エンジニア・エンジン

渋谷理(しぶやおさむ)

第1シーズン 第1話 ウィル教授

〈01〉いい話かもしれないぞ

ウィル教授という人は、エンジニアなら絶対に知っておくべき重要人物だ。


でも、その存在は隠されていて、一般には知られていない。


教授に出会う少し前、私は無職になった。


原因の一つは、勤めていた会社の業績悪化だ。


それはスマホアプリを開発する会社で、「画期的なアプリをひらめいた!」という友人からの誘いを受け、一緒に立ち上げた会社だ。


失敗するベンチャーにありがちなことの一つは、自分のひらめきに酔ってしまう・・・・・・ことだと思う。客観的に考えると大したことがないアイデアも、『自分が思いついた』というだけで魅力的に思えることがある。夢ばかりが膨らんで、現実がよく見えなくなってしまうのだ。今思えば、彼もそんなタイプだった気がする。


社会情勢が急に変わってしまったことも、大きな要因だった。


もちろん、技術面を担当した私のスキル不足もあったと思う。


とにかく彼は、また「新しいビジネスをひらめいた!」とのことで、これまでの事業からは手を引くことになった。


私も新しいビジネスに参加するようにと、彼は誘ってくれたが、特に興味が湧かなかったので、辞めさせてもらうことにした。


仕事が無いという状態は、初めてだった。


それは、思ったよりも不安感が強かった。そして、かなり退屈だ。


なんでもいいから仕事が欲しいという気持になるときもあった。でも、できれば次の仕事は『面白い』と思えるものがいい。


そもそも、うまくいくか分からないベンチャーの話に乗ってしまい、大手IT企業のエンジニアという安定した立場を捨ててしまったのも、その仕事が面白くなかったからだ。


面白くなくたって、人は働かねばならないと思う。でも最近のIT業界が、どうもマンネリ化しているような気がして、むなしさを感じていた私は、つい自分の生活に〝変化〟を求めてしまった。――その結末が、今の状態だ。


これまでの取引先などのコネで、仕事を紹介してくれる話もあったが、特に興味を持てる内容ではなかった。


自分でビジネスを立ち上げればいいのかもしれないけど、そういう才能が無いことはよく分かっている。興味を持てることが見つからず、仕事を探し続ける数週間が過ぎた。


私には、それが何カ月にも感じられた。


ある日、久しぶりに大学の同期のロイから連絡が来た。


なんとなく、連絡が来そうな気はしていた――というのは、約一週間後に、伝説的なSF映画シリーズの最新作が公開されるからだ。


ロイとはSFの話を通じて仲良くなった。よく一緒にSF映画を観に行っては、あれは科学的にどうだとか、どうやったら実用化できるかとか、いわゆる『SF警察』的な、くだらない話で盛り上がったのを覚えている。


もちろん映画には興味があったけど、無職の状態で会うのは気恥ずかしい気もする。――でも、カッコつけるような仲でもないので、会うことにした。


当日、合流してチケットを購入し、映画が始まるのを待つまでの会話で、案の定、仕事の話になる。


ロイは、自動車会社の開発・設計部門で働いているそうだ。そして当然の流れとして、私の仕事について質問してくる。


「ジョブはどうなの? 何やってるの?」


私は最近の生活や、これまでの流れを話した。


ロイは「ジョブほどの奴が無職なんてなあ……もったいない」と言ってくれた。


「あ! そういや、ちょうどこの前、そんな話をしたな……なんだっけ」


と、ロイは急に何かを思い出して、アゴに手を当てた。


「そうだ、うちの社長がお世話になったっていう、バーブズとかいう爺さんが、なんか事務系の仕事を募集してるとかいう話だ」


「事務系?」


「詳しくは聞いてないけど、けっこう大物みたいだから、いい話かもしれないぞ」

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