第9話 謎のまま…

~戦闘場所から離れた場所~



「くそ! 手も出せねえとは……ほんと情けない限りだぜ……」



イズミとチョウジの戦いの場より、500mほど離れた茂みの隙間。

そこには逃げたはずのぽん吉とリュウシロウが二人の戦いを見守る。



「ぽん……」



そして、結局イズミの『逃げろ』の言葉に従わなかったぽん吉。

もう我慢の限界なのか、ぷるぷると震えながら小さな鳴き声を漏らす。

よほど思うところがあったのだろうが、今のところその真意は分からない。



「つまり、あのヤローがこの一連の騒動の黒幕……って考えて良さそうだな」



戦いを目の当たりにしているリュウシロウ。

召喚された大岩変化たちを見て確信を抱いている。



「いや、そんな事より……」



なおリュウシロウ、騒動の黒幕である可能性よりも疑問を抱く何かを感じる。



「土忍術と木忍術って……忍術は一つしか使えねえ筈だぞ……? しかも同時って、一体何なんだよアイツは」




※※※




チョウジの攻撃が終われば、そこには大きく盛り上がった土とその上に根元が枯れた木々が積み重なり、さらには既に口寄せを解いたのであろう大岩変化と、樹木変化の成れの果てまで重しとなっている。

イズミの位置は、おおよそその中心。常識的に考えれば無事では済まない。



「私に負けるようでは話にならんが、一応回収して……む?」



木々という隔たりがなくなり、悠々とイズミが埋もれているであろう場所へと向かっていくチョウジ。しかしすぐさま異変に気付く。



「これは……気!?」



ドォォォォォーーーーーーン!!!



「……ぐ……ああーー!」



異変に気付いたとほぼ同時に轟音ごうおんが鳴り響く。

音の主はイズミを覆い尽くした土や岩や木々、それらの破片がチョウジに襲い掛かる。

至近距離で不意を突かれたためか、多くの破片が直撃してしまったようだ。



「く……! まさか、まだこれほどの技を使う体力が残っ……」



能面の土を払いつつ、爆発音の方向を確認しようとする……が、



「な……に……?」


「良い戦いだった」



チョウジの懐には、爆発と同時に接近したであろうイズミ。土か岩か木々か、原因はどれか分からないが、頭部からの出血が顔を伝わり顎にまで至っている。


そんな状態でも構わず、右手に濃厚な気をまとわせ、自分の誇りを、成果をぶつける。



ー強空拳・鉄心!!ー



ズッドォォォォーーーーー!!!!!



「ーーーーーーーーー!!!!!」



相手のみぞおちを貫通させるかのような強烈な一撃。

チョウジは声にならない。



「…………」


「…………」



イズミの右拳が突き刺さったまま両者沈黙。そして微動だにしない。



「あ…………」



しかし、その静寂はまもなくチョウジによって破られる。

詰まったような声の後、少しずつ前のめりとなり、次にイズミにもたれかかり、最後にはうつぶせに倒れた。



「はぁ……はぁ……」



イズミもダメージと疲労により両膝を付き、荒い呼吸を繰り返す。

それでもまもなく息を整え立ち上がり、チョウジを見下ろした。



「ふぅ……まだ意識はあるのだろう? 息が整ったら話の続きをしようか。お前にはいくつか聞きたいことがある」


「……」



疑問点の多い今回の戦い。イズミも思うところがあるようだ。

うつぶせに倒れたままで特に反応のないチョウジだが、胸の規則的な動きが確認出来る。


そしてまもなく、



「イーーーヒッーーズーーーーミーーヒッーー!!」

「ぽーーーーーーーーん!!!」


「リュウシロウ! ぽん吉!」



全力で走ってきた様子のリュウシロウとぽん吉が駆けつける。

リュウシロウは全力走りの疲れからか、呼ぶ声も息が続かない。



「や、やっはぢゃねえかはぁ! ぶふォ!!」


「言えてないぞ! 何で走っただけでボクより疲れているんだ!?」



疲労と喜びが同居すればこうなるようだ。



「はぁ……ふぅ……てかイズミ、顔面血まみれけどよ……大丈夫か?」


「ああ、特に支障はない。ちょっとフラフラするけど」



これまで、どんな妖怪相手でも圧勝してきたであろうイズミ。

よって、彼女が傷付くことに対して慣れのないリュウシロウは不安げにする。



「そうか……ならいいけどよ。とりあえず帰って、まずは安静と休憩だな」


「そうだな。だがもう少し待ってくれ。コイツに聞きたいことがあるんだ」


「……分かった」



素直に応じるリュウシロウ。いろいろと考えがあるようだ。



(俺もコイツには聞きたいことがあるんだが……イズミ越しの方が、聞く耳持ってもらえそうだな)



