第5話
「それにしても、マリン。お前って、本当にチョ〇ボだよね」
小休止を終えて進み出したとき、ぼくは独言した。
彼女は何ごとか解っていない様子で、こちらを振り向きもせず、黙々と歩いている。
いやね、この生物、本当にあの大人気RPGの、
色合いと鳴き声が違うだけで、全身を黄色く塗ったらまんまチ〇コボ。
もっと一生懸命訓練したら、海を渡ったり、空を飛べたりしないものだろうか。
――それはともかく。
いまぼくらは、大学校のある王都へと向かっている。
まあ正確には、大学校は王都からさらに海へ3
今日は日暮れまでに王都まで行く。大学校のある学園都市には、学生用の宿舎はあっても、旅人の泊まれるような場所はないらしい。
で、明日の朝早くに、受験のために大学校までまた出発するのだ。
ちなみに。
陸里というのは、この世界の距離を表す尺度。
正確に計ったことはなくて、実際に歩いた感覚だけになるけど、おおよそ1陸里=2キロメートルくらいだ。
前世でのマイルに近いかも?
いまいる場所から王都までは、およそ10陸里。
いまが昼過ぎだから、到着はどんなにゆっくりしていても夕暮れ前になるだろう。
ぼくは簡単な手書きの地図を見ながら、そんな風に見積もった。
王都に行くのは初めてじゃない。
父の仕事に付いていったことが三度ほどあった。
いま見ている地図も、最後に行ったとき――確か二年前だ――に作ったものだ。
勿論そのときは、学園都市には行っていない。用事がなかったんだもの。
見てみたい、とは言ったよ。
ただ当時の、頑固一徹、守銭奴な父は、絶対に連れていってくれなかった。
だから学園都市に行くのは初めて。
無事道に迷わず、受験の開始時間に間に合うかは、やや心配なところだ。
まあ、聞いた話だと、王都からの道中にはいくらかの川があるけど、ほとんど全部が舗装されている道で、そこを真っ直ぐ進めば学園都市には着くらしい。
なんとかなるだろうか。
「問題は、やっぱり受験なんだよねぇ。どんな感じなんだろ」
そう。大見栄きって村を出たものの、心配なのは受験内容だ。
幸いにして、通っていた学校にOBの教師がいた。
だから話を聞くことができたんだけど。
曰く、受験は三つ。
能力検査、実技試験、学力試験である。
それぞれの配点が何点で、何点取れば合格なのかは公表されていないから、どこに重きがあるのかも判らない。
全部満点取れるようならいいんだけど、そうもいくまい。
そしてそれぞれの内容だ。
OBの教師が言うには、能力検査は、そのひとが生まれもって与えられた
うん。ファンタジー世界の半ば定番だよね、ステータス。それが存在するんだって。
数値化されるのは、『力』『魔力』『知性』『精神』『適性職』。
簡単に説明すると――
『力』とは、筋力や武術の素質を合計したもの。
『魔力』は、個人が持ち得る
『知性』は文字通り頭の良さ。前世で言うところのIQのイメージだ。
『精神』が自制心とか理性とか、他のものに比べてなかなかピンと来ないけど、そんなニュアンスの数値。
『適性職』が、各能力の傾向から、そのひとに合うと思われる職業のこと。数値でなくそのものズバリ固有名詞で出る。
それは強制ではなくて、あくまでも参考レベルのものらしい。ここで『医者』が出ても、必ずしも医者になれるとは限らないのだ。
これが能力検査。
全て1~およそ100くらいで表される。
ここで計測されるステータスは、持って生まれたものである。
ステータスは成長することも退化することもない。それが常識だ。
だから、はっきり言って、こればかりは対策の取りようがなかった。
次に実技試験。
これは武術と魔法とがある。
武術は剣、槍、弓のうちどれかがランダムに選ばれて、対人戦形式で行われる。
話によると、自分では選べない。これも運。3つを満遍なく訓練しなければならないのだ。
ぼくはどれも扱えるようにしたけれど、得意なのは剣だ。剣で試験を受けられたら良いのだけれど。
魔法はもっと(説明するのが)簡単な試験だ。
教えてくれた教師は、学園都市の北端の海辺で、思いきり魔法を
で、その威力を計測するのが試験。
魔法を使えないひとはどうするんだろう。
普通に、世界の3分の1くらいのひとは、魔法が使えないんだよね。
ぼくは、なんとか人並み以上には、使えるとは思うんだけど。
そして一番の難関。最後に学力試験だ。
なにが難関て、どんな問題が出るか分からない。
この世界に赤本なんてないからね。
都会では家庭教師やらで教えてくれるのかもしれないけど、田舎の村の農民の子どもに分かるわけがない。
教えてくれた教師は『クリウスなら大丈夫』なんて無責任なことを言っていた。
いや、一応ね、地元の学校での成績は一番だったよ?
