〈04〉タマリクス

キャンディスの家は、北欧の雪深い国にあった。


空港からは4WDの車に乗り換えて、現場へ向かう。――運転は、もちろん教授。


その道中、真っ白な広い平原を通り、雪をかぶった深い森へ入っていく。


暗い森をしばらく進むと、前方が少し明るくなり、開けた場所に出た。




そこには、小さな家があった。――その周囲には、雪が全く無い。




庭には、たくさんの花が咲いている。


そこはビニールハウスでもないのに温かく、緑があり、完全に春のようだった。


よく手入れが行き届いたナチュラルガーデンという感じだ。


「驚きました?」


とオギワラ君が、例によって仕組みの説明を始めてくれた。


「この地下には、キャンディスさんの巨大なコンピューターがあって、その排熱を、ネットを使って地表に転送してるんですよ。そのせいで、ここはいつも温室状態なんです」


こんな雪深い世界を春に変えてしまうほどの熱を発するコンピューターとは、そうとうな規模であることが想像できる。


でも、コンピューターの放熱のためとはいえ、熱の使い道は他にもあるはずなのに、庭を温めるために使っているということは、よほど花が好きなのだろうか。それとも寒がりなのか。


――いずれにせよ、ここにはまだ、新ネットが生きているということだ。




教授は、空いたスペースに車を停めた。そこには、すでに何台かの車が停めてある。


教授とオギワラ君が車を降り、家の玄関に向かって庭を通過していく。――私とリンジーもそれに続いた。


家の外壁には、赤いレンガや白いしっくいが使用されている。壁の一部は、つる植物の葉やバラなどで覆われていた。


玄関から家の中に入ると、数名の話し声が聞こえ始めた。


リビングキッチンに入ると、そこには十数名ほどが集まって、何かの作業をしていた。


真ん中にあるテーブルにはPCや、何かの資料、食べ物などが置かれていて、作業をしている人が数名いる。その近くには巨大なモニターのようなものが浮かんでいて、数名がそれを見ながら話し合っていた。


「ウィル! 元気か?」


最初に教授に話しかけたのは、『オーソン』という、マッチョで背が高い男性だ。リンジーの紹介によると、この人は、ある国の王子で、天才エンジニアとしても知られる有名人。巨大な飛行船の開発者として知られているそうだ。


リンジーから、そこにいる全員の説明を受けたが、彼女のテンションが高すぎるせいか、説明が早くて覚えられなかった。


もう一人、印象的だったのは、車いすに座った『セオ』という白人男性だ。


彼は「お会いできて光栄です教授」と、腰が低い感じで、自動で動く車いすに乗って登場。


リンジーの説明によると、あの車いすは変形して、SFでいう強化外骨格――いわゆる『ロボットスーツ』にもなる。変形すると自動で使用者の体にフィットして体を覆い、脳からの指令で動かせるロボットスーツになって、歩けない人が歩けるようになるわけだ。


それならずっとロボットスーツにとして使えばいいような気もするが、『車いすモード』にも、それなりのメリットがあるらしい。ロボットスーツ開発の第一人者でもあるセオ自身が開発した製品だそうだ。




ここの家主であるキャンディスは、別室にいた。


そこはサンルームのような部屋で、いろいろな植物であふれていた。


特に印象的なのは、部屋の一番奥にある、大きな樹だ。


温室の中に、一本の巨大な樹が生えている。その周囲には土があり、さまざまな植物が生えていた。


その樹の少し手前にある白い丸テーブルに、小柄な女性が座っている。


コンパクトな麦わら帽子をかぶり、エプロンをしていて、いかにもガーデニングをしそうな格好だが、テーブルの上にはPCのようなものがあって、何かを入力している。


「いらっしゃい」


その女性はそう言って、穏やかな表情でこちらを見た。


「あなたがジョブさんね。私はキャンディス」


そして、すぐに教授の方を見て、手招きした。


「ウィル、ちょっとこれ見てくれる?」


呼ばれた教授は、キャンディスに近づき、二人でPC画面を見ながら何やら打ち合わせを始めた。


リンジーは、その二人の様子をみて、感極まった様子だった。『伝説の二人のツーショット』という感じなのだろうか。


キャンディスの操作しているPCは、キャンディス本人にしか操作できないといわれる超高性能なOS『SITESサイテス』を搭載していると、リンジーが説明してくれた。その本体は地下にあって、遠隔で利用する、いわゆる〝クラウド型〟のコンピューターだ。よく見るとボタンが十個、つまり、ちょうど両手の指の数しかない。


――あれで、どうやって入力するんだろう?


ふと見ると、私の近くにいたはずのリンジーがいなくなっている。周囲を見渡すと、温室の奥の方にいるのが見えた。大きな樹を、もっと近くで見たかったようだ。


私も、その樹に近づいてみた。


「あいた!」とリンジーが叫んだ。何か小さな、固いものが落ちて来たらしい。


「どんぐり? ……あっ、痛たたたた! なんだよ⁉」


どんぐりが何個も、集中的にリンジーの頭に落下。


「うふふふ……ぷくく……」


小さな子供の、笑い声のようなものが聞こえた。


「こら! やめなさいタマ!」と、キャンディス。


樹の枝の方を見上げると、そこに小さな生き物がいることに気づいた。それはしっぽが長くて、小さなリスザルのように見える。


その生き物は、枝と枝の間を素早く移動すると、キャンディスの方にジャンプし、その肩に乗った。


「ごめんね。まだ起動したばかりだから、知能が五歳ぐらいなの」とキャンディス。


よく見るとそれは本物のリスザルではなく、サルのぬいぐるみ・・・・・だった。――つまり、精巧にできたロボットだ。


「やっぱり! これがあの〈タマリクス〉ですか! そうか! これが……はあー……」


リンジーは感動した様子で、そのロボットに近づいていく。


リンジーの解説によると、この樹とロボットの両方が、キャンディスの開発した世界一ともいわれるAI『TAMARIXタマリクス』だ。AIの本体は樹の方で、ロボットは単に音声などを出力するための端末に過ぎない。


事情があって休眠させていたが、今回のミッションに必要で、急きょ起動したとのこと。完全に起動するまでに時間がかかるのが弱点で、本来の知能を発揮するまでには、あと十時間ぐらいかかるそうだ。


「よし、じゃあ全体ミーティングを始めましょう」


キャンディスがそう言って、リンジーの方を見た。


「お嬢さん……ええと、リンジーさん?」


「えはっ……はい!」


リンジーは驚いて、変な声が出たようだ。


「ウィルが、あなたにミーティングの司会進行をしてほしいって。……こういう役は、いつもシャルがしてくれるから、できる人がいなくて……」


「わ、私ですか?」


「あなた……みんなのこと、よく知ってるみたいだから、向いてると思うよ」

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