第9話


 そう。そうなんだ。

 この世界にはギルドがある!

 もうね、ファンタジー世界の定番だよね、ギルド。

 屈強な男たちと、可憐な美女とが織り成す、血湧き肉踊る冒険活劇や。

 無一文の環境から、己を鍛え上げ、チートを使い、あれよあれよと偉大になる立身出世物語。

 ――まあ、ぼくは医者志望だから、あまり関係ないのだけれど。

 それに、理想フアンタジーと現実とは、少しばかり違う。


 まずこの世界のギルドは、前世で例えると、商工会? 職業安定所?

 うーん。あれか。人材派遣会社が一番しっくりくるか。

 あれだよあれ。まず会社に登録して、登録した会社から紹介を受けて働くタイプのもの。

 よく学生や専業主婦が、お小遣い欲しさに、気楽に暇なときだけ働けるてやつだ。

 受け持つのはほとんどが未経験オーケー、小学生でもできるような単純作業ばかり。

 もちろんその分時給は安くて、体力や知力よりも、忍耐力が要求されるような、そんな仕事が多い、人材派遣の会社。

 それがこの世界でのギルドだった。

 一応、長く働いて、依頼主からの評価が高ければ、指命依頼があったり、賃金も上がるらしい。

 ダウーさんによれば、ランクの高い登録者は、それだけで生計を立てられるくらいには、給料が貰えるそうだ。


 登録は誰でも15歳を過ぎればできる。

 面倒な試験や面接はなし。

 予めギルドの事業所の中に貼り出される依頼に、希望のものがあれば、受付で申し込みをする。

 抽選の結果、当選したならば、仕事の前日に掲示され告知され、晴れて仕事ができるというわけだ。

 

 ランクも存在し、AからFまである。

 ランクに応じて給金が変わり、AではなんとFに比べて三倍以上の報奨だ。

 一部依頼主の意向で、『Cランク以上限定』みたいなのもあるらしいけれど、ほとんど大部分は、ランクに関係なく同じ仕事ができる。

 同じ工場で同じ作業をしていて、片や新人Fランクの従業員と、片やベテランAランクの従業員ということもありうるわけだ。

 そりゃそうか?

 新人とベテランで給料が同じなんて、どちらからしても勤労意欲が湧かない。

『一生懸命やっても給料変わらないから、手を抜いてもいい』とか、『長く仕事しても新人と給料同じかよ』みたいな不満が噴出するだろう。

 

 ただやっぱり、今回のダウーさんたちのように、危険な仕事を斡旋されることだってある。

 彼らの話によれば、当初の依頼内容は『魔物モンスターの気配あり。四の山スー・ワンにて実態調査。要武装』というものだったらしい。

 魔物と言ってもピンからキリまで。でかい熊でも魔物といえば魔物。本当のエルビスでも魔物。

 しかも気配がするだけで、いるとは限らない。

 四の山に行って、様子を見て帰ってくるだけでも依頼は達成され、給金が支払われる。

 加えて報奨条件もかなり良かったようだ。

 そりゃ受けるよね、そんな依頼。

 ぼくだって受けるよ、たぶん。実情を知らなければ。

 実際にこの仕事は、ギルドの中でも大層な人気だったみたいで、競争倍率十数倍を抽選で勝ち取った。とのこと。

 で、あの始末だった。

 綺麗な薔薇には棘がある、てわけですね。

 まあぼくも、本当に入学できたとして、ギルドで小遣い稼ぎしたとして、『要武装』の依頼だけは気を付けよう。


 あとの問題は、ギルドの運営は国が担っているとのこと。

 つまりは、ギルドでの仕事は、半ば国からの仕事である。

 依頼主がギルド、つまり国の機関を通して依頼を出し、国に許可を受けている。

 魔物討伐から草むしりに至るまで、国益に関係のある仕事というわけだ。

 ――まあ、労働できない貧困層が増えれば、税金が取れないからね。どんな簡単なものでも斡旋するんだろう。

 そういう大義名分を掲げて仕事してるんだよ、というのは、登録者にとって大きいらしい。

 それのなにが問題か?

