第13話 なずな町

「…………」


「…………」


「…………」



二人と一匹は、無言で昼下がりの街道を歩く。

皆俯き加減で顔色も悪く、悲観に暮れていると言っても過言ではない。


さらに半刻ほど経過したくらいで、イズミがおもむろに口を開く。



「何者だったんだ……どうしてボクを見逃したんだ? 訳が分からない……」


「……チョウジに……似てたよな」



能面の者の話す事やる事、何もかもが意味不明。

イズミ達は、向こう都合で振り回されていると言えるだろう。



「チョウジじゃない。強さが桁違いだ」


「だよな……違うところってお面だけだったし。俺みたいな雑魚でも十分伝わってきたぜ……絶対死ぬと思った」



その後、またもや沈黙の時間が流れる。

イズミは唇を噛み締めている。己の不甲斐なさを痛感している様子だ。



「井の中の蛙か。……まだまだ修行が足りないな」



自分を強いと信じて疑っていなかった彼女。実力があるのは間違いないが、先ほどの能面の者との絶望的な差を目の当たりにしたことで自信が揺らぐ。

そんな彼女を後目に、リュウシロウはお得意の思案に走る。



(やっぱ居るよな……仲間が。しかも同等じゃねえ、超格上っつー最悪のシナリオだ。さらにイズミより強えって来たもんだ。やっぱ付いてくの止めときゃ良かったぜ……ズラかるかな……)



薄情な思考を巡らせているように思えるが、実力に乏しい彼では仕方がないのかもしれない。

彼がズラかる決意を固めようとしたその時、



「リュウシロウ……不安にさせてすまなかった。でもボク、もっと強くなるから……! 見守っていてくれ」



リュウシロウの傷だらけの右手を両手で握り、秀麗さを匂わせるいつもの表情で意思表示をするイズミ。



「……お、おう……」



リュウシロウは頷くしかなかったようだ。



(だからずるいんだよコイツ!! ちっくしょー……)


「し、しゃーねえな! お前があの野郎をぶっ倒すところまで付き合ってやるよ!!」


「ありがとう! 頑張る!」


「お……へっほっふ……」



快晴のような彼女の笑顔が至近距離。先ほどの思考はどこへやら、リュウシロウのズラかる作戦は藻屑もくずと消えたのであった。


そんな、少し場の空気が和み始めた頃、ぽん吉が彼女に寄り添う。



「ぽん!」


「ぽん吉もありがとう。お前が居なかったら、ボクはアイツに実力だけじゃなく心も負けていた。お前が友で心から誇りに思うよ」


「ぽーん♪」



自分を再び奮い立たせてくれたぽん吉を、ギュッと抱っこするイズミ。



「ああ、ほんとにすげえよぽん吉は。あんな化物に立ち向かうとするんだからな!」


「ぽんぽーん♪」



二人から褒められ、嬉しそうなぽん吉。

今度はリュウシロウに抱っこされようと、イズミから飛び乗るのだが……



ぺた



「ああん?」



ぽん吉がしっとりとしている。



「お前何で濡れて……てか臭え!!!!」


「ぽん、ぽぽんぽん」



濡れている理由を説明するぽん吉。そしてそれを通訳するイズミ……の筈が、どういう訳か彼女はりんご飴のような顔をしている。



「そ、それはボクの汗……らしいけど、臭いとは何だーーーーーーーーーー!!!!!!」



どうやらイズミ、先ほどの般若とのやりとりでかいた汗で、身体中びっしょりな模様。

顔がりんご飴なのは恥ずかしさのあまりか。



「てか、なんでこんなに臭えんだよ!! 風呂入ってんのか!?」


「……風呂は……嫌いだ……」


「……」



般若から隠れている時よりも顔面蒼白なリュウシロウ。



「お前、何かもう見た目詐欺じゃねえか!!!」


「見た目詐欺って何だ!? と言うか、お前も何かおしっこの臭いがするぞ!! ボクの鼻は誤魔化せないんだ!」


「これは……奴から華麗に身を隠した努力の結晶が股間に具現化された黄金の松の露なんだよ!!」


「つまりはおしっこだろ!! なんか良い風に言うなバカ!!! 道中の茶屋で断られた理由が分かったよ!!!」


「ふざけんな! 俺のじゃねえお前の汗の臭いだろ! あそこの娘さん、コオロギ生で食った顔してたぞ!!」


「何でお前はコオロギを生で食べたことがある顔を知ってるんだ!? そもそもあんな顔、おしっこくらいの臭いがないとしないはずだ!! だからお前の所為だ!!」


「………………!!」


「…………!!」


「ぽん……」



言葉のとおり臭い仲の2人。

とめどなく言い争い続ける微笑ましい光景を目の当たりにしたぽん吉は、ただただため息をつくのであった。




※※※




~なずな町~


さらに街道を進み、ようやく現れたなずな町。

町の様相や規模はすずしろ町と大きな違いはないが、こちらの町の方が人口は多いようで人の往来が激しい。

なおすずしろ町と同じく、町の外れに大きな神社らしき建物が設置されている。イズミ達からは対極の位置にあるが、人と思わしき豆粒が非常に多くあることから、こちらも参拝客で賑わっているようだ。


