第11話 忍術とは

「……」


「…………」


「………………」



イズミはじっくりと何かを考えている様子だが……



「思い出せそうにないって感じだな」


「面目ない……幼少の頃の記憶が、ぽっかりと抜けてしまっているみたいだ」


(まあ、小さい頃の記憶なんてほとんど抜けてて当然だな。それでも要所要所くらいは覚えてても良さそうだが……ま、しゃーねえ。コイツの記憶は後回しだ。それよりも……)



リュウシロウの瞳の奥がキラリと光る。



「と言うかお前……忍術忍術言う割には、力忍術以外に無頓着過ぎねえか? 雷忍術も怪光線扱いだし、呪忍術も知らなかったしな。忍術の種類とか、それらの基本的な忍法とかは知っとけよ。そんなに実力あんのに……」


「興味がない」


「興味がないって……他の忍術使いと戦う時に情報として必要だし、知っておくことで対処出来ることもあるだろ?」


「ふん! そんなの、力忍術で吹き飛ばすだけだ!!」



彼が正論なのだが、イズミは聞く耳を持たない。

何でも力忍術でどうにも出来るという、根拠のない自信があるようだ。

しかしリュウシロウは慌てない。むしろニヤリとする。



「お前、他忍術の使い手と戦闘経験ねえだろ」


「く……リュウシロウ! お前は人の心を読めるのか! ……なるほど、その戦闘力の無さは仮の姿……その正体は、さとりの如く読心術を駆使する妖怪の頭領……」


「お前アホだろ!? あと誰が妖怪だ!! ……でも図星って事か」


「ぐぬぬ……し、しかしだな! ボクの強さはチョウジとの戦いで証明された筈だ!」



これでマウントを取れたつもりか、少し脳が足りないイズミは誇らしげにする。



「風忍術で……」


「ん?」


「相手から一町(約100m)離れて、風の刃を放つ切颪きりおろしって忍法があるんだが……どうやって対処する?」


「ええっと、まず攻撃を殴る……」


「風を、か?」


「う゛……じゃあ近付く!!」


「一町を一瞬で行けるならアリだな。でも相手はボサーっと突っ立ってるだけか? 他の攻撃はしてくるわ、逃げるわでそんな思い通りに行くかね。てかそもそも相手は攻撃中だぜ? 真っ直ぐ向かってったらただの的だろうがよ」


「ぐ……」


「んで初撃をうまく捌けたとしても、次から次へと刃が飛んでくるんだぞ? 全部忍法で打ち落とすのか? そんなに技使ってたら気も足りなくなるぞ? んで、お前がいくら打たれ強いって言っても無限に当たる訳には行かねえよな? ほら、どうすんだ? 敵は待ってくれねえ……ん?」


「う、ううう……う、う……」



ふるふると小刻みに震えだすイズミ。

顔は引きつり、少しずつ目に涙を溜めていく。

そして……



「うあああああーーーん!!! リュウシロウがいじめるうううーーー!! 屁理屈こねていじめるーーーーー!!! 言葉責めしてくるーーーー!!」


「わーーー!? 泣くほどの事じゃねえだろ! あと屁理屈じゃねえよ!! 正論だよ!!! んで誤解を招くような発言すんなよ!!?? クソ田舎育ちの癖して何処で覚えたんだよ!?!?」




※※※




収拾ついて……



「ま、そういう事だ。他の忍術を理解しておくことは、少なからずお前の利になるぜ?」


「うーん……」


「まったく……力忍術正統後継者様は意固地で困るぜ」


「意固地とは何だ! そう、ボクは力忍術正統後継者……あ」



リュウシロウに、コテンパンに論破されたイズミ。それでも力忍術正統後継者という、あるのか無いのか分からない肩書きを誇りにしているようだ。

そして、その肩書きについて何らかの発言をしようとしたが、途中で何かを思い出したようでみるみる真っ赤になり、怒りとも言える様相を見せる。



「力忍術が誰でも使えるってどういう事だ!!!!」


「思い立ったら即言葉に出すのな。獣かお前は」



忍術の話題により、先にあったチョウジからの忠告を思い出すイズミ。

リュウシロウはこの流れになるのが分かっていたのか、特に動揺は見られない。いや、忍術の話題は彼から振られていることから自ら誘導したか。



「たぶん……の領域を出ねえけど、これからのお前の前途は多難だ。強敵難敵も現れるだろうし、ちょっとは他の忍術の知識を入れた方がいいぜ? 今から力忍術の一件も話すから、それならちゃんと最後まで聞けるだろ」


