第7話


 うん。鳥なんだよね、鳥。でえっかい鳥。

 全長5立寸リーチくらいの。

 あ、立寸てのは、この世界の長さの単位ね。1立寸は約1.5メートル。

 エルビスなんて大層な名前ついているけれど、ぼくにはどう頑張っても、大きな鳥にしか見えない。

 だってさ、翼があって羽が生えていて、全身に羽毛があって、おまけに嘴がある生き物なんて、鳥以外の何物でもなくない?

 そりゃあ前世でもいまの世界でも、本物の竜なんて見たことないけれど。

 それにしたって、あれはどうしても巨大な鳥だった。


「早く逃げないか!」


 あ、剣師ウオリアのお兄さんが怒っている。

 そりゃそうか。15歳は成人したばかりで、大人たちから見ると、どちらかといえばまだ保護の対象だ。

 おまけに同年代と比べても、かなり小柄なぼくは、場合によっては11~12歳に見えなくもない。

 それに対して二人のお兄さんは、20歳前後だろう。

 当然、彼らにとってのぼくは、平時ならば保護される立場に見えるはずだ。


 ただ残念ながら、二人の旗色は悪いようだ。

 それも当たり前、空を飛ぶ相手に、剣と槍ではどうあっても対抗できまい。

 どちらかは魔術師エーテリストとの兼業ダブルなのか、と思えば、そういう風でもない。

 もし本当にそうなら、さっさと剣やら槍やらの重たいものは置いといて、身軽になって戦おうとするだろう。

 せめて弓師アーテリがいれば戦いになるかもしれないが、装備を見るにそれも望みはなかった。

 いまの彼らの準備で飛竜フリイ・エルビスと戦おうなんてのは、例えるなら熊に素手で立ち向かうのと同じくらい、勝ち目がない。

 相当に運が悪かった、と諦めるレベルだろう。


 ただそれでも、二人が戦おうとしているのは何故か?

 ――ああ。槍師ランサの方は、戦おうとしているのでなく、足がすくんで動けないのだ。

 遠目ではあるけれど、彼の足ががくがくと震えているのが判る。

 剣師はその彼を護るべく、その場で剣を構えているのだ。

 

「ひいいいっ」


 もう一度、ぼくらの上空を飛竜が横切った。

 奴らも鳥らしく用心深い性質だから、突然現れたぼくを見て、品定めしているのだろう。すぐに襲い掛かっては来なかった。

 でも槍師はすっかり腰を抜かしてしまって、まるでか弱い女の子みたいな悲鳴を上げて、座り込んでしまった。

 すぐさま剣師が庇うように前へ出る。手は震えている。勝ち目なんて、彼らにはたぶんない。


 で、かれこれ三度目の飛竜の往復しなさだめの後、敵が向かってきたのはぼくの方だった。

 おいおい、向こうじゃないのかよ!


 まあその気持ちは分からなくもない。

 どうせ食べるのなら、筋ばった堅そうな肉より、柔らかそうな若い肉だ。

 加えるに始めの目標はすっかり怖じ気付いていて、しかもひとりは腰砕け。

 若い肉をさっさと始末してからでも、そう遠くまでは逃げられまい。

 ――ぼくがあいつなら、きっとそういう風に考えただろう。

 ぼくだって前世では、マトンよりもラムの方が好きだった。

 柔らかいし、変な臭みも少ないから。

 すぐに逃げ出しそうもない方は放っておいて、比較的元気そうなこちらを始末する。

 あいつがおんなじ人間同士ならば、多少は共感できるところもあっただろう。

 ただ、現実はそうではない。


「――それは、一挙両失てやつだ!」


 ぼくはすぐさま世界セカイに呼び掛けて、光の魔素エーテルを集める。

 光の魔法の良いところは、発動に時間がかからないこと。

 あと、射出してから命中までも、ほとんど一瞬なことだ。

 そりゃ、光だからね。文字通り『光の速さ』てわけだよ。

 一瞬にして魔素を集め終わったぼくは、大口開けている間抜け面目掛けて射出した。


光よライトニング!」


 ん? なんで飛竜は口なんて開けていたのか?

 そりゃ竜だから、必殺技のときには口を開けるよね?

 有り体にいえば、ドラゴンブレスてやつ?


 この世界では、ある程度の高い知能を持っていれば魔法が使える。

 ――もっとも、目の前の飛竜こいつがそんな賢いイメージはないけれど――

 だから、口を開けていたのだ。

 飛竜の使うブレスは、超音波みたいなのを発して、空気を振動させて、電子レンジみたいに瞬間的に目標の空間を温めるもの。

 範囲を結構限定できるらしく、頭部だけを狙って、パンっと爆発させたりできちゃうらしい。

 ただ、本当のことを云ってしまえば、この世界においては、魔法を使うときに手をかざしたり、口を開けたりする必要はない。

 呪文を唱える必要もない。ただ世界と通じて、強く念じるだけで良かったりする。


 なんでぼくが呪文をわざわざ唱えたか?

 いやいや、分かるでしょう、必殺技だからだよ。

 別に唱えてはいけないわけではないから、唱えた。その方が威力が上がる気がするし、なにせ、格好よくない?

 ――まあ、所詮は昭和生まれですからね、ぼく。

 飛竜あいてもきっとそうだ。口から怪光線なんて、やってみたい年頃なんだよ、たぶん。


 ぼくはそんなことを一瞬考えて、光の筋が飛竜の頭を貫いたところで、全力で横に駆け出した。

 マリンの手綱も離している。彼女もそれと判ると、すぐさまに僕と反対方向へ走った。


 相手は5立寸はある巨体。

 鳥だから見た目より身体は軽いのだろうけど、つい数瞬前まで、とんでもない速度でこちらに滑空していたのだ。

 慣性の法則からいって、急に止まったりはしない。

 あの大きさで、あの速度でぶつかったら、いくら相手が絶命しているといえ、大怪我は免れない。回避して当然だ。


 ふと、剣師と槍師の二人が巻き込まれたりしないか心配で、ちらりと様子を伺う――そこには、口を大きく開けた、間抜け面した姿があった。

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