第10話 考察

激戦の明くる日。



~すずしろ町の宿~



「ふぅ、腹いっぱいだ。相変わらず見た事のないご飯ばっかりだったな」


「ぽんぽん」



昨日宿に戻って泥のように眠り、今しがた朝食を終えたイズミとぽん吉が、自室でのんびりとしているようだ。

そこへ……



「よう。おはようさん。俺だ」


「リュウシロウ? いいぞ、入ってくれ」



リュウシロウが訪れる。

もちろん、女性が寝泊りしている部屋なので、ふすま越しの声掛けは忘れない。

イズミの許可と共に、彼は襖を開けて部屋に入る。



「もう体調は……おおおうっふ」



朝日を逆光にしたイズミの浴衣姿は、彼に会心の一撃を与えたようだ。



「おっと、すまんすまん。もう体調はいいのか?」


「ああ、もう大丈夫だ。他の奴とは鍛え方が違うよ」


「ははは。だな。ぽん吉もお疲れさん。よく俺を守ってくれたぜ」


「ぽーん♪」



軽く挨拶を済ませる。

まもなくイズミは立ち上がり、虫籠窓むしこまどから外を眺める。

リュウシロウはその場に座り、お互い少しばかり沈黙が続く。



「なあ、リュウシロウ……」


「ん?」



彼女は外を眺めながら会話を振る。



「ボクは何かに狙われているんだよな」


「……まあ、完全にお前に狙いを定めてたよな。召喚のクソめんどくさい式神を使ってまでお前を探して、その上試して来たんだからな。そう考えるのが普通だ。」



対象をイズミに限定した調査……よって、そう思うのが自然である。



「と、とりあえずアレだ。立ち塞がるヤツはみんなぶっ飛ばすんだろ?」


「当たり前だ! あれだけの兵は初めてだが、結局は倒せたしな! あはははは! やはり無敵!!」


(いい性格しているぜ。普通なら、狙われてるって分かっただけで落ち込みそうなんだがな。……ま、自信の表れってやつかね)



激戦ではあったものの、終わってみれば一晩眠っただけでほぼ回復しているイズミ。

つまりは戦闘力だけで言うなら、彼女とチョウジではそこそこの差があったのだ。

多少調子に乗っても仕方がないだろう。


一方で、リュウシロウは畳に視線を下ろし集中しているようだ。



(イズミは話聞いてなかったのか覚えてねえのか、はたまた全く気にしてねえのか分からねえけど……)



ー私たちしかそれを知りようがないー



(確かにあいつはそう言った。て事は、そのまま鵜呑みにするのも何だが、あんなのが複数人居る可能性が高いってことか……『私個人』って台詞も気になるしな)



「そう言えばリュウシロウ……」



(んで自壊とは言ってたがあの消え方……確実に普通じゃねえよ。結局聞きそびれちまったが、複数の属性を操るのも謎だしな。意味不明にも程があるぜ)



「リュウシロウ?」



(んで調査をするにしても、性格とか考え方まで必要か? イズミの強さが必要なら、単純に戦闘力だけ推し量ればいいだけの話だ。お互いを理解し合うとか、コミュニケーションの可否を知りたいってなら別……あーそうか。一時的じゃなくって、長期を見据えてんのかもしれねえな)



「おーい、リュウシロウ~」

「ぽーん」



(となると、目的が長期ってことで目指すもんはでっかいだろうし、イズミを長期安定した確保をするとかで人的リソースが必要だ。単独犯はありえねえ。あのレベルかそれ以上が複数人居るのは確定だろ。やべー……てかこれ、俺にはかなり重たくね……?)



