〈07〉ようこそ、ネットの世界へ

石の人形から、今度は地響きのような重低音が聞こえてきた。


よく見ると、石の人形の表面に氷ができている。


巨人が雨に当たって水分を含み、それが急激に冷やされたために、氷ができたということだろう。――氷はどんどん大きくなっている。


石の人形は、氷の人形になった。


そして雨は大雪に変わった。気温の下がり方が激しく、道には雪が積もり始めている。


車が止まった。


運転手のティニが焦っている。


「ちょっと! なんなのこれ!」


車の前方には、三メートルほどの雪の山ができている。――よく見ると、全ての雪がそこだけ・・・・に降り注いでいるようだ――雪山は、どんどん大きくなり続けている。


「あんたたち、手伝いな!」


真っ先にメンちゃんが車を降りて、ムストウがそれに続いた。私も、とにかく降りる。


メンちゃんの高速動作で、かなりのスピードで雪かきが進むと思ったが、高速動作は連続使用できないらしく、三分ずつのインターバルを入れる必要があって、なかなか作業が進まない。


ツリウムが来てくれて、これで一気に作業が進むと思ったが、とにかく降り積もる量が多すぎる。


ガドリニウムが、体に仕込まれた火炎放射器を使って、一気に溶かしてくれているが、とにかく雪の降り方と、気温の下がり方が激しく、思うようには作業が進まない。


「あはは……」


ムストウは、ずっと楽しそうだ。


「このアプリは、要するに熱や気圧を操作できるわけです。……元に戻すのも簡単ですよ」


ムストウは手のひらを雪山の方に向けた。――手のひらのすぐ正面に、青紫色に光る球体が現れた。その光の玉が、大砲のようなスピードで飛んで行く。光が雪山に当たると、それは一気に吹き飛んで、解け始めた。


氷の巨人も解けていき、バラバラになって地面に落ちた。


――雪がやんだ。


雲の間から青空が見え始める。――そこから光の筋が、斜めに差し込んできた。


「時間ですね。――行きましょう。ネットの中へ」


ムストウは私の方を見て、笑顔でそう言った。


――次の瞬間、ムストウの表情が少しこわばったような気がした。ムストウは私の背後の方を見ている。振り向いて見ると、道のむこう、遠くの方に、高い建物が見える。その屋上に光が当たっていて、そこに誰かいるような――




――あれって、もしかして……教授?




そう思った瞬間、その景色の奥行き・・・を感じなくなった。まるで目の前が、二次元の画像になったようだ。そして左右に、ちょうど映画の画面の縁のように、黒いフレームが見えてきて、その景色を切り取った。かなり縦長に切り取られていて、上の端は見上げるほど高い。


周りを見ると、全てが真っ黒だ――切り取られた縦長の景色だけが明るく見える――まるで、真っ暗な部屋にある縦長の大きな窓から外の世界を見ているような感じだ。


真っ黒い世界を背にして、ムストウだけが立っている。


「ようこそ、ネットの世界へ」


ムストウはそう言って、後ろの方を指した。


「こちらへどうぞ」と、ムストウは黒い世界へ歩いていく。――私も歩いてみると、どうやら普通に歩ける。音は全くしないが、硬い床の感触が伝わってくる。


進むにつれて、後ろに見えていた縦長の画面のようなものが遠のいて、小さくなっていく。真っ暗なのに、私とムストウの姿が、はっきりと見える。体のどこにも影が無く、全方向から弱い光が当たっている感じだ。


進行方向の先に、縦長のドアが開くように、景色が現れた。ネットに入ったときと同じような大きさの、細長い景色だ。


――その景色は、さっきとは違って三次元的で、奥行きを感じる。


ムストウは止まることなく、その景色の中に入っていった。




そのドアを出ると、そこは湖だった。


鏡のように静かな湖だ。


湖の周囲には、明るい緑の草が茂った平地があり、さらに外側には暗い緑の森がある。森の向こうには、濃い青に白いまだら模様の巨大な雪山があり、その姿が逆さまになって、湖に写っていた。


それは、とてもネット上の、人工のものとは思えないほどリアルだ。


――いや、本当にネットの中なのか?


「いかがですか? ネットの中は」


どう言えばいいのか悩んでいると、ムストウは続けた。


「私の事務所に、ご案内します」

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