第12話 般若

「リュウシロウ!! 貴様、この程度の忍法も使えんのかぁ!!!」


バシィ!!!


「あぐっ……ご、ごめんなさい!!」



広大な敷地に広大な屋敷。その庭で父親であろう一人の男性と、四人の子どもが教えを受けているようだ。

幼少期の頃のリュウシロウだろうか、特に手入れもされていないグレーの髪に、あちこち汚損、破損している承和そが色の忍者服を着用している。

忍法が使えず父から怒りを買い、今また新たな汚れが付いてしまったようだ。


他の三人の子どもは男の子が二人、女の子が一人という構成で、リュウシロウを見て侮蔑、また下卑た笑いを浮かべている。

男の子は十五歳程度と十二歳程度、女の子はその中間と言った印象、リュウシロウは十歳程度で最も年少のようだ。


それぞれが漆黒、薄花色、紅葉色の忍者服と色とりどりで美しく仕立てられており、彼との大きな格差が垣間見える。



「チッ! クズめ。時間の無駄だ」

「ほーんと出来損ないだよねー、リュウシロウって」

「ぷっ! 何でこんなことも出来ないのかなー?」



そんな格差を感じさせる三人は、リュウシロウに向けて罵詈雑言を浴びせる。



「もういい。……そうだな、あの石柱を破壊しろ。拳でも忍法でもなんでもいい。出来るまで帰ってくるな」



彼の父が指差した方向に、修行のために準備をしたのだろうか石で出来た円柱が屹立している。太さは直径で1mほどあり、普通の人間では動かすこともままならないだろう。



「そ、そんな! 無理です!!」


「無理……!? そんな事だからお前はいつまで経ってもクズなのだ!!」


バシィ!!


「うわあ!!」



またしても殴られるリュウシロウ。



「兄達を見ろ! お前の頃には、あんな石柱たちどころに壊していたぞ! どうしてお前は出来んのだ! やれ! 出来る出来ないではなく、やれ!!!」


「う、うう……ひっく……」


「!! ま、また貴様はそのような軟弱ぶりをーーーーー!!」


バシ!


ドス!!


ビシィ!!!



