〈02〉ナタン・ドブレ

教授の事務所のソファに座り、ミーティング開始。


シャルはスナック類を開けてパクパク食べている。一応みんなも食べられるようにテーブルに広げてくれているが、だれも手を伸ばさない。――いや、アメリアがちょっと食べた。


ミーティングには、もう一人の参加者がいる。今回の案件の依頼者で、名前はビクスビー。


かなり太っていて、とにかく汗かきらしく、髪の毛をべたべたにして、タオルで汗を拭きながらの登場だった。


彼は大手空調メーカー『ビックス・テック』の担当者。今回の依頼内容は、その企業内で起こった、ある事件の調査だ。


どうやら、既にほとんどの話はメールや電話で説明済みのようで、今回のミーティングは最終段階らしい。


まずアメリアが説明を始める。


「では、今回ジョブさんは初めてなので、簡単な事前説明をさせていただきます」


アメリアは、まず前提として、シャルがどういう人物なのか、どんな仕事をしているのかを簡単に説明してくれた。


シャルが所属しているのはUNARPAユナルパという組織で、その活動内容は、簡単にいうと『新ネット研究の管理』だ。


その中でもシャルが所属する部署は『危険な研究やトラブルの調査』を受け持っている。


本来は警察が担当するような事件でも、新ネットが関係してくると、警察はほとんど役に立たない。――そのような場合に、シャルのいる部署の人間が登場して、警察組織と協力しながら捜査を進めていくわけだ。


シャルはUNARPAユナルパの中でも、かなり多くの権限があるポジションで、世界中のさまざまな人間や組織を動かして仕事をしている。旧知の仲でもあるウィル教授のところには、特に多くの依頼を持ってくるそうだ。


そして今回も、新ネットが関係すると思われる事件の一つが、教授への依頼として持ち込まれたわけだ。




「では今回の案件の説明に移りますね」


アメリアの説明によると、今回の依頼内容は次のとおり。


ビックス・テックでエンジニアとして働く男性ナタン・ドブレ氏が、大型トラックを誘導している際、トラックの下敷きになって死亡。


死因は、単なる不注意によるもので、事件性は無いと判断された。


しかし問題は、そのエンジニアの死体が、明らかに人間のそれ・・・・・ではなかったことだ。


ナタン氏は、同僚や家族から間違いなく人間として認識されていたのに、その死体は機械・・だった。


詳しい調査がなされたが、体の『一部が機械』のサイボーグではなく、『全部が機械』の、ロボットだということが判明した。


「生まれてからずっとロボットだったというよりも、少なくともその時点では・・・・・・ロボットだったと考えるのが自然かと思います。つまり、どこかの時点で、ナタン氏はロボットとすり替わった・・・・・・ってことです」


「家族とかは……気付かなかったんでしょうか? そんなにリアルなんですか?」と、私の質問。


「ええ……とても見分けがつきませんよ。すごいリアルです」


と、企業の担当者ビクスビーの発言。――汗をふきふき。


「外見だけでなく、性格もかなり忠実に再現できるみたいです」と、アメリア。


「――でも、本当に親しい人には、判別できる可能性はあります。……ナタン氏は、六年前から一人暮らしをしてるので、ロボットに入れ替わったのが最近なら、家族とは会ってないのかもしれません。……ただ、会社の同僚の中に親しい人がいれば、だれか気付いてたかもしれないですね」


このロボットの製作者は『誰』なのか、そして『なぜ』すり替わっていたのか。そして行方不明の本物は『どこ』に行ったのかなどを明らかにすることが、今回のシャルの仕事だ。


「報告では事件性が無いとされてますが、ロボットが不注意で・・・・車にひかれるっていうのも変なので、そのあたりも調査する必要がありそうですね」


ロボットの分析チームに加わり、ロボットから得られる情報をさらに引き出すのが、今回の教授への依頼内容だ。つまり人間の場合でいう『司法解剖』のようなものか。


そして人間の死体では不可能なことも、仕事内容に含まれる。つまり、死んだ(壊れた)ロボットを組み立て直して生き返らせる・・・・・・ことだ。


どちらかというとそれが、教授に依頼が来た主な理由らしい。重要な『参考人』として、このロボットを生き返らせる必要があるわけだ。


「弊社では今、社運をかけた重大プロジェクトを進めてるんです。……この事件が公になると、ほんとに、たいへんな損害なんですよ……くれぐれも! くれぐれも内密に! 調査を進めていただくよう、お願いします」


とビクスビーが、汗をふきふきしながら付け加えた。


シャルが最後に、次の説明を加える。


「自分が設計したわけでもないロボを直すなんて、普通は無理な話だ。でもウィルならできるんじゃないかっていうわけ」


ソファに座って腕組みをしながら、じっと黙っていた教授が、次のように言う。


「見てみなければ、なんとも言えない」


「じゃ、行くか。早速」


シャルはそう言って立ち上がった。それとほぼ同じタイミングで、外から大きな音が聞こえ始めた。


事務所の外を見ると、どうやら小型のジェット機が降り立ったらしい。


なんとなく察しはついたが、私はシャルに質問した。


「これから向かうんですか?」


「そうだよ。私のジェットを使えば、すぐだから、大丈夫」

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