第6話 VS大岩変化
危機を察し慌ただしく逃げる動物達には特に興味を示さず、ただのしのしと下流に向かって歩く異形の存在。
全身は大小さまざまな石、岩で覆い尽くされ、頭部はなく身体から極太の手と、体幹に見合わない短く小さな足で不器用に歩く……
大岩変化。
多くの者は一目見れば逃げ出してしまいそうだが、そんな例に当てはまらずのほほんと間近で観察する者がここに居る。
「あれ? 十五尺くらいって言ってなかったけ? 二十尺は超えてるぞ?」
イズミである。ぽん吉も彼女の肩に乗り、特に緊張感なく大岩変化を見つめる。
「うわーーー!! 何やってんだーーーーー!!! はぁ! はぁ!」
そこへ、ようやく追い付いたリュウシロウが、大岩変化の存在を無視して怒鳴り散らす。
「あああ、しまった! 気付かれるぅぅぅ〜……てか、でけえ! 情報と違うじゃねぇか!」
「何だ、遅かったな」
半泣き、半漏れ、油汗のリュウシロウ。身体中から体液が出ている模様。
「遅かったじゃねえよ! は、早く逃げ……」
「さ、戦るか」
「ちょ、ま……何で真正面から戦うんだよ! 崖上から岩落とすとか、火薬使うとかあるだろ!?」
「岩? 火薬? 何のための忍術だ。そもそも真正面以外で戦うなど、ボクの忍道が許さない」
「んなーーー!?」
リュウシロウの意見を軽くあしらうイズミ。彼女の瞳に映るのは、その目線の先にある獲物だけなのだ。
少しばかり笑みをこぼしつつ、半身となり両足のスタンスを広げ、軽く膝を曲げて背筋を伸ばす。同時に、左手は前方に貫手の形で手のひらを掲げ、右手は拳を握り腰の位置へ……構える。
つまり、やる気満々。
「ーーーーーー!!」
まもなく大岩変化がイズミ達に気付く。
すると歩くのも不便そうな足を器用に動かし、彼女達に向かって姿勢を変える。
「うわ! 気付かれたぞ!」
「下がってろ。ぽん吉、リュウシロウを守ってやってくれ」
「ぽーん!」
と言いつつ、気を放ちながら前に出るイズミ。相対的にリュウシロウは後ろに位置する。
「ーーーーーー!!」
近付くイズミに狙いを定めたのか体を左真横に捻り、左腕も真横水平に振りかぶる大岩変化。
「さあ、力比べと行こうか」
客観的に見れば危機でしかない状況であるが、やはりイズミは涼しげな表情をしている。
「ーーー!!!!!」
まもなく、遠心力を効かせた大岩変化の、広範囲とも言える薙ぎ払いが放たれた!
ブゥゥゥォォーー!!
「……」
すると、イズミは静止して大岩変化の攻撃を待つ。
「わ、馬鹿! 何で止まるんだよ! そのまま突っ込めば……」
明らかに大岩変化の攻撃線上であるにも関わらず、動きを静止した彼女の意図が分からないリュウシロウ。
そして、攻撃の着弾する刹那ーーー!
ガシィィッ!!
なんと、大岩変化のパワフル感溢れる攻撃を、右手であっさりとキャッチ。
「何だ。里に居たヤツより大きいのに力が弱いな。都会住みは貧弱で困る」
「わぁ♪ この大岩変化、都会っ子だから助かった〜……ってバカ!! てか、ここも十分田舎だよ!! ってか、最早そういう問題じゃねえよ!!」
まだ余裕のイズミ。リュウシロウはそろそろ立ち位置が決まりそうだ。
「こんなヤツの一撃すら余裕か……とんでもねえな。そりゃアカマツじゃ勝負にならんぜ……」
「む? 来るぞ!」
勝てそうな雰囲気から一変、ピンチを臭わせるイズミの一言。
何故なら大岩変化、両腕を大きく振りかぶり、何かを放つ素振り……つまり、
「
「ぽーーーん!!」
ドドドドドドド!!
大岩変化に密着していた大小さまざまな石、岩が無数に放たれる。
ぽん吉はイズミの指示通り、リュウシロウの少し前でスタンバイ。彼女にあっては、両腕両足を大きく広げ受け切る姿勢を取る。
「な!? 無茶すんな!! 死んじま……うわ、来た!!」
イズミに対してだけでなく、すり抜けた礫がリュウシロウをも襲う……がしかし、ぽん吉がそれを許さない!
