五、文芸部だけの朝
朝日が照らし、寒さも復帰し始めた頃。
空気までが白くなり、かじかむ手を懸命に擦り合わせる。
「……」
理科室には血溜まりだけが広がっており、京介の姿は一切存在しなかった。
「これで良かったはずだ……」
小さく、誰にも届かぬ声で呟き、寒色を堪能しようと外を見やる。そこには、鳥の囀りしか聞こえない、閑静な真冬の外が広がっていた。
「ゾンビが来ないと話にならねーな」
そして、奏多は颯爽と理科室から姿を消した。
**********
「どう?水ちゃんの様子は?」
「まだ眠っていますね。余程昨日で疲れてしまったのでしょう。これも、まだ生きている証のようなものです」
「そうだね。未だに外のゾンビは眠る気配も無ければ、活動停止することもない」
「それは柚月が不完全だ、ということでしょうね」
柚月がゾンビ化しなかったのは、不完全な状態で止まっているからだと考えられる。そのため、必ず救えるはずなのだ。
今も尚、唸り声を上げて徘徊するゾンビは手遅れなのだろう。
条件の仮説について話し合った昨日ではあるが、結局のところ分からず終いだった。
一つ目の仮説は、ゾンビに触れられた者という仮説。
しかし、奏多は一度ゾンビに触れられていることからその仮説は却下。
二つ目の仮説は、ゾンビの血を体内に侵食された者という仮説。
これが一番仮説的には優位だろう。
「二つ目の仮説ですが、柚月の血ならば問題無いということではないでしょうか。不完全な状態だったために、普通のゾンビより感染力が少なかったとか」
「まぁ、それが一番可能性としてありね。昨日は疲れてて頭が回らなかったけど、否定された仮説でも今なら説明がつく」
「でも、不可解な点が一つあります」
「なによそれ?私的にはこれで完璧に答えに行き着いたと思ったんだけど」
「……奏多はそれに気付かなかったのでしょうか」
不明瞭過ぎる点。
二人の疑問は奏多へと移り変わる。
「どういう意味?」
「いえ、そんなに深い意味はありません。柚月を案じているのであれば、ゾンビになったと信じないはずです。それなのに、奏多はゾンビになったと言外に主張し、反論した」
「確かに分からないわね。ゾンビになってないと信じるのが普通なのに、奏多は柚月の血が体内に侵入したけど何も変わらないって言ってた」
「不可解な点ですが、やめましょう。仲間内で揉め事や口論を起こすのは死を招きかねません。そろそろ二人とも起きてくるでしょう。その時に聞きます」
「そうね。私は勿論奏多を信用してるけどね」
「私もです」
奏多の信用を言葉で表す二人。
表面上では明るいが、裏では何を思い企んでいるのか分からない顔。
「そろそろ朝ご飯にしましょう。といっても、缶詰くらいしかありませんが」
「私気になってたんだけど、食料ってどうやって手に入れたの?」
「今はもう使えませんが、購買の方に行けば、缶詰くらいは残っていました。まぁ、非常食全般は頑丈ですからね」
購買は第一校舎(今いる校舎)を出て、反対側の第二校舎の玄関付近にある。
冬になると一旦外に出てから購買に行かないといけないから、寒い中では地獄である。
「よーし、では、作戦を開始しようか」
放送室の背もたれの無い椅子にがっと座り、大仰な態度で詩羽が宣言した。
一応は詩羽の方が後輩に当たるのだが、本人たっての希望で敬語はないという結論で治った。しかし、本人が敬語なのは他人が知る由もない。
凪も椅子に謙虚に座り、机に向かって何かを書き始める。
予め用意しておいた模造紙につらつらと言葉を並べている。時には図も描き、二人は朝食を食べながら進めていく。
「遅いですね二人。まだ寝ているのでしょうか」
「そうね。なんなら私が起こしに行ってあげましょうか?」
「そうしてください。くれぐれもゾンビには出くわさないように。多分、校舎には既に居座るゾンビなどいないでしょうけど」
それは突然に起きる事象。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーーーー‼︎
扉を叩く音が連打して聞こえる。
唸り声が強い怨念を抱いているように感じる。
強く強く叩き続け、扉にヒビが入る瞬間、
「作戦成功じゃねーのかお二人さん」
詩羽と凪は目を見開いてベランダ付近を見やると、そこにはいやらしい笑みを浮かべた奏多が立っていた。
続いて聞こえる扉を殴る音は止まず、どういうことか問おうとした。
しかし、破られーーーー
「まさか、姉御と部長がそんなことを企んでいたなんて思っても見なかったっすよ」
鋭い眼光を光らせ、トンカチを両手に携えた死んだはずの京介が立っていた。
後ろには未だ唸り声を上げ続けるラジオテープが回っている。
「ふぃぃ……叩くの大変だったっすよ」
「ご苦労さんだ。さて、お前たち。これがどういうことかわかるか?」
二人は動揺を隠さずにいる。
狼狽する思考を一心に受け止め、凪が今初めて声を発する。
「なんのつもりでしょうか。私は別に悪いことなどしてないのですけど」
「そうよ?私たちはあなたたちの為に作戦を考えている途中なの!」
奏多は指を指し、笑みをより一層深め、
「ダウトだよ、それ」
柚月を見て、そう言った。
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