第8話


「助かったよ。ありがとう、君は命の恩人だ」


 剣師ウオリアのお兄さんはそう言いながら、疲れた笑顔で、草むらに頭から突っ込んだぼくを引き起こしてくれた。


 うん、あれだ。ぼく格好悪い。

 でも仕方ないと思うんだ。

 絶命した後に、意識なく真っ直ぐ突っ込んでくる巨体。

 辛うじて直撃はかわしたけれど、風圧で、軽かったぼくの身体は宙を舞った。

 で、森の繁みに頭からダイヴしたわけ。

 せめてぼくの身体がもう少し重かったら、地面に踏ん張りが効いたかもしれない。


「俺の名はダウー。ダウー=エストだ。本当に助かった。

 それにしても――凄いな。その若さで、君は強力な魔術師エーテリストなのか」


 起き上がってから、情けなく顔中に刺さった棘を抜いているぼくに、ダウーさんは最敬礼の姿勢のまま、挨拶してくれる。

 こんなちんちくりん・・・・・・に対して、命の恩人とはいえ、かなり礼儀正しい。彼はきっと良いひとだ。


「いえ、とんでもない。頭を上げてください。たまたまですよ、たまたま」


 ぼくは顔の痛みを堪えながら、でも涙声は隠しきれずに、やはり情けない感じで答えてしまった。

 これが美女か美少女だったら、なんとしても平静を保っていただろう――そんなことないか。痛いものは痛いのだ。


「――あれ。槍師ランサの方は?」


 ふと、二人のうちのもうひとり、腰砕けてしまったお兄さんの姿が見えないことに気付く。

 もしや、巻き込まれて怪我でもしてしまったのだろうか?


「貴方のを探しに行っていたのよ。

 本当にありがとう。私もこのひとも、命拾いしたわ」


 ぼくらの話が聞こえていたのか、少し離れた繁みから姿を見せた、槍師のお兄さんとマリン。

 無事だったのか、と一安心したのも一瞬だった。

 あれ? お兄さん、随分声高くない?


「紹介しよう。彼女・・は俺の婚約者のターヤ=フルシネンヤだ」


 えええっ!

 お兄さんでなくて、お姉さんだったのか。

 ダウーさんと同じくらいの身長で、筋骨隆々な身体は、てっきり男性のものだと思っていた。

 というかこの世界、どうなっているんだ。

 前世のぼくが知っているような普通の・・・女性が、全くいないじゃないか!

