第7話 能面

その後、イズミとリュウシロウは数多の仕事をこなしていった。

その全てが討伐任務。中には磯女や猫又等、ある程度知名度のある妖怪も相手取ることがあったようだが、基本的には岩、木、水、土などの変化妖怪が主たる討伐対象となっている。


この日も仕事帰り、今二人は報酬を分配している最中である。



「ほい、イズミ。今回の取り分」


「あ、ああ。でもいいのか? 毎回毎回、ボクの取り分が異常に多い気がするんだが……」


「最初にお前が八、俺が二って言ったろ? これは俺とお前の契約だ。反故にするのは……お前の忍道じゃねえけど俺の矜持が許さねえ」



当たり前のように言うリュウシロウ。

周旋屋として、イズミと正式に契約する際にいろいろと決め事があったようだ。



「それによ、毎度報酬は『両』単位だ。そっから一割でも、両が普通その辺りの民衆じゃなかなかお目に掛かれねえ事を考えたら決して少なくねえよ。心配すんな。てかもうそろそろ目標に達……ん?」



じっとリュウシロウを見つめるイズミ。



「……誇り高いのだな、お前は」


「え? な、な……お、おう……」



しゃべくりの上手い彼だが、イズミの一言に気の利いた返答が出来ない。



「さ、さあ次の仕事だ。今度も木の変化のようだが……こいつも結構大型、しかも突然現れたようだな」



リュウシロウは照れくさそうにしつつ、誤魔化すように次の仕事の説明をする。



「またその手のヤツか」


「降って湧いて、その辺りをウロつくのがもうお決まりになってんな。最初の大岩変化から立て続けに起こってやがる。ほんとよく分からねえ」


「まあいい。ボクの役割は目の前の敵を倒すだけだ。行こう」


「ok」


「おーけー?」


「肯定の意味だよ。後で西国語の試験な?」


「えー……」




※※※




〜すずしろ町から5km離れた街道沿い〜



すずしろ町を街道沿いに、ミヤシゲ谷へ向かう経路ではない方向へさらに西へ進むと、見渡す限りの草原が現れる。

見通しは非常に良く、かなり遠方のものも視認出来そうだ。



「この辺りから南だったな」


「ああ……つってもよ、こんだけ見通し良かったら早速見つかりそうなもんだけどな」



イズミとは違い、戦う力がないリュウシロウが何かと疑念を抱くのは仕方がないだろう。



「移動したのかもしれないぞ? とりあえずこれまでの目撃情報を参考にして、しらみつぶしに探してみよう」


「だな。何だよイズミ、そろそろ分かってきてんじゃねえか。なんにも考えてねーのかと思った」


「リ、リュウシロウ! ボクのことを馬鹿だと思ってるな!? 力忍術正統後継者は伊達じゃないんだぞ!」



『頭がちょっとアレなのは、その力忍術が原因なんじゃねえのか?』とは死んでも言えない雰囲気。



「力忍術のおかげでうんたらかんたら……」



続けて力忍術の素晴らしさを解くイズミ。何となく、私はコレで人生変わりました的な印象がある。



「力忍術って、頭にも作用すんの……?」



なので、彼なりの精一杯の突っ込み。



「あ、ああ! 頭の中が……あの、その……ムキムキに……?」


「筋金入りの脳筋じゃねえか!! それは力忍術のおかげって言うんじゃなくて、力忍術の所為って言うんだよ!! あとお前自身がよく分かってねえ!!」



でも結局我慢出来ず。


知性低めの会話をしつつ、二人はどんどん街道から離れていく。

暫く経って、リュウシロウが何かに気付く。



「そういやぽん吉は?」


「ここに到着する前から、街道から外れて周囲の調査に当たっている」


「そんな事も出来るんか……」


「ぽん吉は優秀な忍者狸だからな。ボクが物心ついた時には一緒だったし、今では阿吽の呼吸だぞ?」



歩きながらぽん吉について語るイズミだが、リュウシロウはここで疑問を抱く。



「ちょっと待て。たぬきって、寿命十年くらいだろ。何で生まれた時から一緒でまだ子だぬきなんだよ。てか、お前いくつだよ」


「む。女に齢を聞くとは……なんたる無礼。まあいい。ボクは今年で十六だ。お前は?」


「じゅ、十八……」


「年上……のようには見えないがな……なんか軽そうだし」


「そこは思ってても言うんじゃねえよ!! ……その佇まいで十六……ねぇ……じゃなくて!」



ひょんな事でイズミの年齢を知ったリュウシロウ。予想と違った様子。



「だ、だからおかしいだろぽん吉のヤツ。最低でも十六年生きてるってことだぜ? でも見た目は子だぬき……訳分かんねえよ」


