第8話「城内騒乱」

 とある王城にて、


「姫様……。そのようなもの露店で買った指輪は教会に対する冒涜になりますよ。それに、バッチイし」


 護衛騎士ビビアンは、王国の王女であり、王位継承権第2位のカーラ王女に苦言を呈した。

 そして、チラリと周囲を見渡し、彼女の部屋の意匠を見てため息を一つ。


「バッチくないよ? それよりみてみてー。金貨一枚でこんな素敵なの手に入れちゃったー」


 ルンルンと部屋の真ん中までクルクルと回りながら歩くと、天井のシャンデリアにかざす様にしてゲイルから購入した髑髏をあしらった指輪を掲げる。


 全体的に黒っぽく、実際になにかの骨を磨いて作ったらしいボーンアクセサリー。

 本来宝石が乗る位置には悪趣味なデザインとして小型の頭蓋骨がのっている。


 それをゲンナリと見ているビビアン。

 しかし、この部屋の意匠もたいがい・・・・なのであまり際立って悪趣味というほどにも見えないから不思議だ。


 そう、このカーラ王女…………。ちょっと趣味がアレなのだ。


 ビビアンの周囲には金銀に輝くドギツイ色の壺があったかと思えば、天井の絵は東洋のなんとかいう絵師が書いたとか言う摩訶不思議なオリエンタルチックな絵がドデーンと。

 かと思えば壁紙には天使と悪魔がド派手に戦う絵が西側に、東は湖と船の風景画かと思えば、北側はドピンク一色。

 そして、壁側を所狭しと埋め尽くす摩訶不思議な調度類。


 もう、統一性ゼロの変な部屋であった。


「素敵でありますかー……。自分には理解できませんね」

 ──しかも、金貨1枚じゃなくて、大金貨だからね?


 ぶっちゃけ、ビビアンの給料よりも高いからね、それ。


「ふふーん。センスなさそうだもんね、ビビアンって」

 そういって、白銀のハーフプレートアーマーを着こなし、青い鎧下に品のいい刺繍を施した護衛騎士を鼻で笑う。


 ……誰のセンスがないって?


「はぁ、さよですか──それよりも、今日は忙しい…………って、ちょっとぉぉお」

 あろうことか、カーラ姫はあの髑髏指輪を嵌めようとしている。


「そ、そ、そそんなのつけて隣国の使節とあうんですか?! 駄目ですよ、絶対だめですよ!!」

「うるさいなー。ちょっと嵌めてみるだけよ」


 スポ……。


「あ、ぴったり──…………ぴったり? ピッタリっていうか、何か吸い付いてくるような──」


 その直後────……。



 ヌゥゥォッォオオオオオオン……!

  ヌゥゥォッォオオオオオオン……!



「……え?」

 カーラの戸惑いをよそに、

 地獄の底から響くような不気味で小さな唸り声が突如として室内にこだました。


「ハッ?! この地面から響くような音はもしや────!」


 ビビアンがハッとしたときにはもう遅い。


「姫ぇえ!!」


 唸り声の直後に、髑髏のマークのようなエフェクトが、ぬぅ~……と、中空に浮かび上がり、

 スゥーとカーラのつける指輪に吸い込まれていった。


「え? 何今の音?! 何今の髑髏のマーク?! つか、これ……! は、は、ハズレなーーーーーーーーーい!!」


「しまった! 呪いの品です、姫様!!」


 呪われたアイテムを装備した時に流れる、地獄の音色──。

 そして、装着者をあざ笑う髑髏のエフェクト……!


 ──間違いない、強力な呪物だッッ!!


 呪いを秘めし者が死して残したアイテムだとも、

 世界を恨む呪術師が作る忌まわしき品だとも、

 はたまた、

 露店を営むとっぽい・・・・アンチャンが売りさばく呪物だとも────。



「せ、説明とかいいから、なんとかしてぇ! シィィィィイイット!!」



「わかりました! ちょっと痛いですが、指を切り落とします」

「うん、お願い──────って、指ぃぃぃいい! ざっけんなクソあま! ぶっ殺すぞ」


「誰にぶっ殺すとか言ってんだ、──砂利ジャリ雌ガキがぁぁあ!」


 ジャキンッ! と長剣を引き抜いたビビアン。

 ちょっとパニックに陥っているのはわかるけど、姫様の指を秒で切り落とそうとするとかヤバい。



 ヤヴァイ!!



「いやいやいや! 剣ぬくな!? お、落ち着けッ!! ま、まずは、剣収めろ!! いったん落ち着こ! ね?!」

「えぇぇい! 止めるなッ!」


 いや、とめるわ!!!


「お、おおおおお、おちついて、ビビアン! で、でででで、殿中でんちゅうにござるぞぉぉお!」

「しからばゴメンッッ! 姫様、お覚悟ぉッ!」


「覚悟するか! いいから、落ち着けッってのー」


 ぎゃああああーーーー!!!


 部屋の隅の追い詰められたカーラ姫と、「ふーふーふー……殺す」とか言ってる護衛騎士。

 絶対指どころか手ごと切り落とす勢いだよね?!


 ってか、殺すっていうなし!!


「い、いいから落ち着いてッ! と、特に変な影響もないみたいだし……。ま、まずは神官呼んでよ」


「ハッ! そ、そうでした……。か、解呪すればよかったですね」

「そーよ! なんで、いきなり指を切り落とす発想になるのよ?! こわっ! アンタ、こわっ!!」


「も、申し訳ありません……つい」


 つい、指を切り落とすなや。


「ま、いいから神官呼んできて。使節にはそれから会いましょう」

「は────! あああ! ひ、姫様! もう時間がありません」


 日の傾きから、施設との面会時間が近いことを知ったビビアン。

 このままでは神官を呼んでから解呪して──となると、確実に使節を待たせることになる。


「う……。さ、さすがに外国の使節待たせるのは悪いかー」

「マズいですね……。その、指輪の上にはリボンを巻いてそれっぽく誤魔化しましょう。それしかありません」


「げー……呪われたまま使節に会うのかー。鑑定士も間に合わないわよね?」

「無理ですね……。恐ろしい呪いでないことを祈るしかありません」


「ま、まぁ……町の露店で買ったものだし、そんな大した呪いじゃないわよね? あの青年もまさか私が王女だと知ってて売ったわけじゃないだろうし」

「そ、そうですよ。大丈夫です────ですが、あの青年は一応捜索させておきます。故意か未遂にせよ、一刻の王族に仇なすなど見過ごせません」


「ん~……あんまし大げさにしたくないんだけどなー。悪気はなさそうだったし」

「なりません! 見つけ次第、全身の皮をはいで塩水につけ、辛子を擦り込んでから爪を一枚ずつ剥がしてやりますともッ」


「怖いからやめて……。っと、そろそろ行かなきゃ。諸々の手配よろしくね」

「ハッ! 仰せのままに」


 メイドを呼んで慌てて準備を整えたカーラと、

 ビビアンは侍従に指示をしてゲイルの捜索と、神官、鑑定士を呼ぶことに。



 そして、定刻通り使節に面会することになる────。



 ガチャ。


「お待たせして申し訳ありません。帝国使節の方々」

「おぉ、これはカーラ姫! まったくもって待ってなどおりませんよ──それにしても本日も美しい」


 部屋に待っていたのは数名のピチッとした軍服に身を包んだ帝国の使節だった。

 胸を飾る勲章の数々が彼と彼らの格式を思わせる。


「ふふ、どうもありがとうございます。それでは、遠路お疲れのことと思いますので、まずはお茶を──」


 ニコリとほほ笑み、メイドに茶を準備させようとしたカーラであったが、帝国使節がやんわりそれを留めると、


「では、こちらをお賞味ください。我が帝国で産出する良質のお茶と、美味なる菓子を──」


 そういって、控えさせていた護衛に品々を準備させる帝国使節。

 たくさんの箱。


 …………箱?

 ……それに、なにあれ??


 ガラガラガラガラ!


 帝国使節が運び込んだのは、

 カートにのった巨大な………………え?


 カーラ姫を含む、全員が違和感に感じた時、それは起こった。


「──ぜひ、ご賞味下さい!」


 バッ!


「え? ちょ──」

「何事か?!」


 突如身を翻した使節とその護衛達が、

 土産として持ち込んだ品々に手を突っ込むと、一気に引き抜く。



 ジャキィィィイイイイン!!

 ジャキジャキジャキジャキジャキッッ!!



「なッ!? き、貴様ら!」

「て、敵?! ど、どこから?」


 慌てる護衛達。


 そして、

 帝国使節が取り出したの土産などではなく、大量の暗器や剣やボウガンなどの武器であった。


「はははは! もう、遅いッッ──者ども、かかれぇぇぇええ!!」


 うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!

  うぉぉぉぉおおおおおおおお!!


 さらにカートの下から黒装束の兵が続々と現れる。


「きゃあ!」


「はは! カーラ姫────その命貰ったぁぁあああ!!」


 一斉に襲い掛かる帝国使節?と見せかけた暗殺者たち。


「しまった! 姫さまを守れッ」


 部屋にいた護衛官もあわてて動き出すも間に合わない。

 一番近くにいたビビアンですら抜刀するのがせいぜい。


 そして、ボウガンや、明らかに毒を仕込んでいるであろう暗器がカーラを襲う!


「即効性の毒だ! 何もわからぬまま、逝け────」

 ジャキジャキジャキ!

 一斉に構えられる多数の武器!!


「きゃああああああああああああああああああああ!」



 ビュンビュンビュンビュンビュン!!


 風を切って無数の矢と暗器が飛び交う。


「ははははははははははは! よし、撤収だ────」

「──ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ────


 ビュンビュンビュン!!

  ビュンビュンビュン!!

   ビュンビュンビュン!!


 あああああああああああああああああああああああああ…………ああああ? あ?!」


 ビュンビュンビュン!!

  ビュンビュンビュン!!

   ビュンビュンビュン!!


「あ、あれ?……えっと──きゃああ…………あああ? あ?! あ゛あ゛あ゛ん?」

 ……ひ、悲鳴??


 ビュン……!

  ビュン……。

   ビュン──。


「………………………あれ? きゃあ────?? って、続けた方がいいのこれ?」


 ──ひ、

「「悲鳴長くない?」」


 カーラと暗殺者が同時につぶやく。

 そして、暗殺者とカーラが口を閉ざすと、目を合わせてパチクリ……。


 「「え~っと?」」即死させられるほどの攻撃が─────無効化されたみたいなんですが。


「な、」

「なななななななん、なんじゃそれーーーーーーーー!」


 カーラよりも先に暗殺者が仰天。


 いつの間にかリボンがほどけていたカーラのつける、呪いの指輪の髑髏ドクロの目が怪しく光っている。


 そこから出ているのは、薄っすらと輝く赤い防御結界。


 そ、それは────。

 それは──……!


「そ、即死抵抗の結界だとぉぉぉおお?!」


 暗殺者の驚愕の声にようやく我に返った護衛達。

「は?! い、今だッ!」

 ビビアンは即座に気付き、そして即座に動いた!


「ひ、姫様を守れ!!────そして、貴様らは死ねぇぇえ!」


「く、くそ?! 即死抵抗を準備しているだとぉぉぉお! そんなレアな装備を持っているなど、まさか作戦がバレていた?!」

「──頭! 奴らは王族ですぜ、そういう装備くらいあるんじゃ!?」

 暗殺者たちが慌てて交戦準備に入る。

 彼らとしては一撃離脱のつもりだったのだろう。

「馬鹿をいえ! 即死耐性など、レア中のレアだ!! そんじょそこらにあるわけねーだろ!」


※ 注:あります ※


「くッ。かくなるうえは、斬れ斬れ斬れーーーー! 剣で姫を殺せッ、即死結界は一度きりだ! 斬れぇぇええ!」


「ひ、姫を守れぇぇえ、うおぉおおおおおおお!!」


 ガガガガガガガガ!!

 ドガーーーーーーン!!


 暗殺者の集団と護衛騎士が激突する。


「ぐぅ……! い、一撃でいい! 何でもいいから、姫に傷をつけろ──それで我らの勝ちだ」


 さすがに完全武装の護衛騎士相手に、軽装の暗殺者は分が悪く次々に打ち取られていく。

 しかし、何が何でもカーラを殺すという意思の元突撃を繰り返し、ついに────。



「──死ねッ!」



 フッ!



 切り殺されたと思しき暗殺者の一名が、死んだふりでやり過ごし、

 最後の一撃として吹き矢を放つ。


 狙いは当然、カーラ姫! あぶな────。



 カァン!


「きゃ?!…………って、かぁん??」


 カァンって何よ?!

 確実に自分に飛んできたはずの吹き矢が、ドレスによって跳ね返された。



 …………ドレスで?



「ば、バカな!? ぼ、防御力上昇効果まであるだとぉぉお!!」


 練りに練られた計画があったがゆえの失敗。

 姫の当日の服装を予想し、それを抜ける武器を選んだはず……はずが!!!



「なんだ、なんなんだ、そのアーティファクトはぁぁぁあああああ!!」



※ 注:露店の指輪です ※



 ──ザンッ!!


 暗殺者の最期の言葉は、そこで断ち切れる。

 護衛騎士とビビアンの奮闘によってどうにか、暗殺者を撃退することに成功したのだが、


「た、助かりました…………。しかし、この者達は何者です? 帝国使節とは思えませんが──。そして、何やらよくわからないこと言っていましたね。なぜ助かったのでしょう?」


 さすがは一国の王女。

 顔こそ青ざめさせているが、気丈にも立ち上がる。


「わ、わかりませんが────……その、なんというか」

「どうしましたビビアン」


 チラリとカーラの指に目線を落とすと、


「その指輪に救われたような気がしなくもない気もしてるんですがしないような、なんつーの」

「………………すぐに、神官と鑑定士を呼びなさい。あと、」


「ハッ!」




 こうして、カーラ姫の非日常は過ぎていった…………。


 だが、これがのちに大事件に繋がるなど、露店の怪しげな青年こと──ゲイルは知る由もなかった。

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