「リュウシロウ!!!!」


「うわあああああああ!!!!」



呼びかけ反応無しのリュウシロウに、怒鳴り散らすイズミ。彼は思わず飛び上がる。



「何をボーっとしているんだ!」


「ボーっとはしてねえよ……いろいろと考え事だよ、考え事」


「考え事? ふふん、軟弱者め。どんなことだって、まずは行動あるのみだぞ!」



思い切り目を細めるリュウシロウ。馬鹿にしているのは間違いない。

いつも通り頭の中で毒づくと思いきや、置かれている状況に少し冷静さを欠いてしまったのか、彼は致命的なミスを犯してしまう。



「お前はいいよな~。単純貧乳脳筋、思考も知力もまるで無し。迷ったらとりあえず殴る、頭パッパッパー女だもんなー……」



・・・・・・



時間が止まる。



「………………………………………………あ」



そして彼は己の過ちに気付く。

おそるおそるイズミの方向を見ると、そこにはチョウジの能面よりも恐ろしい彼女の天然の能面が……



「リュウ~~シロオオオオーーーーーーーー!!」



顔を紅潮させながら、右手を振り上げそのまま……



ぼぐしっ



「しめじっ!!」



またしても顔がへこむリュウシロウ。

イズミが本気で殴れば、当然彼の頭から様々なものが飛び出すだろう。

そうならなかったのは当然彼女の慈悲……と彼は思う。



「ひ、ひ、ひ……貧乳とは何だーーーーー!!」


「あ、やっぱそこか!?」


「殴るぞ!!!! あとパッパッパーって何だ! 人をふりかけみたいに言うな!!」


「殴ってから言うんじゃねえよ!」



服の上から胸を隠し、涙目でぷるぷると震えるイズミ。

ぽん吉がリュウシロウに近付き、耳打ちをする。



(ぽん……)


(……何? 相当気にしてんのか……だよなー、絶壁どころかえぐれてんじゃねーのって勢いだしな)



耳打ちとは言え、またもや失礼な発言をする。

聞こえないように言っているつもりだが、イズミは優秀な忍者なのである。



「き、き、聞こえてるぞーーーーーー!!!」




※※※




「さて、これからどうするんだ?」



いろいろとあって顔が若干へこみ、両目がパンダになっている以外いつものリュウシロウに戻る。



「西に向かう」


「あいつの話、信じるのか?」


「信じるとかそういうのじゃない。そもそもボクは西に向かおうとしていたからな。たまたま一致しただけだ」



イズミも西に向かっているのは、これまでの通りである。



「そうなのか。で、西に何しに行くんだ?」


「……う゛」



当たり前の質問だろう。しかし、旅の目的が不明のイズミは答えられない。



「?」


「す、すまない。ボクもよく分からないんだ……」


「えっと……何言って……ん?」



またもや呆れ顔となりそうなリュウシロウであったが、彼女の面差しを見て踏みとどまる。

真剣でいて、少し暗がりのあるこれまでにない顔……彼は察する。



「話してみろ」


「……え?」



イズミからすれば、自身の発言が『おかしな事』以外何物でもない。本人も自覚している。



「い、いや……その、近々とんでもない事が起こる……そんな気が……する……だけ……」



よって確たるものは何もない、さらに他人に話すのもはばかられる。少しずつ声がトーンダウンしていく彼女の態度がそれを表している。



「そう思うきっかけみたいなのは無かったか?」


「え、え? きっかけ?」



リュウシロウからの真顔の問い掛け。戸惑いを見せるものの、素直に従い思い出そうとするイズミ。



「普段は修行ばかりだし……木の実とか山菜取りは関係ないし……後は釣りとか狩りくらいしかしてないし……」


(仙人かコイツは)


「あー……!」


「?」



彼女は何かを思い出す。



「そう言えば旅の数ヶ月前から、毎晩のように同じ夢を見ていた気がするなぁ」


「気がする?」


「すまない。夢の内容は覚えてなくって……でも同じ夢だと思うんだ。西へ行こうと思ったのは、夢を見始めてからまもなくかな」


「!!」



リュウシロウは何かに気付いたようで、手を顎にやり再度口を開く。



「考えられるのは二つ」


「ん?」


「ひとつ目は、まあいわゆる虫の知らせ的なヤツ? 本能的に動く傾向がある、お前ならではってところかな。ははは」



彼から軽い印象があることから、この意見は本命ではないのだろう。



「んでふたつ目だ」


「……あ、ああ」



そして急に固い面差しとなるリュウシロウ。ここからが本番である。



「呪忍術の可能性だ」


「のろい? ……え? 呪われてるのかボクは!? と言うかそんな忍術があるのか!?」


「落ち着け。呪いっつても、藁人形に釘刺して『ギャー』なんてもんじゃねえから」


「……え? ……あ~~~~~~良かった~~~~~」


(コイツは……!!)



イズミ、超安堵。どうやら、想像していたものとリュウシロウの例えがどんぴしゃだったようで、彼は猛烈に呆れる。



「たしか……条件が厳しいが、呪忍術で夢に干渉する忍法があるんだよ。まあ、もしそれが掛けられていると仮定して、めっちゃ強え上に外界との接触がなかったお前にどうやって掛けたのかが分からねえ」



少し間を置いて、彼は彼女を伺うように質問を投げ掛ける。



「それこそ、暫くは一緒に居ねえと無理だ。何か心当たりはないか? 例えば、誰かと一定の期間過ごしていた……とか」


「誰か……と……」



イズミは過去を振り返ろうとする……が?

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