………………

…………

……




※※※




次の日。



~すずしろ町~



昨日、宿でじっくりと話し合った一行。

今日も朝から忍掲示板の前で待ち合わせていたようだ。

なおぽん吉は話の最中ずっと眠っていた上に、その晩も寝倒したようですっきりした顔をしている。



「おーい、リュウシロウ~」

「ぽーん」


「ん?」


「何をボーっとしてるんだ?」


「あ、ああ……ちょっと……昔を思い出していただけだ」



思い出、暗く沈んだ面差し。

この二つがセットになれば、大抵ろくな思い出ではない。



「そうか。リュウシロウの昔ばなしを聞いてみたいな!」


「よせ。聞くだけで不快指数が振り切るぞ?」


「な、なんだ、意味深だな。ま、いっか。そろそろ行こう? 目指すはとりあえずなずな町だ!」


「へ?」



イズミが西へ向かうのは確定事項なのだが、リュウシロウは彼女の言い回しが気になったようだ。



「行こうって……何だよその言い方」


「何を言ってるんだ? お前も行くのに『行ってきます』はおかしいだろ」


「何で俺も行くことになってんだよ!!! あと最初から行くのを前提としてしゃべんな!!!」



彼は、あくまで彼女を『見送る』つもりだった様子。しかしそうは問屋が卸さない。



「…………」


「なんだよ……」



イズミの顔が絶望的なものに変わる。



「付いて来て……くれないのか……?」



胸に両手を当て、肩をすぼめ、目を瞑ると同時に雫が頬を伝わる。

朝日に照らされた水の宝石は強く輝き、彼女の悲壮感を強調する。


まもなく彼女は少しだけ瞼を開けるが、そこんはいくら汲んでも尽きない海の如く溢れる涙。

まるで思い人を戦場へと送り出……



「ずるいんだよ!!!!!!!!!!」




※※※




~すずしろ町西付近 街道~



すずしろ町を出てまもなく、当面はしっかりと整備されている道路を一行が歩く。



「やはり持つべき者は友だな!」

「ぽん!」


「よく言うぜ。役者も真っ青の……ん? 友?」



『友』という文言に反応するリュウシロウ。

彼は、あくまでも彼女とはビジネスパートナーとして付き合っていると考えている。

一方イズミの場合は、単に一緒に居たことで仲間意識が芽生えただけなのだろう。リュウシロウの都合はさておき。



「どうした? もう友じゃないか。あれだけ一緒に経験して、あれだけたくさん話したのだから、もうお前とは友だろう?」


「あ、え、お、おう。そうだな」



褒められたり、ストレートな表現をされるのが苦手なリュウシロウ。

その後は沈黙してしまうものの、二人と一匹は順調に次の町であるなずな町へと向かって歩いて行く。




※※※




暫く経って……



「ぽんぽん」


「ん? どうした? 何言ってんのか分からねえ」



ぽん吉がリュウシロウに近付いて何かを話し掛けるのだが、あいにく彼はたぬき語が分からない。と言うより、イズミにしか分からない。



「仕事の方は大丈夫なのかってさ。周旋屋だっけ? 取引しているお得意さんとかも居るんだろ? とも言ってる」


「ぽんぽんとしか言ってねえじゃねーかよ……どんだけ集約されてんだよ。便利だなたぬき語。てか、ぽんぽん鳴くたぬきを初めて見たぜ」



彼は、当たり前の反応をした後ニカっと笑い、ぽん吉の頭を傷だらけの手で撫でる。



「ありがとよ、心配してくれて。そっちに関しては何も問題ない。顔見知りは居るが、お得意様みたいなのは作ってねえんだ。基本的には一見さんばかりだ」


「ふーん。そんなやり方で儲かるのか? そういう仕事って、時間を掛けて信頼を得るのが必須な気がするんだが……」


「まぁ……だからそれほど儲かる訳じゃねえよ……あまり個人に深入りすると足が付きやすくなるからな……」


「?」



リュウシロウの発言の後半部分は聞き取れなかったようで、イズミに疑問符が付く。

さらに彼女は質問を投げ掛ける。



「そう言えば疑問だったんだが、周旋屋っていう仕事なんて成り立つのか? 仕事なんて掲示板に張り出せばいいだけなんじゃないか?」


「掲示板ってタダで使える訳じゃないんだぜ? 一日の張り出しで報酬額の10%、正直かなり高い。そこで周旋屋の出番だ。こっちで仕事を見つけて、張り出し代金より安い値段を発注側に提示して、掲示板を介さず個人に仕事を紹介すれば、発注側は張り出し代金が節約出来るし周旋屋は儲かるって算段だ」


「な、なるほど~……」


「……」



納得した感じを見せるイズミ。しかしリュウシロウは見逃さない。



「10%ってどんだけだ? 言ってみろ。この間の試験に出たよな?」


「え、えっと……十割?」


「倍額になってんじゃねえか!!!! 張り出しただけで干上がるわ!!!!」



突っ込みの後、彼は咳払いをし改めて……



「後で西国語の復習な?」


「えー……」



苦虫を、六十匹ほど噛み潰した顔をするイズミであった。




※※※




さらに街道を歩き続けると、谷を超えたところで草原が現れる。チョウジと戦った場所付近だ。



「そういえば、この辺りでチョウジと戦ったんだよな」


「だな。まあ俺は、ぽん吉と茂みに隠れてただけなんだけどな! ははは」



リュウシロウの空しい笑いがこだまする。

彼の笑いが収まったくらいだろうか、ぽん吉の歩みが止まる。



「どうした? ぽん吉」


「……」



街道沿い、進行方向に真っ直ぐ視線を送る。何かを察知したようだ。



「フーーーー…………」



やがて瞳孔が開き、警戒を始めるぽん吉。異常事態が迫っていることが伺える。



「何かあるのか!? リュウシロウ、下がってろ」


「あ、ああ」



リュウシロウは近くの茂みに隠れ、イズミはぽん吉の視線の方向を警戒する。

すると……



「ふむ、情報の通りか……いや、それよりも少し早かったか。成長が早くて羨ましい限りだ」



何も無いところから、突然現れる謎の者。

全身黒尽くめで般若の能面を付けており、何処かで見たような出で立ち。



「な!!?? チ、チョウジ!!??」



能面の種類と声がしゃがれたものではなく、若い男性であること以外はチョウジそのもの。イズミが驚くのも無理はない。

しかし般若はその言葉に反応することもなく、その場に佇む。



「チョウジ? ……ああ、そう名乗っていたか」



トボけているのか本気なのか、その能面からでは何も伺えない。



「力忍術……ようやく見つけることが出来た。どれ……」



そう言うと、般若は少しだけ気を練り上げたようで、身体から狼煙が上昇し始める。



「………………な、なんだ……コレ……は……」



イズミは微動だにしない、いや出来ない。

足はガクガクと震え、まだ時間経過は僅かであるにも関わらず、額の汗が顎まで伝わり滴り落ちる。



「チョウ……ジ……じゃ……ない……」



気を纏っている付近は空間が歪み、まるでゆらめきのようだ。チョウジにはなかったと、出来る筈がないと、目前の相手を別人だと確信するイズミ。



(チョウジとは……次元が違う! 何……者なんだ……?)



いつも強気のイズミ。そんな彼女の心が恐怖で満たされる。

すでに目には涙を浮かべ、般若を真っ直ぐ見ることなく俯いてしまっている。



「……時期早々か。何分、私は修行をしても時間が掛かり過ぎてな。もう少し成長してもらわなければ困るのだ」


「……?」



相手が何を言っているのかまるで分からず、恐怖と困惑が混同するイズミ。


一方でリュウシロウとぽん吉。



(うあああああああああ!! 怖え怖え怖え怖え怖え怖え怖え怖え怖え!! なんだアイツは!? 死ぬ、死ぬうううう! 助けてえええええ!!)



彼は近くの茂みに尻を放り出し、股間を濡らしながら頭を抱えて怯え続ける。



「フーーーーー!!!!」



しかし、ぽん吉だけは勇ましく般若に向かって警戒を続ける。

主人の窮地打破の意思が本能を上回ったのか、はたまた別の理由があるのか。



「ぽん……吉……」



まもなく心を折られそうなイズミだが……



(ぽん吉……すまん! ボクが……ボクが不甲斐ないばかりに……!!)


「!」



ぽん吉の勇ましさに奮い立ったのか、再び彼女は相手を睨み付ける。般若は少しだけ感心した様子だ。



「ククク。そのたぬきに褒美をくれてやりたいところだな」



ついに戦いが勃発か、と言うところで……



「では引き続き成長を待つとしよう」



そう言うとイズミ達から視線を外し、振り返ったと同時に突然消えてしまった。



「…………………………は?」

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