第2話

「ふっ…ふざけないでッ!」


ラルクは想像していたとばかりにため息をつき、反対に、アレイダは動揺した様子で俺に向けて怒鳴った。


俺自身、自分のやろうとしていることが身勝手だというのは理解している。でも、ここで残ったら俺でもラルクでもアレイダでも、きっと…誰でも死ぬ。逆に、三人残ったところで勝てる保証は一切無い。


悲しい事に、俺の能力にはもうほぼ将来性はないが、二人はそれがある。カッコつけたことになるけど、俺は未来ある者に未来を託したい。そんな大層な事じゃないかもしれない。でも俺と違ってまだまだ二人は成長して、大成できると思うんだ。

もしできたならその中に俺もいたかったけど、こればっかりはどうしようもない。


再三言うが、俺には力がない。ならせめて、彼らが次の一歩を踏めるような道を少しでも、整えてあげられたらと思う。そのために、二人には必ず無事に逃げてもらわなければいけない。


「ふざけてなんかない。ドラゴンなんて俺達の敵う相手じゃないし、一人でも多く生き残って異常を知らせなければ、また他の人が傷ついてしまうかもしれない。それだけは、絶対に阻止しなければいけないんだ。わかってくれ、アレイダ」

「そんな事言ったって…!でも、じゃあ、アスターは…?アスターはどうするのよ!?」

「俺は自力で逃げるよ。帰還石は2つしかないしな。なに、心配はいらないよ。俺も今まで何もしなかったわけじゃないし、逃げ足には自信があるんだ」

「でも!」

「アレイダ。頼む」

「………約束。絶対生きて帰ってくる事」

「あぁ」


アレイダはやっとわかってくれたのか、泣きそうな顔で帰還石を受け取ってくれた。ラルクはむすっとしていたが、「帰ったら飯奢れよ」と一つ言って帰還石を受け取った。


「ありがとう。じゃあ、またな」

「ズタボロになったとしても絶対に帰ってきなさいよね!」

「わかってるよ、俺を誰だと思ってるんだ?」

「知ってるぜ。カッコつけたがり野郎だろ?……まあ、なんだ。アスター、武運を祈ってる」

「ハハッ、言ってくれるじゃあないか。なぁに、あんなドラゴン崩れみたいなヘナチョコ、倒してしまっても構わんのだろう?」

「言ってろ」


ラルクはそう言って、少し笑った後に帰還石を使って転移した。俺もラルクと少し軽口を叩いたからか、さっきまで張り詰めていたものが少し緩んだ気がする。


隣で二人が帰還石を用いて転移するのを確認した後すぐに、けたたましい絶叫が聞こえてきた。


「qyurrrrrrrrr!!!!!」

「うっせえよ、トカゲ野郎」


ドラゴンは、ただ走るだけだった時間にイライラしているのか、心なしか足音が大きくなっているように聞こえる……距離が近くなってるだけか。


さて、と。俺はどこまで逃げられるだろうか?運が良ければ階層出口まで辿り着けるかもしれないな。まぁ、十中八九無理だろうが、やれるとこまでやってやろう。

まず今まで二人と自分にかけていた補助魔法だが、もう二人はいないので、その分の余った魔力をドラゴンの妨害に使うことにする。例えば―――


「こんな風にッ!」

「qyurrrrr!?」


ドラゴンの驚いたような声が聞こえる。それもそのはず、【黒魔法:ブラインド】をドラゴンの体に覆わせ、方向をわかりづらくさせたのだ。本来ブラインドは、視界を塞ぐために使う魔法だが、あいつに目は無いとラルクが言っていた。ということはドラゴンは目以外ので俺達を感知していたということで、その方法が皮膚なのか耳なのかはたまた別の何かなのかは結局わからず仕舞いだった。


だがそこでふと思ったのは、ブラインドを体全体を覆わせる事によって効果こそ薄くなるものの、ドラゴンの『視界』を妨害できるかもしれないのではないか?ということ。結果的に効果はあったようで、少し振り返って見たところ足元が覚束なくなっている。ような気がした。


それでも俺より速いことは確かだが、脇道に逸れたりすれば多少の撹乱にはなるはずだ。





アスターにもらった帰還石でダンジョンの入口まで帰ってきた俺達は、急いで街へと帰った。もしドラゴンを倒せる程の上位の冒険者が見つからなかったり、見つけたとしても間に合わなければアスターが死ぬ。考えるだけで気が狂いそうだ。


俺は、俺達にとってアスターという存在がどれほど大きかったかを今日改めて実感した。アレイダなんかも帰還石を渡される時から取り乱しまくりで、今も顔が真っ青になりながら走っている。




