〈03〉私がですか?

迎えの人はすぐに来た。背が高く、長いちぢれ髪の女性だ。


「ジョブさんですね。初めまして」


女性は、人なつこい感じの笑顔で挨拶した。


「アメリアといいます。教授のところへ、ご案内しますね」


「え? あの……何の話ですか?」


バーブズ氏は、変わらず穏やかな表情で私を見つめて、言う。


「悪いけど、君にはウィルマ・グウィルトという大学教授の助手になってもらいたいんだよ」


「大学教授……?」


「まずは、あの子に会ってみてよ」


事務系の仕事って、そのことだったのか。――じゃあ、バーブズ氏は、私を面接していたということか。


「あの……今日やった仕事って、テストか何かだったんですか?」


「そう。……あの子は、重大な国家機密を扱う仕事をしているからね。一緒に働くには、私の審査を通過する必要があるんだ。――合格の決め手はねえ……いろいろあったけど……一番は……薪割りかな? ……ああ、もちろん今日の分のお金は出すよ。あと、本当に助かった」


バーブズ氏はそう言って、ニコっと笑った。


「新しい世界へようこそ、ジョブ君。――きっと気に入ると思うよ」




その後、アメリアの運転で、郊外の実験施設へ向かった。教授は現在、そこで、何かの実験をしているという。


「教授って、何の研究をしている人なんですか?」


移動中、できるだけの情報を得ようと、アメリアへの質問を開始。


「ええと……いろいろですね。いろいろな研究が、教授のところに持ち込まれるんですよ。実用化に至らなかった難しい開発とか……世界を変えるような、極秘の研究とかもあります」


アメリアはこちらから質問しなくても、いろいろと話をしてくれた。


アメリアによると、ウィルマ・グウィルト教授(通称ウィル教授)は、一般に『世界の四大エンジニア』の一人として数えられるほど、この業界で有名らしい。


そこまで有名なのに、私がウィル教授を知らなかったのは、私の勉強不足のせいではなく、情報管理がなされているためだ。つまり、エンジニア業界でも特別な資格をもつ人間たち以外には、ウィル教授の研究内容が知られないようになっている。


つまり私は、その『特別な資格を持つ人間たち』の一人になってしまったわけだ。バーブズ氏の言った『新しい世界へようこそ』というのは、このことだったようだ。




車は、教授がいるという実験施設に到着。


そこは高い鉄の柵で囲まれていて、厳重な警備によって守られた場所だ。面積はかなり広く、反対側の柵は見えない。


遠くに低い建物がいくつか見える程度で、地面がむき出しの部分と、きれいにコンクリート舗装されたエリアが大半だ。


車を駐車し、歩いて実験の現場へ向かう。


現場にはイベントなどで見かけるようなタープテントが張られていて、その下にはデータ計測用と思われる配線だらけの機材と、数台のPCが並んでいた。


空は快晴で、まぶしい日差しが注いでいるが、空気は冷たい。


テントの下で作業中の男性に、アメリアが話しかける。


「もう始まった?」


「あ、お疲れ。もうちょいかかるよ」


遠くの方でクレーン車が動いていて、実験に使用すると思われる資材をセッティングしているのが見えた。


クレーンの運転手は、手際よく作業を終えて、こちらに近づいてきた。


運転手にアメリアが話しかける。


「教授、先ほどお電話でお伝えしたジョブさんです」


教授と呼ばれたその運転手は、女性だった。


白いフレームのスポーツサングラスをして、黒いツナギを身にまとった姿は、最初、男かと勘違いした。――クレーンの運転手が『教授』だったのか。


長い金髪を後ろで束ね、動きやすくしている。教授はサングラスを外し、こちらを見た。鋭く、相手を見透かすような青い瞳だ。


アメリアが教授を紹介してくれる。


「ジョブさん。こちらがウィル教授です」


教授はさらに、こちらに近づき、私をよく観察した。――私は背が低い方なので、教授から見下ろされるかたちだ。


教授は眉間にしわを寄せて、怒っているような顔つきだが、とても冷静に私を観察していることが、その目から伝わってくる。


「きみ」


教授は、その表情を変えずに話しかけてきた。


「はい」


「実験データの計測を頼む」


「え? 私がですか?」

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