〈09〉さらに進化したネット

「本当は、全て・・を消す予定なんです」


「――全て?」


いつの間にか、この家が、どんどん上昇していることに気付いた。


私の住んでいたアパートが、かなり下の方に小さく見える。


目の前には無人の都市が、ずっと向こうまで続いていた。


やがて家は、雲の上へ。


――さっきまで見ていた景色の上に、無数の雲がちりばめられた。


「私たちが開発しているアプリのほとんどは、あまりにも高度すぎるんです。今〝新ネット〟と呼ばれている通信技術では不足なんですよね。……だから、さらに進化したネット・・・・・・・・・・が必要なんです」


ムストウは目を見開き、薄ら笑いを浮かべながら話す。


「今の新ネットを〈バージョン2.0〉と呼ぶなら、〈バージョン3.0〉を作ること――これが、私たちの目標です」


家は、どんどん上昇を続けている。さっきまで近くに見えていた雲も小さく、細かくなっていた。


「ネットワーク〈バージョン3.0〉の特徴は、現実世界を一旦、全て書き換えてしまうという点にあります。私たちが開発した技術を、導入しやすい世界に書き換える――現実世界を、表面上はそのままで、新ネットが通信しやすい構造に、全てを変換するんです――『世界をテクノロジーに合わせる』んですよ。これまでのように『テクノロジーを世界に合わせる』のではなくね」


ムストウは、ニッと大きく笑った。


「世界を新しくするには、一旦、世界の全て消し去る必要があります。――サンディ島は、その最初のステップでした」


「――じゃあ……次もある……ってことですか?」


ムストウはしばらくニヤニヤした後「――はい」と言った。――当たり前のことを答えるように。


私たちの高度は、もう完全に大気圏を超えていた。巨大な青い半球が、よく見える。


それは、教授と一緒に見た本物の地球と、そっくり同じだった。


「消し去るって……そこにいる人間も……ですか?」


「もちろんですよ。優秀な人間だけを残して、あとは消します」


ムストウは、そんな話をするときも笑顔だ。


完全に夜の部分に入り、暗闇になった。


夜の部分に入ると見えるはずの街の明かりは、一切なかった。部屋のぼんやりとした間接照明だけが、私たちを照らしている。


「ジョブさんも、私たちの仲間になってくれるなら、残したいと思ってますよ」


「仲間……? ――イクトゥスに入れってことですか?」


「ジョブさんなら、私たちは大歓迎です。もちろん、今すぐ仲間になれとは言いませんが…………賢い選択だとは思いますよ? 古い世界と一緒に消えてしまうよりは、よっぽどね」


――ムストウは、自分の計画が失敗する可能性など、少しも考えていないようだ。


「ウィル教授が、あなたの計画を阻止するかもしれないですよ」


私がそう言うと、常に自信にあふれた表情だったムストウの顏に、ほんの一瞬、恐れ・・のようなものが見えた気がした。でもすぐに表情を戻し、こう言った。


「ええ……分かっていますよ、あの人の凄さは。……だからこそ、私にとって、最もジャマな存在でもある。私にとって、あの人は、消したい人間の第一候補なんですよ。……ですから、特にあの人に対しては今回、万全の準備をしてあります。…………今回ばかりは、あの人にも勝ち目はありませんよ」


ムストウは自信に満ちた声で、そう言った。――シャルのことは下に見ているというムストウが、もし教授のことも見下していたなら、こちらとしても言い返しようがあったと思う。――でも『万全の準備をしてある』と言われると、返答に困った。


教授が太刀打ちできない相手なんて、この世に存在しないような気がしてたけど、このムストウという人は、もしかしたら教授にとってさえ手ごわい存在なのかもしれない。 


「奴が来ましたね。……今日はここでお別れとしましょう。また必ずお誘いしますから、それまでに考えておいてください」


部屋のドアが開いて、シャルが登場。


「おまたせジョブ君。帰ろうか」

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