 現在このアカの国は、戦争中なのだ。それも何十年と長いこと。

 だから兵役がある。拒否できないやつ。

 しかもギルド登録者は全員がその対象だ。老若男女問わず。

 前線真っ只中か、後方支援部隊か、所属は勤務当日まで判らない。

 まあ、よぼよぼのお爺さんとか15歳の可憐な少女が、いきなり剣を握って敵を斬れ! なんて無理だろうから、多少の配慮はされるんだろうけれど。

 一応、女性と五十歳以上の老人は断ることもできる。

 ただそのときには、功績ポイントみたいなものがマイナスされる。

 そのポイントは非公開らしい。個人にランクは示されるけど、『あとどのくらい頑張れば昇給します!』というのは判らないのだ。

 徴発依頼は勿論『要武装』だけど、最低限の装備は貸与される。

 ランクに応じて、それなりに高い賃金も支給される。

 だけど、命のやり取りなんて、給料の高低ではやりきれないよね、普通。

 そして、そんなに頻発するわけではないけれど、何ヵ月かに一回くらいは、戦闘事態が発生する。

 ギルド登録者の若い男性は、その度に、前線配属にならないよう、女神ヴイナスに祈りを捧げるんだとか。



「うーん。大変なんですね、ギルドも」


 以上、ダウーさんからの説明終わり!

 興味があったので話を聞いていたら、すごい長かった。


「今回の依頼は特に、危険度の高いものだった。討伐の証を持っていけば、功績の向上には繋がるだろう」

「お給料は? 特別手当てとか貰えないんですか?」

「ないだろうな。そもそもの依頼内容が『調査』だったから、戦闘や討伐を想定したものではない」

「たぶんね、調査のついでに魔物まで倒した。『ありがとうございます』という言葉が、報奨よ」


 ダウーさんとターヤさんは、苦笑しながらぼくの問いに答えてくれた。

 つまりは、『要武装』て明記された依頼なんだから、それくらいは覚悟しとけ。と依頼主は言っているわけだ。

 前世の日本だったら、大クレームものだよ。下手したらマスコミが嗅ぎ付けて騒ぎになるくらいの問題だ。

 でも、いまのこの世界ではこれが普通。

 やっぱり理想フアンタジーと現実とでは、少しばかり違いがあるようだった。


「でも、今回の依頼は内容がはっきり判っていれば、そう大したものでもない。

 弓師アーテリ魔術師エーテリストが二人、俺たちに加えていれば、対処はできた」

「依頼は二名だけだったからね。それと知らなければ、調査だけだもの、まあ大丈夫だろうって――そういう気の緩みがあったわ」


 つまりは、競争倍率の高い楽そうな依頼に、たまたま婚約者同士が当選したから、デート気分で出発したんだろう。

 なんで二人連れなのにが1頭しかいないのか不思議だったんだけれど、合点がいった。

 二人乗りでイチャつきながら仕事を受けていたんだ。この筋肉だるまの二人組は。

 前世のぼくなら確実に叫んでいたね。『リア充爆発しろ』て。


「そんな顔をしないで、クリウス。私たちも充分反省したわ。これからは気を引き締めて仕事をする」


 あれ、ぼくったら、顔に出ていたかな。

 とにかく、真実の愛とやらは、ぼくにとってはまばゆく美しい憧れであると同時に、妬ましいものでもある。

 ――こんなぼくにも、真実の愛が訪れるのかなあ。家族愛抜きで、男女の本気の恋愛てやつ。




「さて。もう王都だ。まずはクリウスの宿探しか?」

「あ、先にギルドでいいですけど――宿て、遅くなると、受付閉まっちゃいます?」

「そんなことはないと思うが。念のため、早めに宿は確保しておいた方が良い」

「ギルドの近くに一軒あったわ。安宿だけど」

「じゃあそこで」


 王都までは、歩いてもう数分で着くだろう。

 日はとっくに暮れている。

 体力に自信はあったけど、なかなかどうして疲労は感じるものだ。

 まあ、この二人ほどではないけれど。


「お二人も疲れているでしょう? ぼくに構わず、早くギルドで用を済ませて、早く休んだ方が――」

「命の恩人がギルドに興味があるのに、道案内を買って出た私たちが案内しないんじゃ、あんまりでしょう?」

「クリウス。君は人が好すぎる。こういうときは、俺たちを使ってくれて良い。君は命の恩人なのだから、もっと厚かましくあれ」


 いや、ダウーさん。あなたに言われたくありませんよ、お人好しだなんて。


「――ではお言葉に甘えて。ご一緒させて下さい」


 ただこの場は、疲れている二人の相伴に預かろう。

 

 前世でないがしろにしてきた、一期一会の出会いというやつを、大切にしてみたいのだ。

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