〈04〉怪物を倒す方法

ムストウの手が青く光る。


最初のうち、教授の体に変化はなかった。


――しかし徐々に、その歩みが遅くなっていく。


何かが足に引っかかっているような……いや、少しずつ、冷やされているような……


やがて、教授の体の表面に氷ができ始め――


教授の足が凍りつき、地面に張り付いてしまった。


教授はバランスを崩し、前かがみになる。


「――教授!」


私はつい、声に出してしまった。


そして教授は――


手を地面について、かがんだ姿勢のまま、完全に凍りついてしまった――


――そんな……


教授の体は、どこから見ても完全に凍り付いている。


まるで銅像のようだ。


「ジョブさんですね」


ムストウが急に話しかけてきた。


ムストウが、教授の数メートル前に立ち、私の方を――いや、ドローンの方をまっすぐ見ている。


「じっくり、ご覧ください」


ムストウは笑顔で、テレビ番組のレポーターのように話す。


「マイナス百八十度近くまで、体の内部まで確実に冷やしました。ウィルのような怪物を倒す方法としては、やはり凍らせるのが一番ですよ。……では最後の仕上げとして、粉々に砕いておきたいと思います」


ムストウが教授に近づく。


そしてUDをはめた左手を開き、教授に近づける。




しかしその手が、ふと、止まった。


かなり長い、があった。


「そんな……」


と、ムストウの口から、かすかな声が漏れた。


その表情には、驚きと、恐怖が現れている。


教授の右手が、かすかに振動し、地面から外れた。


そして、その手がゆっくりと持ち上がる。


「バカな……!」


教授が、氷の破片をまき散らしながら、ゆっくり立ち上がる。


教授のサングラスが粉々に砕ける。その顔は凍ったままだが、その目は生きていて、はっきりとムストウを見つめている。


「……う……あ……」


ムストウが恐怖を抑えきれず、怯えた声を出す。


教授は、ムストウの左手を掴んだ。


急激に冷やされたムストウの手のUDにヒビが入り、砕ける。


そして徐々に、教授の体の氷が解けていく。――教授を凍らせたアプリが停止したのだ。


教授は、その手を握ったまま、ただじっとムストウを見つめている。


ムストウの背中から、黒い球体が出てきた。――あれは……


――おそらく、この黒い球体の中に、ムストウの性格と記憶、姿かたちを再現するアプリが入っているのだろう。


まさか、教授の体内に撃ち込まれたバレットが、作用してるってこと?


どうやって――?


怒りの表情を見せていたムストウは、急に笑顔になり、最後にこう言った。


「また会いましょう。ウィルマ・グウィルト」




ムストウの黒いデバイスは、粉々に砕け散った。




次の瞬間、ムストウの外見が、スチュアートの姿に戻った。


スチュアートは、アプリの効果が切れた反動か、目を閉じて、意識を失った。


スチュアートが倒れそうになった瞬間、教授がそれを支えた。


そして抱きしめる。


何も言わない教授。


――スチュアートが、ゆっくり目を開ける。


「……ウィル教授……ムストウ先生は……?」


「とっくに死んだ。……奴の代わりをするのは、もうやめなさい。……君も、つらかったろう」


スチュアートはしばらく放心状態だったが、やがて、その目から涙が落ちた。




『よし! 成功だな』


と、シャルからの通信。


『あっちのことは、ウィルに任せとけば大丈夫――こっちもやることがあるから、手伝って』


『あの! あれは、本当にウィル教授なんですか? また、ロボットと入れ替えたとか?』


『本人だよ。人間わざじゃないことを、いろいろやってくれたけど、それがウィルだ。まあ、詳しい説明は後でね』


教授の映像が切れた。


目の前は元どおり、ムストウの部屋。


「ムストウは、一旦は消えたけど、必ずどこか別の場所に移動・・したはずだ」


と、シャルが声に出して説明する。


「それを消さなきゃ、また次のムストウが現れるぞ――多分、こっちの世界に来てるはずだ」


シャルが立ち上がる。


それを見てムストウの助手が驚き、「す……座って! 動くな!」と、大きな声を出す。


シャルは全く動じず、すたすたと、助手に近づいていく。


「ごめんね。君じゃ私を操るのは難しいかも。相手が悪かったね――」


と、シャルが手をかざすと、助手のポケットからUDが飛び出して、シャルの手の中へ。


シャルはそれをメガネ型に変形させて、自分の顔にかけた。


「ムストウはどこに行ったかな? 教えてくれる?」


「……」


 助手はしばらく固まっていたが、ゆっくり口を開く。


「……湖……」


「――湖? どこの? ……ああ! そうか! ――よし! ジョブ君、行こう!」

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