〈09〉今朝、目覚めたときの私は

宇宙ステーションへは、すぐに到着した。


それは、外から見ると、SFでよく見かけるような、巨大なドーナツ状の回転する遠心重力エリアがあるタイプだった。


建設中の部分などは見当たらず、すでに運用されている印象だ。


大統領によると、この宇宙ステーションは、新しいネットを駆使して、必要物資を〈転送〉することで建設された。維持管理などの運用にも新ネットが活用されているとのこと。


このステーションを足掛かりに、外宇宙へ向かう開発を進めているのかと思ったが、それはどちらかというとマイナーなジャンルで、メジャーなのは、新ネットを駆使した、さまざまな商品やビジネスの開発だという。


思った以上に、この新ネットの奥は深そうだ。


ひとまずテスト結果は良好で、あとは細かいデータ収集と分析、レポートの作成が残っているが、それは主に担当の研究員が行う。




宇宙船の発着エリアには、いくつかの企業や研究機関の船が停泊している。誰もがよく知る家電メーカーや、化学メーカーのロゴも見えた。


教授はスペースプレーンを手際よく停泊させる。


私は、なにしろ初めての無重力なので、降りるのにも一苦労だ。教授は、私が無事に降りたことを確認すると、自分もさっと降りて、すーっと宇宙ステーション内へ行ってしまう。私は誘導員に助けられながら、なんとか教授について行った。


無重力エリアでの移動には手こずったが、いざエレベーターで遠心重力エリアに入ってしまえば楽になった。


完全に地上と同じ重力ではなく、少し違和感がある気がする。(心理的なものかもしれない)


宇宙ステーション内には町があるとかではなく、廊下が続き、大きなオフィスビルのような感じだ。見かけるのは研究スタッフや、企業のロゴが入ったネームプレートをさげた従業員だけで、広さの割に人が少ない。


おそらく将来的には一般に開放することを想定した設計で、ほとんどの区画が未使用状態なのだろう。




教授と私は、カフェらしき場所でコーヒーを注文し、休憩した。


私たちの席は、目の前がガラス張りで、ちょうど地球が見える方向だった。


地球が丸く、つまり全体が見える。宇宙ステーションの回転速度にあわせて、地球がゆっくり時計方向に回転して見えた。


教授はこの席がお気に入りらしい。


今日の朝に、家で飲んだコーヒーが、ばかばかしく思えるほどの眺めだ。




今朝、目覚めたときの私は、まさか自分が今日中に大統領と会話し、スペースプレーンに乗って、宇宙ステーションから地球を眺めることになるとは思いもよらなかった。


この一日で私は、とんでもない世界に踏み込んでしまったようだ。


一般人には知られていない世界で、想像もつかないようなテクノロジーが研究されている。私はそれを知らない一般人の側から、『知っている側』に来てしまったのだ。

その結果、さまざまなリスクを負うことになる。


しかしリスクを避けたい気持ちより、興味の方が勝っている。


私の知らないところで、どんなテクノロジーが開発されているのか、もっと知りたい。何も知らずに死ぬのは嫌だ。


教授は黙ってコーヒーを飲んでいる。


私は地球とか宇宙の星々よりも、教授の方に意識が行っていたと思う。


この人が何を成し遂げるのか、世界をどんな風に変えてしまうのかを、見てみたい。


――そんなことをあれこれ考えていると、教授が話しかけてくれた。


「この業界も、この世界も、ある意味ターニングポイントに立っている。いろいろと危険なこともあるかもしれないが、私を信頼してほしい。よろしく頼む。ジョブ君」


私はいきなり名前を呼ばれて、少しの沈黙をつくってしまった。とりあえず採用確定ってことか――


私は内心、とても嬉しく思い、答えた――


「――はい。こちらこそ、よろしくお願いします! ウィル教授」

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