〈14〉真相

およそ私がイメージしたとおりに、教授はやってのけた。


飛行機内のパイロットは気を失っていただけで、命に別状はない。教授が操縦を交代し、無事に近くの空港へと降り立った。乗客の死傷者はゼロ。


私たちは、駆け付けてくれたシャルの助手のオギワラ君によって救出され、教授のいる空港へ向かった。


空港のラウンジで教授と合流。シャルも来てくれて、少し休憩しながら、今回の事件について話す。


その飛行機は、やはり例の『情報漏洩防止システム』によって操作され、私たちの場所へ落下するように設定されていたそうだ。パイロットの意識を失わせたのも、アプリの仕業。トラックを操作して私たちを襲わせたのも、同様の仕組みだ。




その後の捜査によって、ナタン青年の死体が発見され、死因は『凍死』だと判明。


試作品の新型エアコンが誤作動を起こし、研究室内の熱が急激に奪われ、最大でマイナス百二十度まで冷やされてしまった。


そのとき研究室内にいたのは、ナタン青年一人。あまりにも急激に冷やされたため、誤作動に気付いたときには手遅れで、そのまま凍り付いて死亡。


つまり、勤務中の事故死。




そして、その事故を知り、隠ぺいしようとしたのが、今回の事件の犯人ビクスビーだ。彼は事故の責任を取るべき立場にあり、この事故が公になると、自分のキャリアが危ないと考えた。


彼は違法に入手した『情報漏洩防止システム』を起動。そしてアプリが自動的に、この事件の隠ぺいを開始した。


アプリは、まずナタン青年が死んでいないように見せるための身代わり・・・・として、近くの倉庫に眠っていたミミクロイドを起動させ、現場に駆け付けさせた。そして、ナタン青年をスキャンさせ、身代わりとして行動させる。死体と現場の状況を改ざん・・・し、全てをなかったことにした。


しかし全てを隠ぺいするには、もう一つの問題があった、事故について知っている人物が、もう一人いたのだ。ナタンの死に最初に気付き、上司であるビクスビーに報告した社員がいる。その社員とは、交通事故で死亡したパスカル氏だ。


ビクスビーはパスカルを脅して口止めをした。ビクスビーとしては、パスカルを殺すつもりはなかったようだが、アプリはそう判断しなかった。つまり私たちを消そうとしたのと同じように、アプリが自動的にパスカルの車を操作し、事故を装って殺してしまったのだ。


つまり事件の黒幕はビクスビーで、アプリがその実行犯ということになるだろう。


彼は今回の事件の調査を自ら担当しながら、違法なアプリの存在を知られないように奮闘していたわけだ。そしてアプリのことが私たちにバレたと知った彼は、アプリを再起動させ、私たちを消そうとした。


ビクスビーは逮捕され、新ネット関連の犯罪者として特別な法律によって裁かれるそうだ。


「あのアプリの中にね、ある画像データが見つかったよ」


シャルは乾燥イカを食べながら話している。教授は、ただ黙ってお茶を飲んでいる。


シャルはタブレット型のUDを取り出し、ある画像を見せてくれた。


そこには、弧を描く二本の線が交差した〝魚〟のマークがあった。真ん中に縦線が一本あり、目のようにも見える。


「これが奴らのシンボルマークだよ」


「イクトゥス……でしたっけ」


「そう」


「じゃあ……ビクスビーは、そのメンバーなんですか?」


「そういうこと。奴らは確実に、活動を再開してる。新しい指導者が登場した可能性もあるけど……この手の組織では、そういうことって、あんまり起きないもんだ。……ムストウが死んでいなかったか……あるいは……生き返ったか」


シャルは、からかうような顔で言った。


生き返った・・・・・? ……まさか……新ネットって、そんなことも……できるんですか?」


「いや、ウソウソ。それはさすがに無理! ――まあとにかく、もう少し調べてみるよ」


教授はこの話を、ただ黙って聞いていた。――教授はムストウについてどう思っているのか、聞いてみたい気もしたが、なんとなく聞いてはいけないことのような気がした。




後日、ナタン青年の死が公になり、葬儀が行われた。ナタン青年を探すために尽力し続けた親友ピオは、とても悲しんでいた。


ミミクロイドはその後、もう一度ウィル教授によってメンテナンスされ、教授のラボで引き取ることになった。


後日、ミミクロイドをもう一度ピオに会わせる機会があって、次のような会話をしていたのが印象的だった。


「お前のこと、ナタンって呼んでいい?」と、ピオが、明るく言う。


「もちろん、お前はナタンじゃないけどさ、お前がスキャンしたナタンの性格とかを、消さないでほしいし」


「……い、いいんでしょうか?」


「いやいや、むしろ頼むよ。ナタンの家族も、そうしてほしいってさ。身代わりを続けろってことじゃなくて……その……ナタンの名前を継ぐ! ――みたいなさ。そういうのあるじゃん? 二世ってやつ」


その後ピオは、ナタン二世と一緒に、お酒を飲みに出かけて行った。


彼は友達を一度失ったが、その友達は、ある意味で生き返ったといえるのかもしれない。

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