 ――いや。いた。ぼくは脳裏に、年相応に小太りした、自分の母親の姿を思い浮かべてしまった――


「ぼくはクリウス=オルドカームといいます。お二人とも無事で良かった」


 内心の動揺を必死に圧し殺して、ぼくも二人に自己紹介をする。

 さすがに、これで驚いていては大変に失礼だ。

 今度ばかりは平静を装って(あまり自信はないけど)、ひとつ会釈する。

 二人は疲れを見せながらも、その表情には笑みを浮かべていた。



 ※



「じゃあ、クリウスはこれから王都に向かうのか」

「私たちもギルドに帰るから、丁度良かった。道案内するわ」

「ありがとうございます」


 ぼくたち三人はあのあと、飛竜フリイ・エルビスの首を取ってから出発した。

 勿論、可哀想に、亡くなってしまった阿は丁重に葬った。

 ほくが助太刀するのが、あと数分早ければ――とダウーさんに悔恨の思いを口にしたら、

『彼の叫び声がなければ、クリウスが助けにくることもなかった。可哀想だが、かれもまた、俺たちの命の恩人さ』

 なんて言っいた。彼はきっと良いひとだ。


 夕暮れのオレンジ色の中を進む、ぼくら三人と1頭。

 当初の予定では、もう王都についていたはず。

 今は三人と1頭は、みんな歩いて、王都への道を向かっている。

 でもそんな細かいことは気にしない。

 こうして三人は無事で、誰かの役に立ちたいという、ぼくの身勝手な願いは叶えられたのだから。


「クリウスは、明日から受験なのか」


 ふと、独り言のようにダウーさんが言う。

 そうですよ、とぼくは答えた。


 道中で話をしているなかで、色々な話をした。

 ぼくも彼らも、お互いが何者であるか知りたくなるのは当然だろう。

 聞けば、二人はなんと、ぼくが志望する大学校の現役生らしい。

 ダウーさんは六年生で、ターヤさんは五年生とのこと。

 無事に合格して入学できたならば、大先輩になるひとたちだった。

 当然ぼくはそのことを口にする。

 学生なんていう極めて厳格な縦社会(前世ではそうだった)において、先輩とコネクションができるのは、大変にありがたい。

 彼らが大学校でどんなポジションなのかはまだ分からないけれど、顔見知りがひとりもいないのと、少しでもいるのとでは、気の持ちようはだいぶ違うのだ。

 ――まあ、全ては受かればの話なんだけれど。


「後輩に命を助けられるなんて、私もまだまだね。もっと鍛練を積まないと」


 ターヤさんは段々と近付く王都に向かって、なにやら決意を独語していた。

 いや、全部聞こえていますけど。独り言は。


「クリウス。君はきっと合格する。俺は大した実力はないが、六年生だから、武術試験の試験官をしなきゃならないんだ。

 もし君の試験を俺が見ることになれば、イロを付けよう」


 ターヤさんの独り言に被せるように、ダウーさんが言った。

 筋肉だるまのこのカップルは、なかなかどうして、上手くやっているらしい。

 前世では、真実の愛とは程遠い、その場限りのお金による愛しか知らないぼくには、大変に羨ましい関係だ。


「ありがとうございます。ダウーさんがそこまで言ってくれるのは嬉しいです。

 ――でも、みんなの憧れの大学校ですから。裏口入学なんてしたくないので、付ける点数は普通でお願いします」


 ダウーさんの申し出は大変にありがたいことだった。

 受験に不安があるのは当然。少しでも点数が稼げるのならば、心強いことこの上ない。

 でもさ。

 そういう見返りが欲しくて、二人を助けたわけじゃないのだ。

 助けたいから助けた。

 少しでも、自分が『ありがとう』なんて言ってもらいたいから助けた。

 前世のように、強欲で、なんでも手に入る、ていう妄想は懲り懲りなんだ。

 だからぼくは、首を横に振って、その申し出を断った。


「――それでは、財も才もない俺では、君になんの恩返しもできない」

「恩返しを期待したわけではないので、気にしないでください」


 あらら、ダウーさんたら、深刻に落ち込んだ顔で俯いちゃった。

 まあ、会ってほんの少しの時間しか経っていないけど、このひとの為人ひととなりは見えた気がする。

 良い人を通り越してお人好しだ。

 村を出発する舞絵のぼくが、父に心配されていた以上に、人が好くて――騙されやすそうな性格だった。


「では、道案内と、宿探しと、お勧めの夕食を教えてくれませんか?」

「そんなもので良いのか?」

「ダウーさんたちが将来出世して、偉くなって、そのときでもぼくのことを覚えていてくれたのなら、恩返しされます」

「はい」


 このままでは話は堂々巡り。

 しかもダウーさんはまだ学生だから、ぼくの満足できる恩返しができないと考えている。

 いますぐが無理なんだったら、出世払いで、にした方が良いだろう。

 ぼくのことをずっと覚えていてくれるとは思えないけれど、もし将来、本当に恩返ししてくれたのなら。

 きっと、この上なく嬉しい。


「ところで、お二人はギルドに所属しているんですか?」


 ぼくは無理矢理に話題を変えた。

 まだ先のことになるけど、もし大学校に受かったのなら、入りたいと思っていた、ギルド。その話を訊こう。


 

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