第14話 『触れ合うたびに、恋い焦がれる。』

 陽奈は早朝にワタルの部屋を出た。昨晩は眠れなかった。身体を求められたからではなく、純恵のことを考えていたら居ても立っても居られなかったからだ。


「また暫く、来ないかも」

「ネタができたらいつでも来るといいよ」


 ――もう、これっきりかもしれない。ワタルの部屋を出る際、陽奈はそんな予感を抱いていた。男の身体を求める意味がなくなってしまったから。好意のない相手から必要とされるのは優等生のときだけで良かった。


  †


「おかえりなさい、陽奈さん」


 純恵は寝間着のまま、玄関前で待っていた。廊下の欄干から街の朝焼けを眺めている。その横顔は儚くて、触れれば均衡が崩れてしまいそうな精緻さを秘めていた。陽奈は部屋に入る前に純恵に抱きつき、はずみで首筋に噛み付いた。独占したいし、されたいから。


 強く噛んで、跡を残す。純恵が甘ったるい喘ぎ声を漏らして、すぐさま口元を手で覆った。赤くなった耳元まで舌を這わせたところで純恵が玄関扉を開いて、陽奈を巻き込む。


 赤くなった耳たぶを噛む。扉が閉まり、純恵によって鍵がかけられる。密室。逃げられない。檻の中には獣が2匹。耳を貪られた純恵は呼吸を荒くしながら、陽奈の背中に両手を回してぎゅう、と思い切り力を込める。布越しに拍動の熱量が共有される。触れ合わせた下腹部はどろどろと燃え盛るマグマのようにとろけている。


「純恵ぇ……、好きだよ……っ」

「……はいっ。もっと、もっとください。わたしは貴方だけのものですからぁ……」


 作動を始めた感情の蒸気機関。

 くべる薪は唇を伝って流れるお互いの生温かい体液。


 2人は玄関で着衣越しに敏感になった花びらを撫で回した。その後、シャワールームで裸になってお互いの身体を指先でなぞりあった。時折陽奈が爪を立てて傷を付けると、純恵は下半身から伝う震えを肢体の隅々まで行き届かせた。


 好きだ、愛していると何度唱えただろう。

 何度上塗りしても、その甘言は色味を失わない。


 食事も摂らず半日を費やして、2人は溶けきった蜜を啜って、恋人の存在を全身の神経で味わった。その後、2人は陽奈の部屋のシングルベッドで横になって腕や足を絡ませた。


「陽奈は……、私のどこが好き?」

「可愛いところ、です。とりわけ、身体重ねたときは可愛すぎて、いじめたくなっちゃうんです。わたしの気持ちいいところを簡単に当てちゃうし、……その、達しそうになると、切羽詰まりながらたくさん『好き』って言ってくれるところ、とか」

「……あのさ、それじゃあ、あんたは私の身体があれば満足ってわけ?」

「そんなわけないじゃないですかっ。たまたま事後だったから……。というか、そもそも好きな人とじゃないと、こういうことしないから逆説的に好き、というか……。だから、」


 純恵は毛布に潜って、陽奈の胸に吸い付いた。乳房の先端を甘噛みされると、不可抗力で陽奈の声が漏れた。前歯の先の僅かにギザギザした部分が擦れ合う。


「だから、こんな風に噛んだり、吸い付いたりして、跡を付けるんです」

「ん……っ、答えに、あっ、なってないからぁ……」


 執拗な愛撫に陽奈が肩を上下させて荒げた。

 純恵は甘噛みをやめて、毛布から顔を出した。


「普段は周りに優しいのに、優等生なところも好きですし、わたしと一緒にいるときの緊張が解けきった感じも好きですし、セックスをするとき無防備にわたしを求めてくれるところも、全部好きですよ?」

「……ん、そっか」


 それが全てではなかった。だけど、今日からはもう、それが全てだ。


 小林陽奈は初めて『恋』を自覚する。肌を触れ合わせたときに生まれる熱が愛おしく感じられる瞬間、一緒にいられないときの胸が焦がれる感覚。陽奈にとっての初恋が定義された。


 だから、思い切って切り出してみた。



「明日。学校サボってデート、行かない? ……あんたともっと、恋人っぽいことしたいから」

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