〈02〉合格だよ
数日後――ロイが話を通してくれて、私は早速そのバーブズという人物に会いに行くことになった。
ロイは人の話を間違って伝えてくるタイプだから、本当にいい話かどうかは怪しいが、とにかく何もすることがないし、この生活を変えたくて仕方がなかったから、ぜひということでお願いした。
仕事の内容はよく分からないから、詳しく話を聞いてみて、結局、また興味を持てないかもしれない。詳しく分からないということが逆に、私の好奇心を刺激したのだろう。
約束の日、私はいつもより早く起きて、コーヒーを淹れる。これだけでも、仕事をしてる感じがして、嬉しかった。
朝の九時に、バーブズ氏の自宅へ伺うことになっている。ロイは仕事があって同行できないため、私一人だけで行く。
バーブズ氏の自宅は、郊外の山奥にあるらしい。
針葉樹が立ち並ぶ森の中、曲がりくねった道をずっと登ったところに、ぽつんと一軒だけ建っているお屋敷だ。
タクシー運転手の話だと、バーブズ氏はここに長く住んでいて、お客が出入りする様子もなく、ずっと一人で籠っているとのこと。
IT系の大物だとかいう話だけど、詳しい情報は得られなかった。
その家は、こげ茶の壁に黒い屋根の、落ち着いた印象の外見だった。平屋のようだが、横に広がっていて、わりと大きな家だ。
玄関のインターコムを鳴らす。
――しばらくすると、ドアが勝手に開いた。
玄関に入ると、広いロビーがある。自然な木の色と、白いしっくいなどを使った内装だ。
奥から、男性が歩いて現れる。
「ようこそ。早速だけど、仕事をお願いできるかな?」
その男性は、細身で背筋がピンとしていて、白髪。白い眉毛が、やけにフサフサしているのが印象的だった。
――この人がバーブズ氏か。
事務系の仕事と聞いていたのに、最初にお願いされたのは薪割りだった。
私はもちろん、スーツで来てしまっていたので、上着を脱ぎ、ネクタイを外して、腕まくりをしながら、汗だくになって薪を割った。
体を動かすのも久しぶりで、ずいぶん鈍っているのを感じる。
ただ、不思議と心地良かった。
ネットで薪割りのコツをさっと調べて、少しずつ、うまくなっていくのを実感しながらの作業は、楽しくもあった。
しばらくすると、冷たいレモネードを持ったバーブズ氏が顔を出した。
「やあ、ちょっと休憩しよう」
ちょっとした休憩の後は、畑の草むしりを頼まれた。
これもまた、今までやったことがないような作業だ。また汗が出てくる。
仕事って、バーブズ氏の家の雑用係ってことなのだろうか? ――それとも、私は、何か試されているのだろうか。
最後に、書斎に呼ばれて、パソコンの修理をお願いされた。
IT系の大物なのに、パソコンぐらい自分で直せないのだろうか? ――やっぱり、何かのテストの可能性が濃厚になってきた――
どっちにせよ、やっと自分の得意分野の仕事が来たのが嬉しくて、張り切って作業開始。
どんな仕事にせよ、自分のスキルはアピールしておきたいところ。
といっても、ごく簡単な交換作業で、使っていないというパソコンからパーツを流用して、すぐに完了。
バーブズ氏がまた顔を出して、こう言う。
「ランチを食べていきなさい」
バーブズ氏の書斎に座り、二人でサンドイッチを食べながら、少し話す。
書斎の中には、いくつかの古い写真が飾られていた。写真には、何かの大きな機械の前に立っている人々や、どこかの工場の様子などが写っていて、なんとなく、工業の歴史か何かを展示する資料館のような雰囲気があった。知らない人物の石膏像や、大きな油絵もある。
バーブズ氏はIT系の大物という話だったけど、一体、何をした人なのだろう――
「一人でこういう所にいると、身勝手になって、良くないね」
穏やかそうな表情で、窓の外を見ながら、バーブズ氏が言う。
「そうですか?」
「君、仕事が早いもんだから、どんどんお願いしちゃって、悪かったね」
「いえいえ。楽しかったですよ」
「お願いしたかったことは、全部済んでしまったよ。ありがとう」
バーブズ氏はそういって微笑み、サンドイッチを、ほおばった。
「……あの、そういえば……仕事っていうのは、今日で終わりですか?」
そう聞いても、バーブズ氏は、もぐもぐしながら私をじっと見るだけだった。
「……ええと、ジョブ君だったね」
「はい」
バーブズ氏が立ち上がって、
「うん……いいね。……君を、僕の助手にしたいぐらいだよ。……ウィルにやるのはもったいない」
「……? ……ウィル?」
私がそう言った瞬間、バーブズ氏は電話を取り出し、耳に当てた。
「――私だ。例のジョブさんって人、合格だよ。すぐ迎えに来て」
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