〈08〉時間操作
さっきから、首の後ろあたりが少し痛い。
体がネットの世界に慣れていないせいだろうか。
私はムストウの案内で、湖のほとりの道を進んでいく。
ムストウの事務所は、その湖の側にあった。
平屋で全体的にコンクリートの外壁だが、一部に木材を使用している。大きな窓がたくさんあり、遠くからでも部屋の中がよく見える構造だ。
玄関の近くに来ると、近くの枝に小鳥がとまった。その鳥が、こちらに向かって飛んでくる――それは徐々に
「お疲れさまです」
その女性は事務的な感じでムストウに話しかけた。スーツ姿で、ムストウの秘書という感じの外見だ。
「お疲れさま。ジョブさんにコーヒーを淹れてください」
「はい」
その女性は玄関のドアを開け、その横に立って、こちらを見た。
そしてムストウが、開いたドアの方に手を差し伸べて、言う。
「どうぞ中へジョブさん。しばらく、あなたをこの家に閉じ込めさせていただきますね。――今、担当のスタッフが、シャルたちとの交渉に入っています。それがうまくいけば、シャルがジョブさんを迎えに来るでしょう。それまで、中でゆっくりお待ちください」
中はコンクリート打ちっぱなしの壁で、間接照明を使った薄暗い雰囲気だが、それが逆に、窓から見える景色の美しさを際立たせている。
ムストウは自分のデスクに座り、私はその前に用意された来客用の椅子に座って、対面する形になった。彼の後ろは全面ガラス張りで、湖が見渡せる。
景色も、音も、匂いも、全て現実としか思えない。
さっきの女性がコーヒーを二つ持ってきて、私の横にある小さなテーブルと、ムストウのデスクに置いた。
鳥に変身する仕組みとかを質問したいけど、なんとなく気が引けた。――ネットの中だから、いわゆるアバターを変えるような感じで可能というわけだろう。
――いや、ネットの中でできることは、現実世界でも可能なのかもしれない。そうなってくると、ネットの世界に入ること自体、意味があるのか疑問に思えてくる。
「ネットの中の世界は、何のためにあるんですか?」
「さすが、いい質問をしてきますねジョブさん。――『ネット上の世界』と一口に言っても、実は、ここ以外にもいろいろあるんですが、私たちのいるこの世界は主に、アプリの実験場として使っています」
ムストウは嬉しそうに説明する。
「実験場?」
「そうです。……時間まで暇ですから、少し、ご案内しましょう――」
ムストウは右手のUDをタッチして、何かの操作をした。
すると突然、窓の外の景色が動いた。
湖が、下に降りていく。……これは、この家が上昇しているということか? それにしては、まったく揺れを感じない。
床が突然、透明になった。下には、森と湖が見える。
――湖の中に、何か黒い影が動いている――巨大な魚のようなシルエットだ。もしかしたら、あれもムストウの仲間の人間が変身した姿なのかもしれない。
ムストウが再びUDを操作すると、景色が急速に動いた。すごい速さで、建物ごと飛行しているような感じだ。
森の木々のてっぺんや、高い山々が、どんどん通り過ぎていく。
遠くの方に、街が見えてきた。
街に近づくと、何となく見覚えのある建物があることに気付いた。
これは―――私の住んでいた街だ――
ある建物の上空で停止。――それは、間違いなく、私が教授の助手になる前に住んでいた、賃貸アパートだった。
「どうです? 現実世界のデータを元に作った街ですよ」
どう見ても本物だ。周囲の街も、全てが現実世界とそっくり同じだった。
しかし現実と違うのは、街に車が一台も走っておらず、人間が一人もいないということ。
「ここは、アプリのテスト用に作った町です。……ここでは、まだ現実世界では動作できない高度なアプリを使用するシミュレーションができます。……じゃあ、試しに、〈時間操作アプリ〉を使ってみますか」
「
「――つまり〝実質の〟タイムトラベルができるアプリですよ」
ムストウが立ち上がり、窓の方を向いた。
ムストウは右手を後ろに伸ばし、窓の外に向かって、ボウリングの球を投げるような動きをした。
――次の瞬間、目の前のアパートが吹き飛んだ!
その奥にある建物も、爆破されるように次々と吹き飛んでいく。
「では、数秒前にタイムトラベルしてみましょう」
ムストウは右手のUDをタッチして、何かのアプリを起動。――――そして、その手を前方に差し出した。
すると徐々に、破壊された建物が元どおりになっていく。――建物が全て元に戻ったとき、ムストウは
「そして、もっと過去にも戻れます」と言って、もう一度UDをタップした。
――目の前の景色から、街の建物が少しずつ減っていく。そして最後には、何もない平地になった。
――
「記録さえしておけば、こうやって過去の状態に戻せます。わざわざ
ムストウはそう言って、再びUDを操作した。――街が元通りになっていく。
「このように、高度なアプリをテストする場所として、ここはとても便利なんですよ」
ムストウは、こちらを振り向いて自慢げに言った。
ここまでオープンに説明してくるということは、特に機密情報ではないのだろう。
――この流れで、できるだけの情報を引き出したいところだ。この際だから、気になることは全部、質問しておこう。
「島を消したことがあるって聞きましたが……本当なんですか? ――何が目的だったんですか?」
ムストウは少し驚いた様子だったが、すぐに笑った。
「なかなか突っ込んできますね、ジョブさん。……あれはですね……
ムストウはそう言って椅子に座り、こちらを見た。
――また、首の後ろがズキッとした。
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