第38話 消えた記憶

 島田を追いかけようと誠がドアに向かうその時、ドアをノックする音が聞こえた。ベルボーイか何かだろう。そう思いながら誠はそのまま扉を開いた。


「よう!」 


 かなめが立っている。いかにも当たり前とでも言うように。昨日のバーで見たようなどこかやさぐれたいつも通りのかなめだった。


「西園寺さん?」 


 視線がつい派手なアロハシャツの大きく開いた胸のほうに向かう。


「何だ?アタシじゃまずいのか?」 


 いつもの難癖をつけるような感じで誠をにらみつけてくる。気まぐれな彼女らしい態度に誠の顔にはつい笑顔が出ていた。


「別にそう言うわけじゃあ無いんですけど……」 


 誠は廊下へ出て周りを見渡した。同部屋のアメリアやカウラの姿は見えない。


「西園寺さんだけですか?」 


 明らかにその言葉に不機嫌になるかなめ。


「テメエ、アタシはカウラやアメリアのおまけじゃねえよ。連中は先に上で朝飯食ってるはずだ。アタシ等も行くぞ」 


 そう言うとかなめは振り向きもせずにエレベータルームに歩き出す。仕方なく誠も彼女に続く。


 廊下から見えるホテルの中庭がひろがっていた。それを見ながら黙って歩き続けるかなめの後ろををついていく。


「昨日はすいません」 


 きっと何かとんでもないことでもしている可能性がある。そう思ってとりあえず誠は謝ることにした。


「は?」 


 振り返って立ち止まったかなめの顔は誠の言いたいことが理解できないと言うような表情だった。


「きっと飲みすぎて何か……」


 そこまで誠が言うとかなめは静かに笑いを浮かべていた。そして首を横に振りながら誠の左肩に手を乗せる。 


「意外としっかりしてたじゃねえか。もしかして記憶飛んでるか?」 


 エレベータが到着する。かなめは誠の顔を見つめている。こう言う時に笑顔でも浮かべてくれれば気が楽になるのだが、かなめにはそんな芸当を期待できない。


「ええ、島田先輩が言うにはかなりぶっ飛んでたみたいで……」 


「ふうん……そうか……」 


 かなめが珍しく落ち込んだような顔をした。とりあえず彼女の前ではそれほど粗相をしていなかったことが分かり誠はほっとする。だが明らかにかなめは誠の記憶が飛んでいたことが残念だと言うように静かにうなだれる。


「まあ、いいか」 


 自分に言い聞かせるようにかなめは一人つぶやく。扉が開き、落ち着いた趣のある廊下が広がっている。かなめは知り尽くしているようにそのまま廊下を早足で歩いた。

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