学んだのは数学、可学、歴史。それだけ。
国語? ないよ。必要なのは先史文明の遺産や文献を読むときくらいらしい。文字の読み書きは、学校に通う前に覚える。それは親の義務だ。
外国語? ないよ。この世界は大きな二つの国がある。けれど、使う言語は同じだから、外国語なんて概念はないのだ。あるとすればそれは、動物の話す言葉くらいだろう。
全国一律でどんな学校でも、同じ内容を教えている――らしい。
他の学校に行ったことがないから、
で、大学校の受験は、当時から――その教師が受けたのは20年前――変わっていなければ、出題されるのは3つの科目の応用問題だけ。
曰く、よくよく考えれば、普通に学校を卒業し成人する生徒なら誰でも解けるものばかりらしかった。
ただ制限時間に対して問題がやたらと多く、とてもでないが全問なんてまともに解答できない! と絶望するくらいに、まじで無茶苦茶だったようだ。
ぼくは生前の記憶があったから、数学と可学は得意だった。
世界が変わっても、『1+1=2』は変わりようがない。
『2-2=0』だし、『3×3=9』なのだ。
幼い他の子どもたちが九九を覚えるのに必死になっている頃、ぼくは余裕で他の勉強の予習をしていたね。
――ただこの世界、九九は
前世の記憶がある、というアドバンテージがなかったら、ぼくは落ちこぼれになってたんじゃないか?
まあそれは数学の話。
可学てどんな学問か?
まあ簡単に表現すると物理学と化学を足した感じ?
これにはすごく苦労した。
え、この世界は8歳で運動エネルギーがどうのとか教えるのかい! と驚いたものだ。
――ちょっと話が逸れました。
あとは歴史。
文字列の暗記には多少の自信があったんだよね、前世から。
それに加えて、子どもの脳は成長が早く容量が大きい。
教科書の内容なんか、ほとんど全部を暗記しましたよ?
それで解らない問題が出てきたら、やはり運が悪かったと諦めるしかない。
最後に、当時と変わっていなければ、変な問題が用意されているらしい。
その教師のときには、
『あなたはこの国の兵士です。あるとき、あなたの家族と、王国軍の上官が、別々な場所で人質になりました。あなたは片方だけを助けることができます。どちらを助けますか? 理由も述べなさい』
だったとのこと。アンケートみたいだ。
まあ普通に考えれば、冒頭で『この国の兵士』と条件付けられているのだから、助けるのは当然上司のはず。
満点の正解とはいえないかもだけれど、点数は貰えるだろう。
なんて答えたの? とぼくが訊いたら、教師は笑って、
『大きく
大体な、もし家族のいない奴がこの試験を受けていたらどうする? もし上官が
しかも途中の出題がたくさんありすぎて、最後のその問題のときにはゆっくり考えている時間もない。
だから、採点者の代わりに、俺が先に×と書いてやったんだ』
と教えてくれた。彼はかなりの変り者だろう。
ただ最後の問題とやらは要注意だ。配点がいくらあるかは全く分からない。分からないからこそ、確実に、少しでも得点に繋げていくのが肝要だ。
とまあ、学力試験はそんな感じらしい。
三教科が一緒の時間で、一気に行われる。出題数が半端なく多い。ペース配分や、解る問題と解らない問題の取捨選択の判断も重要だろう。
「うーん。考えれば考えるほど、緊張してきちゃったよ」
これら全ては明日からの三日間で実施される。
週の3・4・5の日に試験があり、週末6・7の日を明けて、すぐに結果発表だ。
人生でたった一度の機会。逃すわけにはいかないのだ。
――――え、そんなに大学校に入りたいのなら、父に頼んで浪人しろ?
いやいや。ぼくの志望する王立大学校は、受験機会が、人生で一度きり。15歳のときしかない。
入学してから留年はあるらしいけど、浪人は一切認められない。
この世界のこの国では、15歳から成人だ。
酒も飲めるし、結婚も出来るし、公の仕事にも就ける。
それと同時期に大学校の受験を行って、優秀な人材は
なんでそんなことをするかって?
分かるでしょ、この世界、ファンタジーなんだよ?
そんなの、戦争がしたいからに決まっているじゃない。
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