〈03〉巨大な球体

飛行場には、教授の小型ジェットがあった。


教授はバイクを降りて、タラップを上っていく。


ジェット機の近くには、シャルの助手のオギワラ君もいた。


「お疲れ様です、ジョブさん」


オギワラ君が手を差し出しながら、話しかけてくる。――握手。


「これからキャンディスさんの家へ向かいます。詳しくは機内で話しましょう」


そしてオギワラ君は、リンジーをちらっと見て「……そちらは?」と言った。


「お願いします! 私も連れて行ってください! 教授!」


リンジーが、教授の背中に向かって叫んだ。


教授が振り返る。


そして少しの間、リンジーをじっと見て――「来なさい」と言った。


「っしゃあああ! ありがとうございます!」


リンジーは、勝利のポーズをしながら、目を輝かせて叫んだ。




飛行機が飛び立つと、オギワラ君の説明が始まった。


キャビンにいるのは私とリンジー、オギワラ君の三人だけで、教授は例によってコクピットにいる。


「現在、新ネット全体が、イクトゥスによって乗っ取られつつあります」


オギワラ君の説明によると、状況は次のとおりだ。


イクトゥスに関する捜査を続けていたシャルが突然、行方不明になった。


その後、ゲヒノム刑務所からイクトゥスの元メンバーの一部が脱走。


それから間もなく、正体不明のアプリがネット全体を侵食し始め、多くの場所で新ネットが一切使用できない状態になった。ネットが使えないエリアは今も拡大を続けており、試算ではあと三日ほどで、完全に新ネットを征服されてしまうという。


UNARPAユナルパの専門家たちによる分析によって、これらの事件がムストウと、その組織イクトゥスの犯行によるものであると特定。ムストウの計画を阻止するためのミッションが始動した。


「サンディ島の事件が起こる直前にも、同じことが起きたんです。――ムストウは間違いなく、あの事件をもう一度、起こそうとしています」


オギワラ君は淡々と説明する。


「シャルさんはどうなったんですか? 見つかりそうなんですか」


「あの人は大丈夫でしょう。――イクトゥスによって拘束されているかもしれませんが、その状況さえ、逆に利用しちゃうような人です。多分、何か考えがあるんだと思います」


オギワラ君は少しニヤッとしながら言った。


そしてUDを起動して、ある画像を見せてくれた。


「これが、ネットを侵食しているデバイスの本体です」


その画像には、黒い球体が映っている。画像に表示された数字によると、直径はおよそ百メートルもある大きな球体だ。約二十万メートルの上空を飛行しているとある。


この巨大なデバイスの中にあるアプリが、新ネット全体に作用し、侵食し続けているのだ。


このデバイスを破壊し、ネットの侵略を阻止するために現在、世界中から優秀なエンジニアたちが集められている。


そのミーティング会場として選ばれたのが、教授の旧友であり、AIの世界的な権威であるキャンディス・ハードキャッスル氏の自宅だ。


そこには世界一といわれる超強力なAIがあって、今回の作戦に不可欠とのこと。


そこはネットのセキュリティが世界トップクラスに強力で――そのことも、そこが会場として選ばれた理由だ。


ふとリンジーの方を見ると、天を仰いだ感じのポーズになっている。――そして目をつぶっている。


「どうした?」


「……ああ……手が震えてきた……感動ですよ……夢じゃないよな……」


キャンディスという人に会えることが、よほど嬉しいらしい。


「ほ、他にどんなメンバーが来るんですか?」


というリンジーの質問に、オギワラ君は答えてくれたが、全く知らない名前ばかりだった。


リンジーは、もちろん全員知っていて、名前を聞くたびに、どんどんテンションが上がった。


とにかく現場に行けば、全員リンジーから紹介してもらえそうだ。

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