そう思うと、彼はイズミに提案をしようとする。



「あのよイズミ……」


「あー! そういえばぽん吉! どうしてあの時言うことを聞かなかったんだ!!」



しかし、彼女の大声によりかき消されてしまう。



「ぽ……ぽんぽん!!」


「何? 勝手に身体が動いた? そうしないとダメだった思った? ……うーん」



イズミ自身、どういう訳か今回の旅の目的がよく分かっていない。

そのため、行動原理に通ずるものがあるぽん吉を、叱り付けることが出来ないのである。



「仕方ないな。今回だけは許す! でも次は怒るからな!」


「ぽんぽーん♪」



あっさりと許されたぽん吉。とても嬉しそうである。

すると……



「聞きたいことがある……か。加減が見られたのはそのためか。おめでたいな」



平和な雰囲気の中、話す気になったのか仰向けに体位を変えたチョウジが口を開く。



「チョウジ!」


「いずれにせよ私は貴様に負けた。ある程度のことは話してやろう」



警戒しつつ、チョウジに近付くイズミ。



「クク、あまり警戒しなくていいぞ。もう反撃の力は残されていない。貴様からの攻撃で、直撃と言えるのは数えるほどしかないのにな。大したヤツだ」



反撃の力が残されていないという割には、未だ饒舌にふるうチョウジをやはり彼女は警戒する。



「……まず問おう。目的は何だ?」


「私個人の目的を言うなら、発見と調査だ。貴様の……な」


(私……個人……?)



間髪入れずにあっさり告白する。約束は守るのだろう。

なおリュウシロウは、『私個人』という前置きが気になった様子。



「調査? ボクの?」


「正確に言うなら、式神を使用しての貴様の発見と、貴様が使う力忍術を調べ上げるのが私の目的だ」


「なるほど……道理で」


「貴様の性格、思考、力忍術の能力……ククク、いろいろと私に試されたろう? まあそういうことだ。その辺りの民衆でも扱える力忍術を、よくぞここまで練り上げたものだ」


「一般人でも……? お前は何を言っているんだ?」


(まずいーーーーーーー!!!!)



全貌は分からないが、リュウシロウ曰く力忍術は『凡術』。しかし彼は、これまでイズミに伝えていなかったようで焦る。



「我が力忍術は誇り高い、そして唯一無二のものだ! 負けたからと侮辱は許さんぞ!!」


「……そうか。貴様は何も知らぬのか。まあいい、不満はそこの男にぶつけるがいい。おおよそ『知っている』顔だ」


(ぎくっ!)



チョウジの言葉を聞いた彼女は、キッとリュウシロウを見つめる。彼は必死でトボている。

しかしイズミはまだ聞きたい事があるようで、再びチョウジに話を振る。



「で、ボクを調査してどうするつもりなんだ?」


「可能性だ」


「?」


「悪いが……その点については、全てを知る者でなければ理解しようがない。そして、私たちしかそれを知りようがない。すまないな」


「それでは納得出来ないぞ! きちんと説明しろ!」



意味深なチョウジの発言だが、理解も納得も出来ないイズミ。

チョウジに詰め寄る彼女だが……



「……え? こ、これは……」


「時間だ。知りたい事があるなら、もっと西へ行くんだな」



どういう訳か、チョウジの身体が徐々に朽ち果てていく。



「そんな!? こ、殺すつもりじゃなかった……!」



慌てふためくイズミ。

彼女にとっての戦いは、あくまでも腕比べの範疇はんちゅうなのである。

そんな有様を見て、チョウジは呆れたように口を開く。



「ふん、安心しろ。ただの自壊だ。役割が終わったのでな。可能性を見つけることが出来た」


「分かるように説明しろ! な、何も死ぬことなんて……!」


「西へ行けば、知りたくなくても知ることになるだろう。それに死ぬ訳ではない。あるべきところに帰るだけだ。何分私は存在しているだけで面倒なのでな……用が済めば消なければならん」



気が付けば、チョウジの身体は既に胴体まで消失している。なお言葉だけは饒舌じょうぜつであることから、本当にイズミとの戦闘が原因ではないようだ。



「私では……役には立てない……」


「??」



しかし消失の度合いによるものか、徐々に意識が朦朧としつつあるよう見受けられる。



「……私の……年は、貴様……の十六年にも……及ばな……」


「待て! まだ話は終わってない!」


「……」



今際の際ですらも理解不能な言葉、さらに多くの疑問も残しチョウジは消えて行った。

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