「ぽん吉は立派な忍者狸だからな。なんか……こう、忍術的なアレだ。うん」


「忍術的などれだよ!?」


「細かいことは気にするな。リュウシロウは少しめんどく……あ、ぽん吉戻ったか」



都合良く、調査中であったぽん吉が戻ってきたようだ。

しかし、『めんどく』まで聞いたリュウシロウは、心の中で『細かくもねえし、めんどくさくもねえよ!』と文句たらたらなのであった。




※※※




「……そうか。特に異常は無かったか」


「ぽん」



調査の結果は『異常なし』。

小動物の機動性を生かし、調査はかなり広範囲にまで及んだようだが特に何も見当たらなかったようだ。



「ますますおかしいぜ。こんなだだっ広い見通しのいい場所、それにたぬきの調査付きで大型の変化が見つからないなんてよ」


「そうだな。一度戻って……」



イズミが一旦町へ戻ることを提案しかけたその時だった。



「貴様だな」



それは突然現れた。

フード付きの黒ずくめという出で立ち、それ越しでも分かる体格の良さに180cmはあろう高身長。中でも最も印象的なのは、小面こおもての能面をしていることだ。



「!!!!!」



全員、いきなり目前に現れた何者かに対して反応が出来ない。

しかし刹那の後、イズミとぽん吉が臨戦態勢に入る。



「何者だ!!」


「フーーーーーーー!!!!」


「認識し、反応するまでが遅すぎるな。私を相手取る程度なら問題ないが……」


「話を聞いていたか? 何者かと聞いている!!」



小面が現れてまだ十数秒。

しかし既にイズミの着る漆色の上衣は、汗により色濃くなってしまっている。それほどの緊張感。



「ぽん吉!! リュウシロウを連れて逃げろ!!」


「ぽ、ぽん……!!」


「戦う? 馬鹿言うな! お前でどうにかなる相手じゃない!!」


「ぽん!! ぽんぽん!!」


「駄目だと言っている!! 言うことを聞いてくれ!!」



彼女はある程度、相手の実力を推し量った様子。その上でぽん吉とリュウシロウを逃がす算段をするが、ぽん吉が言うことを聞いてくれない。



(どうしたぽん吉? 何故言うことを聞いてくれないんだ……)


「フーーーー!! フーーーーー!!」



明らかに異常な反応を示すぽん吉。どうやらこれまで見た事のない反応のようで、イズミは困惑してしまう。

小面は低くしゃがれた高齢者のような声で彼女に向かい、その面に隠された見えない口を開く。



「ククク……そんなにいきり立つことはない。何分、私は最も弱いものでな……」


「……? 何を言っている??」



意味の分かりかねる発言をするが、早々にリュウシロウたちをその場から離したいイズミはその言葉を反芻する暇がない。



「くそ……ぽん吉……早く……」


「ああ、そうか。自分だけにならねば力が発揮出来ないのだな?」


(まずい……!!! 二人が!!!)



イズミは、小面の言葉の真意を『自分以外を始末する』と解釈したようだが……



「ふむ……好きにしろ。そのたぬきと男に興味はない」


「……何?」



返答は『見逃してもいい』。彼女はチャンスとばかりにぽん吉へ目配せをする。



(ぽん吉……お願いだ。リュウシロウを連れて、今すぐここから逃げてくれ!)


(ぽん! ぽん!)


(頼む……!!)


(……)



言葉を使わず意思疎通をする。長い付き合いの二人だから出来ることだろう。

ぽん吉は渋々ながらも納得し、リュウシロウの下へ向かう。



「……」



これまで一言も発していないリュウシロウ。ただ口を半開きにして棒立ち状態となっている。今の状況が整理出来ていないのだろう。



「ぽん!!!!」


「え? ……ぐええ!?!?!?」



そこへぽん吉がやってきて我に返るものの、襟首を噛まれそのまま力任せに投げられる。

それを二、三度繰り返される。リュウシロウは酸欠となっているものの、ある程度距離は稼いだようだ。



(よし。そのまま町まで逃げてくれ……後はボクが何とかする!)



イズミは小面に視線を置きつつ、音でその様子を把握しとりあえずは安堵。



「厄介払いは済んだか?」


「……」



イズミは答えない。今のこの僅かな時間で、出来るだけ相手の情報を入れようと観察をする。

それを察してか否か、小面は静かな佇まいのまま口を開く。



「少し話をしようか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る