真の眠りにつくから、    泣いた。

 その人はいつも泣いていた。悲しくて泣いていた。寂しくて泣いていた。友だちとうまく話せなくて、不甲斐なくて泣いていた。冥王星が惑星でなくなったと聞いて、悔しくて泣いていた。7×3が分からなくて、怖くて泣いていた。月があまりにも遠いから、虚しくて泣いていた。


 部屋の前に立っていた。旅立つ腹積りだったが、どの部屋に入ればいいのか分からなかった。どの部屋から自分の人生が始まるのか、分からなかった。

「この赤い札の扉だよ。ここから始まる。」

 その人にとっては、その一言で十分だった。

「初めまして。よろしく。」

 その人の心に、名前をもたない想いが生まれた。月の向こう側で、あなたを見た気がする。


 その人は駅に立っていた。家路につきたかったが、どの電車に乗ればいいのか分からなかった。どの線路が自分の人生なのか、分からなかった。

「赤いラベルのホームだよ。すぐに迎えが来る。」

 その人にとっては、その一言で十分だった。

「ありがとう。さようなら。」

 電車はすぐにやってきた。ふと思った。あなたはどこに帰るんだろう。月はあまりにも遠かった。


 はじめて、            泣いた。

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