〈03〉ムストウ

シャルのジェットの中は、まるでホテルの部屋のようで快適だった。


窓の外を見ると、下に広がる雲の隙間から海が見える。上空は、ただ真っ青な空間が広がっていて、簡単に宇宙に行けてしまいそうだ。


シャルは私の正面の椅子に座り、教授はコクピットにいる。なんで教授が自ら操縦しているのかはよく分からないけど、違和感は全然ない。


企業の担当者ビクスビーは仕事の都合で帰ったが、キャビン内には、もう一人の人物がいる。それはシャルの助手で、名前はオギワラ。


私とは一応『助手同士』ということで、飛行機に乗るときにあいさつを交わした。


かなり小柄な男性だ。私は背が低い方だが、たぶん私よりも小さい。


オギワラ君は、少し離れた席にじっと座っている。


シャルは外を眺めながらスナック類をほおばっている。


教授と違ってシャルは言葉数が多く、いろいろと話をしてくれた。


「――新ネットについては、聞いてる?」


シャルが新しい話題をふってきた。


「ええ、大統領から、少しだけ説明されました」


「奴の説明で分かった? ――あいつも本当に分かってるのか、あやしいからなあ」


シャルはペットボトルの水を取り出した。


――大統領のことを『あいつ』呼ばわり――あいつは私の舎弟だとでも言いかねない話しぶりだ。どうやらシャルは大統領と対等、もしくは上からものを言える関係のようだ。


「新ネットは、情報以外も転送できるってことも革命だけど、本当にすごいのは、無線で・・・それができるってこと。……ここがポイントね。物質を送受信するために、大掛かりな装置を近くに置いておく必要がない」


シャルは紙コップを手に取り、水を入れた。


「例えば、この水に、そのホットコーヒーから、熱だけ・・・を転送してみるね」


シャルは、私が手に持っているホットコーヒーを指した。


そしてシャルは水の入ったコップを、私に差し出して、確認するように言う。そのコップを受け取ったが、確かにそれは冷水だった。――水のコップをシャルに返す。


シャルがメガネを触って、何かの操作をすると、手の中にあるホットコーヒーの温度が急激に下がっていくのを感じた。


シャルが「気を付けて」と、水の入っていたコップを差し出す。


――それは見るからに湯気が立っていて、熱湯になっていた。


「ね! 手品じゃないよ。――そっち、飲んでみて」


コーヒーを飲んでみると、それは冷たいコーラ・・・だった! 思わず吹き出しそうになる。


「ごめんごめん! 応用すると、こうやって物体を別の物に置き換える・・・・・こともできるわけ。別の場所にあったコーラと入れ替えた・・・・・だけだけどね」


シャルがメガネをもう一度触ると、手元が熱くなり、元のホットコーヒーに戻った。


「もちろん、古いネットでいうサーバーのような、通信を媒介するためのハードは必要だよ。今回は、このメガネを媒介して通信したわけ。でも、通信範囲は広いから、これを近くに置いておく必要はない」


シャルの黒いメガネは、特殊なデバイスだったのか。


――物体の『転送』というと、例えばパラボラアンテナのような感じの、大掛かりな装置が近くにないとダメみたいなイメージを持っていたけど、そういう仕組みなのか!


「古い感覚だと、魔法とか、ファンタジーに見えるかもね。――こういう技術革新が起きたら、そういう感覚も変えていかないといけないわけだ」


「こんなことができると、犯罪のパターンも増えますね」


「そうなのよ! 理解が早いねジョブ君! だから私が忙しくなるわけ」


シャルは新しいスナックの袋をあけた。


「今回の事件は特に、危ない連中が関係してそうなんだよ」


「危ない連中……?」


「そう、ムストウっていう天才エンジニアがつくった、時代遅れの〝秘密結社〟みたいな連中。――ムストウって奴は、アプリ開発の天才で、とんでもなく高性能なアプリをいくつも開発して、業界を驚かせた。――奴の考案したプログラミング言語『イクトゥス』は、奴にしか理解できず、未だ誰にも使いこなせないとされてる」


シャルはスナックの袋を開けたまま、窓の外を見て話している。


「私とウィルは昔、奴と一緒に仕事をした時期もあったよ。でも奴は、やがて核兵器よりも危ないアプリを何個も開発し始めた。――あるとき、アプリによる大量殺りく事件を起こして、歴史に残る犯罪者になった。――ジョブ君は、まだ聞いてないかな? 百万人規模の人口があった島を一つ、消したって事件」


「百万……」


「そう……まるっきり跡形もなく消された。――通称『サンディ島事件』…………あれは……どうやっても戻せなかったよ。情けないことにね」


シャルは私を見て、ニッと笑った。ただ、目は笑っていなかった。


「この事件で奴は、悪名を上げたけど、同時に、危ない連中のカリスマにもなってしまった。そして奴は、例のプログラミング言語と同じ名前の『イクトゥス』って組織をつくった。イクトゥスは、奴の開発したアプリを使って、事実上、この世界のパワーバランスを操ろうとした……でも奴が死亡したことで、イクトゥスは消滅した……はずだった」


シャルは少し声のトーンを落とし、『ここからが話のポイント』という感じの雰囲気を演出して、私を見た。


「それが……ここにきてイクトゥスが絡んでると思われる事件がいくつか発生してる。今回の事件も、奴らのアプリが関係してる可能性があるってわけ」


シャルは窓の外を見た。


窓の外には大きな島が見えている。おそらく、あれが目的地だ。


シャルはこの段階で、ずっと開けたままだったスナックを食べ始めた。――私にもすすめてきたので、ちょっともらった。

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