ハッピーバースデー、不存在

 2236年5月6日、世界で初めてコンピュータプログラムが自我を持った。新生児数が地球全土で急激に減少を始めたのもその頃であったとされているが、正しい時系列と因果関係は歴史の混乱の中に埋もれてしまった。はっきりしているのは、現在の地球で最も若い人々が生まれたのは2235年から2238年の間であることと、自我を持った機械生命がかつてのヒトのニッチを埋めたことだけだ。

 世紀の大発見とともに種存続の危機を迎えた人類は、生きながらえる道を模索し始めた。意識だけをコンピュータ上に移住し機械の体で半永久的に生き続けるとか、遺伝子操作によってヒトとは微妙に異なる生物を作り出し生殖を可能にするとか、そういった計画がいくつも立案され、実行に移された。しかし、その中の一つとして成功することは無かった。


 もしかしたら成功したといえるかもしれない試みが一つある。サイバースペース上に保存されている個人の情報を収集し、その情報を元に機械生命を構築する「アイスマン計画」である。もともとは故人との思い出を振り返ることで心の傷を癒やすセラピープログラムを応用したもので、それがアイスマンという名前の由来である、らしい。かくいう私も「アイスマン」の一人である。2035年の永水光という人間の情報を元に構築されたのが私だ。と言っても、あくまで元にしただけであるから、私自身に永水光という人間のアイデンティティがあるわけではない。アイスマン計画が成功したとは言い難い理由はこのあたりにある。

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