〈02〉リンジーの狙い

当日の朝、校舎の前でリンジー待っていると、黄色いスポーツカーが走ってきて、目の前に停車。


窓が開いて、リンジーが現れた。ちなみにリンジーは、金髪のストレートロングで、背丈は私より少し高い。


「ジョブさん! 行きましょう!」


リンジーは、ウィル教授と同じブランドのサングラスを外しながら言った。




学校からラボまでの距離は、かなりある。車だと半日かかってしまう距離だ。


そもそも普通のルートでは、たどり着けないようになっている。各地にある〈秘密の入口〉からしか入れないようになっているわけだ。


その入口は、町の中に自然に溶け込んで存在している。学校の近くにある入口も、普通のトンネルにしか見えない。


リンジーは、その場所を知っていて、私が案内しなくても、車をそのトンネルへ向かわせた。


このトンネルは一般の車も通行している。ここを通過する車のうち、あらかじめ登録された車だけが〝特別な出口〟つまり教授のラボへの道に抜けられるという仕組みだ。他の車は別の、普通の出口へ向かう。


「私、このトンネル、何度も通ったんですよ! 教授のラボに行けるなんて! あぁ! 緊張してきたぁ!」


トンネルをしばらく進むと、他の車が消えた。ネットによって、私たちだけが、ラボに通じる道へと転送されたわけだ。他の車から見ると、私たちの車が突然消えることになるが、そこは不自然にならないよう、自動的にカモフラージュされる。


トンネルを抜けると、ラボのあるエリアに出た。


このエリアは、周囲を高い岩山に囲まれていて、車で行くには必ずトンネルを通過する必要がある。それらのトンネルが、各地にある秘密の出入り口につながっているわけだ。


トンネルから伸びる真っすぐな一本道を進むと、ゲートがある。そこで一応、人間による検問を受ける。


「ああ……信じられない……ああ! これ夢じゃないよね?」


ゲートを抜けると、リンジーのテンションはさらに上がった。




リンジーは、ラボのどこに何があるのか、ほとんど把握していて、案内は不要だった。


リンジーが「見てみたい」「入ってみたい」「写真を撮りたい」という施設がたくさんあって、それらを片っ端から周っていく。


ちょうど私も見てみたい施設がいくつかあったので、良い機会だった。


居住エリア、飛行場、大きな研究施設などを、ひととおり見学。


なんだか逆に、私が案内されているような感じだ。




何でそんなに詳しいのか、カフェで休憩しながら聞いてみた。


「ふふふ……マニアをナメたらいかんですよ」


という答え。


「このラボについては、いろいろ調べてますからね」


「……なんか怖いな」


「あ、スパイとかじゃありませんよ?」


リンジーは、ニヤニヤしながらそう言って、ソフトクリームをほおばった。


「……そういえば、なんで見学に参加できなかったの?」


「あ、それ、聞いちゃいます? …………ここだけの話ですよ……」


リンジーはそう言って身をのりだす。


「ちょっとヤバめの情報を入手しましてね。 どうしても今日、ここに来たかったんです」


「え?」


「あくまで私の調査の結果ですが……どうやら新ネットに関連したヤバい事件が起きてて……近々、伝説のエンジニアたちが集結するんじゃないかって、予想してたんですよ」


「事件……?」


「私の予想では、今日、大きな動きがあるはずです」


リンジーは、いかにも秘密の話という感じで、周囲の様子をうかがいながら話している。


「今日ここにいれば、その現場にいられるかもしれない。うまくすれば、伝説のエンジニアの誰かに会えるかもしれないってわけですよ!」


リンジーは終始、楽しそうに、ニヤニヤしている。


確かにシャルも、近いうちに『厄介なこと』が起こるとか言っていた。


でもそれを察知してしまうような調査力を、この学生が持っているとしたら、かなり優秀だ。


そういえば、学校の成績も良かった気がする。


そして計画どおり、この日にラボの中にいるわけだから、かなりのやり手だ。


「……まんまと利用されたってわけか」


「そこは、ほんと感謝してます! 埋め合わせはしますよ!」


リンジーはそう言って、愛想よく笑った。


「……事件って、何なの?」


「詳しくは分かりません。……ただ、かなりヤバいってことは確かです」




それから、お土産(一部のスタッフが勝手に作って売っているウィル研のTシャツなど)を買って、その日の計画は終了。私を自宅に降ろして、リンジーは一人で帰る予定だ。


しかし私を降ろす前。――事件が始まった。


「なんだ?」


異変に気付いたとき、私はそう言った。


空の色が、なぜか一瞬だけ、まるで画像編集ソフトで塗りつぶしたような、デジタル的な赤色になったと思うと、すぐ元に戻ったのだ。一瞬、目がおかしくなったかと思った。


「キタ! 始まった!」


リンジーは車を運転しながら、興奮した感じで言う「新ネット、繋がります?」


私のUDを確認すると、新ネットが〈圏外〉になっている。今まで、このラボ内で圏外になったことは、なかったはずだ。


「やっぱり……新ネットの通信を破壊する計画……本当にあったのか!」


と、リンジーは興奮した調子で、緊張しているような、でも少し楽しんでいるような表情になっている。


「ネットを破壊?」


その時、後ろからスポーツバイクの高いエンジン音が近づいてきた。


サイドミラーを確認する。――教授だ! バイクが追いつき、私のすぐ横に来た。


教授は、右ななめ前方を指さした。その先には飛行場がある。


リンジーはそれを見て、その意図をすぐに理解したらしく、ハンドルをグッと握った。


教授のバイクが、私たちを追い抜いていく。


「了解です! 教授!」と、テンションの高い声を上げ、リンジーは車を加速させた。

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