第4話 御伽噺
遠い遠い昔、世界は平和でした。
大きな争いはなくなって、世界中のいろんな人々が手に手を取り、歌い合い、躍り回って、平和を楽しんでいました。
遠い昔のそのときは、いまよりずっと
外へ出るときは、
また鳥でもないのに、自由に空を飛んで、この世界のどこへでも、すぐに行くことができました。
欲しいものはなんでも手に入ります。
畑仕事や山仕事なんて、辛いものはありませんでした。
遠い昔のそのときは、空気すら、人々の財産だったのです。
彼らは可学の担い手でした。
彼らは人々の幸福で平和な毎日のために、自分の大切な時間を費やして、働きました。
彼らは世界の人々から、それはそれは尊敬されて、崇められていたので、自分たちの仕事に誇りを持っていました。
彼らの新しい仕事の度に、人々は喜んで、彼らを激励しました。
国はありました。
でも、遠い昔のそのときは、争いなんてありませんでした。
新しい国へ行くときも、護衛の兵士とか、たくさんのお金とか、人質とか、なんにも要りませんでした。
必要なのは、あなたが何者であるかを知らしめる、
それだけで人々は、どんなところへも自由に行くことができました。
犯罪もありませんでした。
悪いことをしなくても、なんでも手に入るのですから、当然です。
手に入らないのは、ひとの心だけでしたが、直に、それも自由に手に入るようになったのでしょう。
遠い昔のそのときに生きていた人々は、その時代に生きていることを神様に感謝して、毎日祈りを捧げていました。
それはそれは、幸福な毎日でした。
でも、遠い昔のそのときは、何十億人もの人々がいました。
ほとんどの人々が平和で幸福でしたが、中には、大変に不幸せなひとたちもいました。
彼らは可学の恩恵に与らず、人種も思想も、世界の人々と違っていたので、
わけもなく殴られたり、酷い言葉を向けられたり、相手にされなかったり、まるで同じ人間ではないように扱われました。
遠い昔のあるときに、ほんの少しの不幸せな人々は、平和な世界に刃向かいました。
二人の
まず一人目の、炎の魔法使いは、上の世界に火を
灯けた火は、すぐに大きな火の玉になりました。
それはそれは大きくて狂暴な火の玉で、雲の遥か上まで真っ赤に染め上げて、高くて険しい山も平らにしてしまいました。
あんまりにも大きくて、中心から700
火の中にいた、なんにも知らない平和な人々は、自分の身体が燃えているのに気付く暇もなく、あっという間に骨も残らない消し炭になってしまいました。
この魔法使いが、
もう一人の魔法使いは、逆に、下の世界を
そのときできた氷はとても硬く、とても冷たくて、海という海を全て凍らせました。
見渡す限り、遥か300
あんまりにも冷たいものだから、空の上の雲まで凍って、地面に落ちてくるほどでした。
氷の中にいた、なんにも知らない幸福な人々は、自分の身体が凍っていくのも気付かず、あっという間に砕け散ってしまいました。
この魔法使いが、
二人の魔法使いは、あっという間に世界を滅ぼしました。
これが
でも、この二人に立ち向かうものがありました。
ルゥは上の世界の魔王と。バッズは下の世界の魔王と。それぞれ戦いました。
ルゥはよく戦いましたが、元々は自然の恵みを与える存在です。
戦いを戦うべく生まれた魔王には歯が立ちませんでした。
ルゥは最後の力を振り絞って、魔王の額に傷を付けました。
上の世界の魔王は、その傷が原因で、それ以降に戦うことはできなくなりました。
バッズは下の世界の魔王と、ほとんど互角に戦いました。
二人の戦いは激しく苛烈を極め、周りを気にする余裕もありませんでした。
バッズは勝ちましたが、彼の周りには、瓦礫だけが残っていました。
こうして大災害は、可学の栄えた文明をほとんど滅ぼして終わったのです。
残された僅かな人間たちは、それから千年を掛けて、また新しい世界を創りあげました。
そのうちのひとつが、いまわたしたちが生活している、
小休止をして、身体を芝生に投げ出しているうちに、ぼくは幼い頃から聴いていた、お伽噺の夢を見ていた。
このお噺の教訓はふたつ。
ひとつは、他人を虐めると、自分に
だから、思想や人種が違っても、みんなで仲良くしなきゃいけないよ。ということ。
もうひとつは。魔法使いには、絶対に関わるな、ということだった。
前世の記憶を持つぼくとしては、たぶんこのお話の真実は、巨大隕石の衝突かなんかじゃないかと思った。
北半球に衝突した隕石は、大爆発を起こして、文明を焼き払った。
舞い上がった塵や土砂が地表を覆い、直撃を免れた南半球には氷河期が訪れた。
そう考えるのが自然だろう。
――でもなんでか知らないけど。
このお噺を思い出す度に、脳裏にある光景が浮かぶんだ。
大きな山の火口の上で、くすくすと嗤う白髪の少女の姿と。
氷河の下で、真っ黒な瞳をギラつかせる青い髪の青年の姿が。
それがなにを意味しているのかは判らない。
でもぼくは、その光景を思い浮かべるとき、ぶるりと寒気を感じたものだった。
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