〈08〉ユニバーサル・デバイス

倉庫の中は、埃っぽい臭いが充満していた。


外から差し込む光が埃に反射して、筋ができている。


沢山のダンボールや資材が、放置されたような状態で散乱していた。


「スキャン作業を頼む」


教授はそう言うと、奥の方へ。


スキャン作業というのは、今回、私がシャルにお願いされた仕事だ。スキャンをすることで、この会社の中や、その周辺が原子レベルで分析され、あらゆる情報が得られる。――いわゆる『鑑識』がやるような仕事を一瞬で、もっと高度なレベルでやってしまうようなものだ。


しかしこのスキャン装置というのが、やっかいそうな代物で、うまく扱えるかどうか、少々不安だ。


通称〈ユニバーサル・デバイス〉というもので、一見すると全面がディスプレイのスマホみたいな形状だ。ボタンは一切なく、つやつやで真っ黒な、単なる板に見える。


「それ、ジョブ君にあげるから、返さなくていいよ。新ネットの仕事には必需品だからね」


と、シャルが私に支給してくれたものだ。


スマホとの大きな違いは、使用するアプリに応じて『形や材質を自由に変えられる』ということだ。


表面のどこでもいいのでタッチすると、指紋認証で起動。


いくつかのアプリのアイコンが表示された。


スマホと違うのは、『物理ボタンを自由な場所に生成できる』という点だ。つまり画面に表示されたアイコンやボタンを、物理的に押せる・・・ので、感覚的に操作しやすい。


いろいろと操作するうちに、操作を誤って『画面を拡大する』操作をしてしまった。画像ではなく画面の・・・拡大だ。つまりユニバーサル・デバイス(略称はUDユーディー)そのものが大きくなって、大型のタブレットぐらいになってしまった! ――まあ、逆に見やすくなったか。


スキャン用のアプリを起動すると、センサーらしきものが〈UD〉からにゅっと飛び出してきた。画面上の表示によると、もうスキャンが始まっている。


スキャンが終わってアプリを終了すると、センサーは戻った。スキャンで得られた情報は、自動的にシャルへ送信される。


UDが大きいままだと困るので『画面縮小』の操作をしたところ、やりすぎて消しゴムぐらいになってしまった。なくすと困るので、とりあえずスマホサイズに戻しておく。


ふと見ると、教授がもう用事を済ませた感じで、外に出ていることに気付いた。

――仕事が早すぎる!




「何か見つかりましたか」


私は教授のところに小走りして、とりあえずそう質問したが、教授は明らかに『何か』を見つけて運び出していた。


いくつかの紙の資料や記録媒体と、真っ黒なマネキンの手足のようなものを運んでいる。


「例のロボットと同じ製品のパーツと、設計資料があった。……このまま分析チームに回す」


急に、電話の着信音らしき音が鳴った。――シャルから私への電話だ。


「スキャンありがとうジョブ君。もう分析結果が出たよ」


――私は完全なハンズフリーで、耳には何も付けていない。


これは話に聞く〈脳通信〉ではなく、〈鼓膜通話〉というものだ。新ネットを通して『脳』にではなく、『耳』の鼓膜に、音の振動を転送することで通話できる。


「その会社は、数年前に倒産してるね。ほぼ当時のままで、放置されてる」


「そんな感じですね……」


私は、特にマイクなどを使わず、ただ空気中に向かって話した。これで声が伝わるそうだ。


「どうしてこんな風に、隠されてたんですか?」


「そのへんは分からないけど……その倉庫の中にあった一台のロボが、勝手に動き出して、外に出た痕跡が見つかったよ。出来事の順番としては、ロボがこの倉庫から出た後に、この会社の存在が消されたって感じ」


「勝手に外に? 誤作動ですか?」


「いや、なんらかのアプリがロボに働きかけて、強制的に動かしたっぽい。……このロボが、ナタン青年の姿に変身して、入れ替わったわけだ」


「……目的は何なんでしょうか……あと、本物はどこに――」


「うーん……」


シャルは何かのデータを見ているのか、少しの間が入る。


それにしても〈鼓膜通話〉については事前に説明を受けていたものの、耳に何も付けていないのに通話できるというのは、なんとなく落ち着かない。


ちなみに〈脳通信〉なら、もっと短時間で会話できる。〈鼓膜通話〉は声による会話と同じなので、言葉を声に出すための時間がかかる。一方〈脳通信〉は、要するに脳にデータをダウンロードするわけだから、一瞬にして脳の中に情報が入ってくる感じになるそうだ。


つまり一瞬で会話できる。


〈脳通信〉を使うには免許が必要なので、私にはまだ無理らしいけど、いつか使ってみたいものだ。


「本物がどこにいるか、まだ分からないな」


シャルからの回答がきた。


「とりあえず、ナタン青年の勤めていた会社を、もう一度よく調べた方がいいね。事件が発生したときに、ある程度の調査はしたけど、何か隠してたかもしれないしね」


「ロボットを動かしたのも、その会社なんでしょうか」


「――それは、まだ分からない。――ただね、あの会社、今回の事件が起こるすぐ前に、一人の社員が交通事故で死んでるんだよね。事件性のない単独事故なんだけど、なんとなく関係がありそうだよ。死んだ社員の名前を一応言っておくと『パスカル』って男。一応、頭に入れといて。――とりあえず、今度は内緒で潜入捜査してみよう」


「内緒で?」


「そう、場所はすぐ近くだよ。――準備に少し時間がかかるから、ちょっと休憩してて。――準備が終わり次第、必要な機材とデータを送るね。じゃ! 後で」


シャルはそう言うと、通信を切ってしまった。

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