「あ、ああ……じゃあ聞かせてもらおう……かな」



このまま怒鳴り散らす予定だったようだが、会話に本腰を入れたであろうリュウシロウに出鼻をくじかれたようで、勢いはみるみる消失。

それに、本来は『力忍術最強』を信じて疑わず、他忍術の事など知ったことではない素振りだったが、先のやりとりで態度が軟化したようだ。


ちょこんとその場に座り、おとなしく彼に対峙する。



「まずは何から話すかな……」




※※※




忍術には火、水、雷、風、土、詩、呪、毒、金、獣、写の属性がある。なお時という属性もあったようだが、遥か昔に失われたと言われている。

これらは誰にでも使える訳ではなく、その忍術の属性を生まれながらにして所持していることが条件……つまりは才能が必要となる。

自身の気と、生まれながらに与えられている属性を印により紐付けすることで、体内にその属性を作り出し放つことが出来るのだ。


しかし、属性を持つ者はそれほど多くなく、人口割合で言えば一割にも満たない。

そして各々の忍術から繰り出される忍法は、多くのものが人間が生活して行く上で非常に有用であることから、これが忍を引く手数多としている要因と言える。


なお従来はそうではなかった。

忍は最初から属性を使いこなせている訳ではなく、秘密裏に情報収集や破壊活動、諜報活動を行う存在であった。『忍』という文字はその名残だ。

戦闘においても手裏剣やくない、刀やまきびしと言った忍具を使用するのが一般的で、気や属性などを使用するようなことはなかった、出来なかったのである。


しかし大昔のある時期から属性を持つものが生まれ始め、その者が忍となった際の活躍が目まぐるしかった。任務がより円滑に、効率的に行われるようになった訳である。

もっとも、その能力から多くは隠密行動に向かず、自然と表舞台に出ざるを得ない状況となる。

年月が経つにつれてそのような者は増加の一途となり、忍という存在が世間に広く知れ渡る頃には、現在のような扱いになったのだ。


では属性を持たない者……つまり一般人には何も出来ないのか、諦めるしかないのか、才能だけが全てなのか。

それについては、まず現在の忍術が生まれた頃には、同時に忍術を研究する機関や個人が現れている。

その研究の中で、一般人にも気が存在することが突き止められ、後は属性の問題となる……が、やはり属性に関しては難しく、研究はさらに進められた。


何らかの形で属性を付与する……多くはここが焦点となった。

しかし、属性だけは生まれ持ったものであるため、何をどうしても一般人には与えられなかった。

そこである研究者の一人が、属性に拘るのではなく『気』に焦点を置いてみては、と助言する。

結果、気に関しては一般人でもある程度操作が可能で、気を練り上げ体内に巡らせることで身体強化が果たせるのである。


その有効性は妖怪との大戦で証明された。

元来、忍術を使える者とそうでない者の戦力は決定的で、一般人が百人居たところで妖怪の大多数には傷一つ負わせられなかった。

しかし気を練り上げ、身体能力を大幅に強化することで単身では無理だとしても、ある程度の人数が居れば一般人でも妖怪と戦える事実が分かったのである。


その後、人間はこの身体強化の術を新たに属性として加え……




※※※




「力忍術……と命名したって訳だ。ま、まあ誰にでも使えるって言っても、かなりの修行が必要なんだけどな! それに、お前ほどの熟練度を持つ奴はまず居ないだろうし……」


「すごいな! 忍術にはそんな歴史があったのか!」



力忍術が、いわゆる凡術である事実を打ち明ける結果となり、イズミに気を使うリュウシロウ。

しかし彼女は目をきらきらさせて、彼の話に夢中になっていた様子。



「あれ……?」


「どうした?」


「いや、その~……気にしてない……のかなーって……」



歯切れの悪いリュウシロウ。イズミの怒りを警戒しているようだ。



「何がだ? はっきり言え」


「だからよ、力忍術が希少どころか普通にその辺にあるもんだって話……」


「ん? ああ、そういう意味ならいいじゃないか。てっきりボクと父上で鍛え上げた力忍術を、誰にでも使えるって言われたと思ったから怒ったんだ」


「あー……お前のって意味ね……」



力忍術が誰にでも使える事実に怒っているのではなく、彼女の力忍術を凡術扱いした事が憤りの原因ということである。



「お前も使えるのか?」


「まあ上手く気が練れねえけど、真似事程度なら……気だけしか使わないしな」


「それなら逆にすごいぞ!! 世の中の皆が使える忍術、そこで頂点を極めることこそが本当の意味での最強に……うふふふふふふ」



むしろニヤニヤが止まらないイズミ。

力忍術が唯一無二のものかなどはどうでも良く、あくまで『自分の』力忍術に誇りを持っているのである。



(普通は属性が使えないって凹みそうな気がするし、気だけしか使えねえコイツは厳密に言うと忍ですらねえのに……ブレねえな。それに引き換え俺は……)

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