そして、町の中央には決まって忍掲示板が設置されており、如何に忍者の権利が強いかが一目瞭然となっている。

もちろん掲示板の前には多くの人が、さらに立て看板を持つ者も多数居て、仕事探しに精を出している。



「さて、とりあえず宿だ。風呂入りてえ」


「えー……」


「……お前、この期に及んで風呂は嫌とか言うんじゃねえだろうな?」


「分かってるよ……仕方ないな」


「『仕方ない』って、やむを得ず受け入れる状況じゃねえよ!? むしろ自ら積極的に『わたしお風呂入りたいわぁ♪』って色目使いながらふわりと髪をかき上げる場面だよ!!」



リュウシロウは突っ込みつつイズミの手を引っ張り、



(イズミの汗の臭いって思うと案外悪くない……いや、むしろいい匂いって思っちまうのは…………ふっ、男のサガか)



と、アホな事を考えながら宿に向かって行く。

するとまもなく……



「おー、ここだここだ。大抵宿ってのは、町に入った辺りの分かりやすい位置にあるからな。助かるぜ」



すずしろ町と同じように、『宿』と墨字で書かれた大きな提灯が設置されている建物が大通りに面している。

旅人を集客するために、一目で分かる配慮をするのは商いをする者として当然なのだろう。



「ごめーん。ちと早いけど、部屋空いてる?」


「はーい。少しお待ちくださいねー」


(なるほど! そうやって入るのか。自然だな……)



普通に建物に入り、普通に挨拶をし、普通に返答があるというやりとり。

イズミは、以前の事から分かるようにこの手のやりとりに慣れておらず、大いに参考にする。



「それではご案内しま……うっぷ」



その後、2人から醸し出される臭いに吐き気を伴いながらも、プロとしての責務を全うするお店のお姉さんであった。




※※※




~宿の一室~



「ふう、ようやくさっぱりしたぜ」


「ああ、たまには風呂もいいもんだ」


「『たまに』じゃなくて、毎日入れよな……」


「ぽんぽーん」



やっとの思いで悪臭から逃れられた二人と一匹。

まもなくリュウシロウが、今後の行動について提案を交えつつ話し出す。



「この町は通過点ってところか? すずしろで結構な額稼げたし、あえてここで日銭どうこうって必要はないだろ。明日には次の町に向かうか。それとももうちょい仕事がてら修行するか? 仕事ならすぐ引っ張ってくるぜ?」


「そうだな……出来るだけ早く西に行きたい。明日、食料を買い込んでからそのまま町を抜けようか」


「OK、決まりだな」



スムーズに明日の予定が決まる。

しかし今はまだ夕方、眠るには早いと言えるだろう。

イズミはまだ人々で賑わう大通りを眺める。



「でも、眠るにはまだ早いよな。ちょっと修行に行ってくる」


「は? 修行? 今からかよ!? ……別に構わねえけど、風呂はまた入っとけよ?」


「わ、分かってる! 行くぞぽん吉!」


「ぽーん!」



あからさまにギクッとした感じの彼女。正直なところ『一回入ったからいいじゃん』的な思考があったのかもしれない。

ぽん吉を連れて飛び出すように宿を出る。




※※※




~大通り~



なずな町のメインストリート。

すずしろ町と違うところは、きちんと石畳で舗装がされているところで、人々は足を取られることなく快適に歩いている様子が伺える。

通り沿いにはいくつもの売店が立ち並び、多くは繁盛しておりその活気が伺える。



「相変わらず町というのはすごい人なんだな」



大通りに出たイズミ。人慣れをしていない所為か、多くの人間を未だ珍しく感じるようだ。



「ぽん」


「ああ。町の外に行けば、何か修行に使えるものが……何だあれ?」



彼女は大通りで何かを発見する。

そこには、おおよそ百はあろうかという独楽を手や足、また棒や紐で回す大道芸。

中には宙に浮きながら回る独楽もあり、物珍しさからか多くの観客が詰め寄っている。

芸人の容姿については、非常に大きなスゲ笠を被っているため、体格が良い以外は分からない。


イズミはすぐさま近くの建物の屋根に上り、主棟の裏側に隠れつつ上部から大道芸を観察する。



(忍術だな……でも何の属性だろ? それに、あんなスゲ笠では周囲が見えない筈なのに……)



彼女から『属性』の文言。勉強の成果が出ている。

暫く観察をしていると、大道芸人が芸を披露しつつ呼び込み文句をうたう。



「サー! ヨッテラッサイミテラッシー! ハンドレッドコマスピン! ベリーデリシャスワンダフルオーケー?」



イズミはこけた。

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