢こうせい包洞ほうどうか……しかも直径一尺程度、顔面への定点発動十二人前だ。奴さんかなりやるぜ」



リュウシロウの解説。イズミはもちろんよく分かっていない。



「こーせーほーどー?」


「風忍術だよ。指定した場所に、真空に近い玉みたいなモン作り出す忍法だ。顔にやっちまえば当然酸欠になるわな」


「すごい忍法だな。……そうか、さっき気を感じた時か……」


「風忍術はどっちかっつーと、索敵とか身を守る系の支援に向いてんだけどな。あんだけあざやかに攻撃出来るのは手練と見て間違いねえ」



二人が関心していると、聞き耳を立てていたのか満足そうにする大道芸人の彼。



「我輩の強サ……とくトご覧下さリィィィィーーーーーノ!!!」


「さっきからいろいろ混じりすぎだろ!! どこ出どこ育ちなんだよお前は!!!」

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