アスターは俺達の柱だった。昔から何をするんでもそこにはアスターがいた。まだ小さい頃に、森の中で遊んでいたら魔物に襲われた事があったのだが、その時も冷静に村で狩りに使っていた罠を利用して魔物を倒していた。今回のようなドラゴンとは強さのけたが違う弱さの魔物だったが、それでも当時の俺が憧れを抱くのには十分過ぎるくらいだった。


それからというもの、俺は体を鍛えて鍛えて鍛えまくった。厳しい剣の訓練も怠らず、やがて村一番の剣士と言われるほどには強くなった。


―――強くなったつもりでいた。


アスター達と村を出て、今まで冒険者をやってきて失敗をしたことがなかった俺は、今回のズー討伐で更に浮かれていた。『自分は強い』と、驕っていた。


だが今の自分を見てみろ。昔と同じようにアスターに助けられ手も足も出ないどころか、口先だけで出そうともしなかった。悔しかった。強くなったつもりでいた俺は、その実弱い自分を隠すために強がっているだけのただの道化だったのだ。


「もうすぐ街だ…!急ぐぞ!」

「えぇ!でも…そんなに都合よく上位の冒険者がいるかしら?」

「賭けるしか、ないだろ」

「……それもそうね。もしいなかったら―――」

「俺達が弱気になってどうするんだ。意地でも見つけだして、頭下げて…こんなところでアイツを死なせるわけにはいかねえよ」


珍しく弱気なアレイダを叱咤しつつも、俺達は街にたどり着いた。



冒険者協会ギルド



ギルドは、いつも通りの喧騒と酒の臭いで包まれていた。勢いよくギルドの扉を開けた俺達はこちらを見る好奇の目を無視し、受付に逃げてきた経緯を伝える。


「ドラゴンが出たんですか!?本当に?」

「本当です!仲間が状況を伝えさせるために囮になっているんです。どうか上位の冒険者に取り次いでもらえないでしょうか!?一刻を争うんです!」


受付員はドラゴンの話に怪訝そうな顔をしていたが、アレイダの必死の懇願を見て何かを察したのか、真剣な表情で頷いていた。


「現在このギルドにいる上位の冒険者は三組ですが…今はどのチームも遠征に出ています」

「そんな…」

「他のギルドからの冒険者もいないのか?」

「残念ながら…中位の冒険者でしたらいらっしゃるのですが、ドラゴンは上位レベルの魔物。中位の冒険者がいくら束になっても勝てないでしょう」

「じゃあ、どうすればいいんですか!?このままだと……仲間が…アスターが死んじゃいます!」

「我々も大変心苦しいですが…申し訳ありません…」


本当にタイミングの悪い事だ。意地でも見つけだしてお願いする。なんて言ったが、この街にいるという前提条件から崩れてしまった。

この後どうしようかと無い頭を必死に巡らせて考えていると、ぽつりとアレイダが呟いた。


「誰もいないなら、私たちが行くしか…」

「おい、アレイダ?何考えて――」

「だってそうでしょう?誰もいないんだったら、私たちが助けに行くしかないじゃない!」

「落ち着け!さっきの話聞いてなかったのか!?ドラゴンは中位の冒険者が束になっても勝てねえんだぞ!?」

「私たちなら勝てるわ!ズーにだって勝てたでしょう!?」

「ズーは強かったけどドラゴンはレベルがまるで違う!それに、どうしてアスターが逃がしてくれたのになんでまた戻るんだよ!?もしそれで俺達まで死んだら、アイツの覚悟が無駄になるじゃねえか!!」

「そんなのやってみないとわからないじゃない!!それとも何?アンタ、怖いの?」

「違ぇ!!!」

「じゃあなんで……!」


まずい、俺までヒートアップしてきちまった。なんとかアレイダを落ち着かせなきゃ、きっとコイツは一人だろうがアスターを助けに…いや、死にに行くだろう。アスターが命張って助けてくれたんだから、むざむざ死にに行くようなマネなんてさせたくない。それに、二人も仲間が死なせてしまったら俺は、どうすればいいのかわからなくなる……


―――そんなときだった。


ギルドの扉が開き、四人の冒険者らしき人物達が入ってきた。何故『らしき』かというと冒険者にしては装備がきらびやかで騎士のような出で立ちだった。というのが一つ。もう一つは、その姿が最近国が召喚した『勇者』に酷似していたからだ。


「勇…者……?」


思わず漏らしてしまった声は、どうやら相手に届いたようで、卑屈そうな顔をした男が先頭に立っている整った顔の男に何かを呟く。何を聞いたのかは知らないが、その男は一瞬驚いたような顔をしてから、きゅっと表情を引き締め、ずんずんとこちらに歩み寄ってきて一言。


「どうも、勇者です。何か、お困りですか?」

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神々との契約者 黒豆もやし @azukimotimotikuromamemoyasi

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