「ぽぉーーーん!!」
訳:獣忍術!!
ー回転・
ドガッミシッバキッメキッ!!
ぽん吉は身体を丸め、まるでボールのように弾みつつ、イズミから漏れた石や岩を撃ち落としていく。
「……え?」
目を白黒させたり、顔色が赤くなったり青くなったり、アゴがしゃくれたりと忙しいリュウシロウ。
「おま、おま……お前もかーーー!! ……あ、じゃなくてイズミは!? イズミは大丈夫か!!」
同士という認識が多少でもあったのか、守られた筈なのにぽん吉の力を見ていささか落胆する彼。
なお肝心のイズミは……
「よくやったぽん吉」
「ぽん♪ ぽん♪」
「……えっと、何事も無かったかのように振る舞うのやめてくれませんかねえ……」
大小ある礫を近距離で喰らっても、特にダメージのなさそうなイズミ。ぽん吉は褒められて嬉しそうだ。
リュウシロウは数多の疑問にまみれている所為か、若干疲れ気味だ。
「当たり前だ。こんな礫、ボクが修行中で受けた代物に比べれば
「山奥の修行物騒過ぎんだろ!! 俺なら即座にちょっと寝床が大きめの蜂の巣になるわ!!」
彼にとって、今目前で起きている出来事はよほど予想外、常識外なのだろう。
そんなリュウシロウはさておき、イズミは特に構えもせず普通に大岩変化に近付く。
「ただ……大降りの一撃を止められ、すぐに最大の攻撃へ移ったのは良い判断だった。評価する」
「……」
イズミの言葉のとおり岩礫が最大の攻撃だったのか、大岩変化はその場から動かずゆっくりと両腕を補修している。この妖怪にとって本来、今の攻撃の『その後』は無いのだろう。
若しくは隙だらけの現在、攻撃を受けたところで頑強な岩で守られるという算段もあるのかもしれない。いずれにせよ、言葉のない妖怪の真意に気付くのは難しい。
「まだ出会って間もないが、終わらせてもらう。……はぁぁあ!!!」
イズミから気が練り上げられる。蒸気のようなものが、彼女の身体を這うように上昇していく。特に引き手となる右手は、白く燃えているかのように激しい様相を示している。
ー強空拳・鉄心!!ー
そして、引いた右を突き出す。美しい正拳突き。
ボゴォォッッ!!!!!
大岩変化の体幹に大きな風穴。動作が完全に止まる。
イズミはそのまま踵を返し、リュウシロウの下へ戻っていく。
数秒ほど経過した後、体を構成する石や岩がガラガラと音を立てて崩れ、最後は石の小山となり物言わぬ普通の石へと戻ったようだ。
「お、終わったのか?」
「ああ。これで初仕事は完了だな」
「ぽーーん♪」
イズミに確認しつつ、おそるおそる石の小山の様子を見るリュウシロウ。
ぽん吉は二足歩行となり、人間のように小躍りをしながら喜ぶ。
大岩変化が完全に沈黙したのを確認した後、リュウシロウはイズミを目視しながら思案する。
(驚いた……こいつぁ本物だ。これなら一気に目標まで駆け抜けられるかもしれねえな。いやー、長い付き合いになればいいんだが……俺の手腕も問われるぜ)
「どうした?」
「あ~……なんつーか、向かうところ敵無しって感じだな」
思案していた所為か少し言葉に詰まるが、淀みなく発言するリュウシロウ。率直な感想なのだろう。
それを聞いたイズミは無い胸を張る。
「はははは! 我が力忍術の実力、思い知ったようだな! さあ、どんどん仕事をよこせ。億万長者も目前だ!」
「ぽん!!」
「わ、分かってるって! うるさいな!」
すぐさま調子に乗るイズミ。心配性のぽん吉は、彼女の肩に乗り戒めようとする。
(力忍術ねぇ……まぁこの実力なら、どんだけ調子に乗ってもオールオッケーなんだけどよ……)
リュウシロウは、またしても考え事をしている様子。
(世間じゃ誰でも使える凡術扱い……なんて知ったら、コイツの性格上怒るだろうなぁ……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます