第6話「貴族に売りつけよう!」

「いやー。商売って楽しいなー」


 ゲイルは今日も今日とて商品の呪具を担いで露店街に向かっていた。

 その足取りはウッキウキで軽い軽い。


「ま、欲を言えば、冒険者以外の人も買ってほしいかなー」


 先日はほとんど冒険者しか買ってくれなかったので、そこはちょっと悲しい。

 ゲイルの作る呪具のデザインはやはり一般受けしないのだろうか。


「今日は露店の場所を変えようかな。冒険者じゃなくて、もっとこう──流行の最先端を行くお貴族様の近くとか?」


 そう思い至ると悪い考えとは思えなくなってきた。

 貴族は裕福な人が多く、質実剛健な平民よりも余裕のあるファッションセンスを好むというのだから、彼らにゲイルの呪具のデザインがインテリアとして気に入られたら……それは、すなわちゲイルのセンスは流行の最先端ということだ。


「むふふふ……。お城のデザイナーとして呼ばれたりして」


 そんな妄想をしながら、商人ギルドにお金を払い、貴族街に近い露店を紹介してもらうと、さっそく呪具を並べ始めた。

 なんか、以前店を広げた場所には血走った目の冒険者がいたので、避けて正解だろう。

 ……なんだろ、あの冒険者たち?


 ま、それはさておき──。

「さぁ、今日も張り切って商売始めようかな!」


 そうして、お貴族様に買ってもらおうと、カッコいデザイン(本人談)の呪われた装備を並べていく。

 もちろん、すべてインテリア用だぞ?



※ ※ ※



「あーら、奇抜なアンティークざますね」

「いらっしゃいませ!」


 ゲイルが商品を並べ終わると、さっそく暇をもてあました「ザマス」口調のお貴族の奥様方が露店に足を運んでくれた。

 彼女らは下級の貴族だと言うが、ゲイル達からすれば雲の上のお人だ、粗相があってはならない。


 そして、お金持ちだということをみこしてお値段はちょっと強気にして見たが……。

 今回は、それが功を奏したようだ。


「このトカゲのランプ、変わってるけど面白いデザインざますねー」

「おお! 奥様お目が高いッッ! こちら、『呪いのカンテラ』でございます!」

(トカゲじゃなくて、バジリスクだけどね……)


「の、呪いざますか?! おぉ、恐ろしい」

「奥様、ここは自分が──」


 扇で口を覆って弱々しい女性をアピールする奥様の前に、護衛騎士が立ちはだかる。

 ズイッ!


「貴様、恐れ多くも高貴な方に呪われた品を売りつけるつもりか!」

「ひぇ! め、めめめ、滅相もございません──これはタダのインテリアでございます!」


「ふむ。インテリアとな……詳しく話してみよ」

「は、ははー!……こちら、装備をすると、少量の油で長時間の光源をもたらすとともに、【魅了チャーム】の効果をもたらします。そして、副効果にステータスが敏捷以外の1.1倍増加します……あと、呪われています」


「なにぃ!?」


 護衛騎士が剣を抜かんばかりにゲイルを威圧するが、平伏して許しを請うポーズ。


「貴様、我が主君に呪われとと申すか!!」

「め、めめめ、滅相もございません! 平に、平にご容赦をををを」


 こ、こえーよ、貴族!


「お待ちなさい」


 そこでパチンと扇を閉じた奥様が一歩進み出ると、

「その、【魅了チャーム】のランタン。買いましょう」

「へ? 呪いのカンテラですが……おっと、」


 げふんげふん。


「そ、そうです。【魅了チャーム】のランタンでございます。奥様に買われてこのランタンも幸福でありまするー」

「ほほ。そうであろうそうであろう……【魅了】──ゴクリ」


 ジュルリと涎を垂らす、お貴族の奥様。……なんに使うんだか。


「はは! コチラすでに奥様のものでございます! あ、これは万が一に備えての【解呪】の呪符です。どうぞお納めください!」

「うむうむ。セバスチャン──払っておきなさい」


 そう言うと、さっさと露店の奥に歩いていく奥様。

 何も言わないうちに護衛騎士が「呪いのカンテラ」を引き取り、地面に金貨を数枚ばら撒いた。


「ありがとうございます!!」


 うひょー。

 貴族の奥様はやっぱり太っ腹だわ。


 そんな調子でどんどん売れていく呪具。

 なかでも、やはり武器や装飾品は人気がある。


 それでも、冒険者と違って、呪いというところが信教的にひっかかるのか飛ぶように売れるというほどではない。

 だが、一つ一つの単価が高い!


「──おぉ、お目が高い。そちらは「呪われたブレスレット」でございます。全ステータスが1.8倍になる代わりに、呪われます」

 ……メイドに装着させるとかで売れた。【解呪】の呪符はもちろん10枚ほどオマケする。


「──なんと、そちらに気付かれましたか! こちらは「呪われたレイピア」でございます。攻撃力が2倍、敏捷が1.5倍になる代わりに、呪われます」

 ……護衛騎士に装備させるとかで売れた。なんでも、後日決闘があるらしい……俺は知らんぞ?

 【解呪】の呪符? もちろん10枚ほどオマケしました。


「──さすがでございます! そちらは「呪われた片眼鏡モノクル」ですね。全ステータスが1.6倍、【鑑定】の効果付きですが、呪われます」

 ……なんでも、老眼の酷い執事に買ってやるのだとか。いつも眼鏡をつけたまま寝ているらしく、解呪の必要はないと言っていたけど……。 

 もちろん【解呪】の呪符はつけましたよ? 10枚ばかり。


 ……それにしても、さすがは御貴族様。


 値段を高めに設定しているのだけど、勝手にそれ以上払っていくのが御貴族様。

 ただ、気になるのがセンス的にはんえ。あのね、そのね──最初滅茶苦茶忌避されているみたい……とほほ。


「うーん。売れるんだけど、やっぱ消耗品は冒険者くらいしか必要としてないみたいだな」


 基本的に戦闘中の消耗デバフアイテムである使い捨て呪具は全然売れない。

 かわりに、ゲイル製のオドロオドロしい見た目の装備品などがそれなりに売れるくらい。


 しかし、やはり宗教的なところもあって大手を振って買う人は少ないようだ。

 この辺は政治的に難しい貴族の立ち位置というのもあるのだろう。

 (教会と表立って対立したい貴族は少ないということ……)


 午前中はそれなりに盛況だったゲイルの露店も午後の昼下がりになると一気に閑散とし始めた。

 お貴族様の活動時間が冒険者たちと違うのだろうか?


「ま、そこそこ売れたからいいかな」


 だいぶ資金もたまってきた。

 そろそろ、この町を離れてもいいかもしれない。


 財布の中にピカピカと光る金貨や銀貨を見て顔をほころばせるゲイル。

 さすがにカッシュ達と顔を合わせかねない王都はなるべく早く離れたかったので、都合がいい。


 ……さて、それはさておき。


(そろそろ、売れないと諦めて店じまいするかな)

 ゲイルは人通りが少なくなってきたのを見計らうと店じまいの準備を始めた。


 よく見れば他の露店も店を片付け始めている。

 おそらく貴族街に近いこの辺は、店じまいも早いのだろう・


「……惜しむらくは、誰も俺のデザインの良さを理解してくれないということだよ。──悲しい」


 貴族様はみんな奇抜なデザインだと言っていた。

 つまり、素晴らしいと言ってくれた人は誰もいないのだ。


「やっぱ、俺のセンスって────」

「ねぇ? もう店しまっちゃうの?」


 一人涙をそっと吹いていたゲイルに話しかける声が一つ。


「ん? 買う?」


 貴族にしては地味な恰好の少女が一人。

 しかし、物腰がどうも平民のそれとは違う────。


(お忍びの高級貴族かな?)


 元Sランクパーティの能力をしたゲイルは、すぐに離れた位置で少女を見守っていると思しき女性を確認した。

 離れた位置に隠れているが、バレバレだ。


「そーねぇ。変わったデザインばかりだけど、なんかこー言うの私好きよ!」

「な……!」


 ニコリとほほ笑む少女の笑顔が可愛かったのもあるが、それ以上に────。


(お、俺のデザインが受けてる……くぅぅぅ)


 こんなに嬉しいことはない。


「あ、これ! 可愛いんだ~」

「お、それに目をつけるとは中々じゃないか」


 相手は貴族っぽいが、せっかくお忍びで来ているので、それにあわせてわざと砕けた口調で話すゲイル。

 何も、バレバレですよをアピールする必要もない。


「もう閉店するところだからね。お安くしとくよー」

「わ。本当?! 城を抜け出して──っと、家から財布を持ってき忘れちゃって手持ちが少ないんだ」


 テヘへ、と少女がかわいらしく舌を出して笑う。


 ……お、お城?

 ────いやー、ははは。ま、まさか、ね~。


「いいよいいよ。手持ちであるだけのお気持ち価格。他の常連には内緒だよ」


 褒めてくれた少女には出血大サービス。

 下手なウィンクをすると若干引かれたけど……。


 常連なんていないけど……。


 でも、自分の商品を褒められたらうれしいじゃないか。


「嬉しい! じゃあ、これね!!」


 パシリと、手を握りつつ、お金をゲイルに渡すと、少女は気に入ったという指輪を一つ持って、タッタッターと軽やかに走って行ってしまった。


「ありがとーまたねー!」

「おー! また買いに来てくれよ~」


 ブンブンと、手を振る少女。

 それをブンブンと同じく見送るゲイル。


「……貴様」


 ハラハラとしながら見守る女性護衛が一瞬だけゲイルと視線を合わせギロリとメンチを切った。

 しかし、殺気だけばら撒くとプイッッと踵を返していってしまった。


「な、なんだよ。何もしてね──────って、これ大金貨?!」


 手の中の塊がやけにでかいなと気付いてみてみれば、ピッカピカと輝く大きな金貨が一枚。

 おいおい……。こんな持ち歩いてたの?



 つーか……。



「………………あ、やっべ!! 効果説明し忘れた!! 【解呪】の呪符も渡してねぇええ!!」




 暢気にブンブンと手を振り返していたゲイルはハタと気づいたときはもう遅い。

 すでに、少女の姿はつかず離れずの距離を保つ女性護衛の背中に隠れて見えなかった。




 呪具を売ったというのに、その効果を説明し忘れるとは痛恨のミス!


「マズい! ど、どどどど、どうしよう」

 幸いにも、彼女が狩っていった呪具は、「呪いの記念指輪」という呪具で、ドギツイ呪いはかかっていない。

 効果もたいしたことがなくて、防御力が3倍、【即死耐性】をもっているだけ。

 ただし、呪われているので付けたら外せないけど……。



「ま、まぁ、今度見かけたら【解呪】の呪符をお詫びに渡そう……。それしかないよね」

 金持ちそうなので、神殿でいくらでも解呪できそうだけど、こういうのはアフターサービスが重要なのだ。




 それにしても────……。




「あの子、お城って言ってたような?」


 まさか、ね……??

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