〈15〉引っ越し
後日、私は教授のラボの敷地内に引っ越すことになった。というか、いきなり
ある日の夕方、帰宅してシャワーを浴び、何か飲もうと冷蔵庫を開けたとき、ふと窓から外を見ると――私の家の前に、なんだか物騒な装甲車のようなものが続々と現れ、停車していくのが見えた。
何事かと思って見ていると、車の中から降りてきたのはウィル教授だった。
玄関に出て迎えると、教授が発したのは、ただ一言。
「引っ越すぞ」
「……え?」
そして教授の指示のもと、大勢のスタッフが続々と私の家の中に、なだれ込んできた。
「え? あ、あの? どういう……」
説明なしに、梱包作業が進んでいく。使うのは普通の段ボール箱ではなく、サイコロぐらいの小さな箱型デバイスだ。サイコロ一つが段ボール箱一つ分ほどの荷物を収納できるとのこと。――このデバイスを使って、梱包作業は十五分ほどで完了。
そして私は装甲車に乗せられ、引っ越し先に連れていかれることになった。
車内で事情を確認したところ、私の身に危険が及んだため、私を守るための緊急措置として、このような方法を取るしかなかったとのこと。
どういう危険が及んだのかは詳しく教えてくれなかったが、とにかく一刻も早く転居する必要があったので、シャルの指示により、全ての手続きと作業が直ちに進められたという。
その日の夜のうちに、私は教授のラボ内にある新居に到着した。
私にあてがわれた家は、研究者や学生などが住むための住宅エリアの一角にある、ごく普通の二階建ての一軒家だ。
その日は混乱しながら、荷ほどきは後回しにして、とりあえず荷物の中から布団だけ取り出して寝た。
次の日の朝、シャルが大勢のスタッフを連れて訪ねてきた。
「いやぁー、ごめんごめんジョブ君! こんなことになっちゃって。今日はお詫びに、いろいろと差し入れを持ってきたよ」
シャルは玄関先で明るい調子で謝る。その後ろから、スタッフがいくつかの箱を運んできた。
――いや、スタッフかと思った人物は、大統領だ!
「やあジョブさん! 今日はシャルさんの手伝いで来ましたよ」
――完全に、シャルに
大統領が持ってきた箱には〝シャルおすすめ〟のお菓子がたくさん入っていた。
――そうこうしているうちに、家の前には、どんどん人が集まってきた――
「――よし! そろそろ始めるか!」
と、シャルがよく通る声で、みんなに向かって言った。
「え?」
「庭が汚いからさ、ちょっと掃除して、荷ほどきも、よかったらみんなでやっちゃおうよ!」
その後、シャルと大統領、そして教授の研究室のメンバー数名で、なぜか庭の芝刈りやら、家の掃除、荷ほどきなどの作業をした。
プライバシーも何もあったものではないが、今さら気にしても仕方ない。それよりも、大統領をこき使っていることの方が問題かもしれない。
家の壁に、すごい勢いで高圧洗浄機をあてている人がいると思ったら、ウィル教授だった! いつのまにか手伝ってくれていたらしい。
もう一つ驚いたのは、冷蔵庫を運んでいる二人の男性を見たときだ。それはナタンとその友人のピオだった。――ナタンはともかく、ピオがなんでここにいるの?
「どうもジョブさん。今度から、このラボで研究することになったんです。教授のスゴ腕に感動しちゃいましてね!」と、ピオ。
気持ちはよく分かる。――こうやって、このラボには人が増え、広大な敷地が必要になっていったのかもしれない。
午前中で、清掃と荷ほどきの作業が、ほぼ完了した。
シャルの計らいで、メキシコ料理のフードトラックが家の前に来た。みんなそこで注文して、しばしランチタイム。
近所の家の人や、近くにある研究施設の人も来ているようだ。
私は、いろいろ質問したいことがあるので、シャルの隣に座って食べることにする。
「私に危険がおよんだって話……どういうわけなのか、詳しく教えてもらえませんか?」
「ああ、そうだったね……まあ、早い話が、イクトゥスに狙われたって感じかな」
シャルの説明によると、イクトゥスのメンバーの何者かによって、私の住所が特定されてしまった。このままだと、誘拐か、最悪の場合、命を狙われるリスクがあった。
しかしこれは敵をおびき寄せるチャンスでもある。そこで私が住んでいた家には今、シャルの組織の工作員が、私の
そして厳重なセキュリティが施されたこのラボ内に、私を避難させてくれたわけだ。
「そうだ……シャルさん。もう一つ質問いいですか?」
「ん?」
「〈脳通信〉って、どういうものなんですか?」
脳通信については、オギワラ君から少し説明されたけど、脳通信の第一人者であるシャルからの説明にも興味があった。
「――ああ、オギワラ君に聞いたのか」
「ええ。 私にも使えますか?」
「おおー、興味ある? ジョブ君なら向いてそうだね」
「――向き不向きがあるんですか」
「そうだね。――というより、好き嫌いが分かれるって感じかな。しょせんは情報
――そうか、ついSFの発想で、サイバーパンクっぽい最先端技術のような感じがしたけど、そうじゃないのか。
シャルはタコスを食べ終わり、一息ついて、続きを話し始める。
「ただ、情報戦では便利なツールだよ。
「UDと脳をリンク……ですか」
「そう。――要するに、脳でUDを操作できるってこと。手を使わなくて済むってだけなんだけどさ」
――そうか、 UDは指で操作することもできるし、脳で操作することもできる。つまり脳通信は、UDを操作するための、一つの手段に過ぎないってことか。
つまり、脳通信ではなくUDこそが、新ネット時代のパソコンやスマホにあたる万能ツールというわけだ。
それにしても、今回の事件では、新ネットの便利さというよりも〝恐ろしさ〟を思い知らされた気がする。
旧ネットでは
旧ネットでは、少なくともインターネットと物理的に接続できないモノが存在した――電気信号を通さない物質とか、生物とかだ。つまりネットとの関係を断ちたければ、電子機器を一切所有しないという選択肢が可能だった。
でも新ネットでは、あらゆるものがネットから
新ネットの存在すら知らない人でも、恐ろしいアプリによって犯罪に巻き込まれるリスクが常にあるということになる。
このラボ内にいれば、少しは安心なのかもしれない。
――でも、そうとは限らないということを、私はまもなく知ることになる。
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