32話:進路相談はディナーの最中に

「いっただきまーす!」

「いただきます」

「頂きます」


 リアーネさん、レナータちゃん、ギュンター卿、三者三様に頂きますをして、夕食を食べ始める。


 さすが貴族のお屋敷というか、想像通りのでっかい長テーブルの上には、えらい豪勢な料理がずらりと並ぶ。

 食欲のそそる香りを放つスープとか、大盛りに盛られたサラダの山とか、何かしらの魔物の丸焼きとか、えーっと何だっけ、カル……なんとかという料理とか、量も種類もとんでもない数で、家族3人分の食事とはとても思えなかった。


 俺は料理なんて食べる専門で全然詳しくないけど、ウチの使用人さんなんかが見たら目を輝かせてレシピを教わりに来るだろう、他国の食事とはこれほどまでに目新しく、食欲をそそるものなのかと感心すらしてしまうな……。


「んあむっ。あぐあぐ、むぐむぐ……! ゴクンッ!」

(その料理の八割ぐらいがリアーネさんの腹の中に入っていくのか……)


 レナータちゃんやギュンター卿が静かに食事を嗜む中、ただ一人リアーネさんだけは上品もクソもない、獣のように肉料理を貪り尽くす。

 凄まじく豪快な食いっぷり、まだマンティコアが肉を食べる姿の方が上品に見えてしまうほどである。

 不快ではないのだが、実に不思議だ、何故この人は貴族であるギュンター卿と夫婦になれたのだろうか?


「はぅ……、相変わらずワイルドで、美しい食事だハニー……」

「っんむぷ!? けほ、い、いきなり褒めるな! 嬉しいけど!」


 リアーネさんの食事風景に、ギュンター卿は怒るどころかウットリと見入っていた。

 彼がふと漏らした言葉にリアーネさんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている、でもどこか嬉しそうだ。

 今ので納得した、そういう嗜好なんですねギュンター卿……。


「んもー。二人とも……」


 そんなご両親のイチャつきは見飽きているのか、レナータちゃんは半ば呆れた様子だ。

 わかるわかる、俺ん家も父さんと母さんがラブラブしてるとそんな顔になるぞ。

 二人ともいい年なのに未だに熱いんだよなー、愛に年なんて関係ないのかもしれないけど、見てるこっちまで熱くなるよね。


 さて、レナータちゃんの家族団欒を眺めつつ、俺も今日の食事にありつくとしよう。


「ところでお父様、今日のティコのご飯なんだけど……」

「? どうしたのかい」

「あれって、お米……だよね? ティコは肉食だし、消化に悪いと思うんだけど、どうして?」


 そう、お米!

 より詳しく言えば、炊いたご飯にスープをぶっ掛けた、いわゆる「ねこまんま」ってやつだ!


「ふっ、これはだね。ユビキタス商会から仕入れてきた特別製のお米なんだ。なんでも、はるか極東の国ではネコ型の魔物にコレを与えているらしい。試供品という事で一食サービスしてもらったんだよ」

「なあんだ、そうだったんだ。ダグラスさんの所のお米なら安心だね」


 ギュンター卿はああ言っているが、これは嘘である。

 父さんが扱ってる商品にそんなお米は無いからだ。

 となるとコレは只のお米、正真正銘人間が食べるべき代物なのだが……。


(ありがとうございますギュンター卿……!)


 ギュンター卿は俺に気を使ってくれたのだ。

 このマンティコア生活も随分長く続き、その間の俺の食生活は肉、肉、肉、時々魚肉ケーキといった感じで、炭水化物抜きダイエットも真っ青のメニューばかり。

 そんな俺の食生活を心配してくれて、彼はこの真珠のごとき輝きを放つ、炭水化物の小山を恵んでくださったのである!


「がふっ、かふっ、ガツガツガツ……」

「ん、んなぁ?」

「おおーティコのやついい食いっぷりだな。俺も食いたくなってきた」


 もう無我夢中でがっつく。

 ああ……炭水化物最高!

 シャッピーやリアーネさんが注目していようが御構い無し、うんまぁぁい!

 というかここで米食ってないと真面目に病気するかもしれないからね!


 そんな感じで、夕食は(主にリアーネさんが)騒がしくも楽しく進んでいた。


「なあレナータ、ダーリンから聞いたんだけどよ。どうして魔法使いの国に行きたいんだ?」

「ん、ダグラスさんに会いたくて」

「ダグラスっつーと、ケイの子供の……。ああ、ティコの事か、お礼まだ言ってなかったのか?」

「うん、それもそうだし。聞きたい事もあるの」


 その内に食卓での会話が、今回の俺ん家訪問の話題になった。

 俺は緊張で少しだけ固まる。

 ううっ、そうだったよ……今晩中には対策を練っとかないといけないんだった、お米の美味しさですっかり忘れてしまってた。


「ダグラスさんに、ティコの病気が何だったのか、どうやって治したのか教えてもらいたいの。……その、もしまた病気になった時も大丈夫なように」

「ふーん……」


 流石に「ティコが傷つくのが怖くなって、その恐怖の原因を知るために」とは言いにくいらしい、レナータちゃんはまあ妥当な理由を話す。

 それを聞いたリアーネさんは、特に怪しんだ風でもなく、納得して興味を無くしたような感じだ。


「……で、レナータ。その後はどーするつもりだ?」

「え?」


 どうするつもり、とはどう言う事なのだろうか?

 リアーネさんのその言葉は、どうやらレナータちゃんにもよくわからなかったようで、彼女は首を傾げている。


「ダグラスに病気の事聞いて、そっからレナータはどうしたい? トムとベルが死んで、ティコだけ生き残ったお前は、この先どんな道を行くんだろうかってさ」

「ハニー、そんなはっきりと」

「ダーリン、コイツは大切な話だ。親として娘の進路はしっかり把握しておきてーしな」


 ……なるほど、そういう事か。

 目前に迫る俺の家訪問で気が回らなかったが、レナータちゃんとしては寧ろこっちの方が問題なのかもしれないな。


「この際だ、はっきり言うぞ。ティコしか従えてないお前は、3匹いた頃よりずーっと弱い。そんなんなってもオレみたいな魔物使いを目指すのか?」


 その言葉をリアーネさんがどんな意図で言ったのかは窺い知れない。

 現実がどんなに厳しくても自分に追いつこうとする覚悟があるのか、と問う様にも聞こえる。

 はたまた、自分と同じ道を歩むのはやめた方がいい、と警告しているようにも。


「それはっ……」


 リアーネさんの言葉をどう捉えたのかは分からないが、レナータちゃんは狼狽えている。

 レナータちゃんのかつての夢は、母親が優勝したビーストマスターズで自分も優勝すること。

 その夢の行きつく先は、母親と同じく強くて偉大な魔物使いになる事。


 しかし今のレナータちゃんは、ティコを失う恐怖で別の道を選ぼうとしている。

 相棒を傷つけない、安全な生活ができる将来を。


 では、俺ことダグラス・ユビキタスを訪ねて、病気の原因を聞いて、恐怖が薄らいだ彼女は果たしてどんな道を歩んでいくつもりなのか?


「…………」

「ハニー、確かに将来は大切だが、何も今すぐに決めるような事じゃないだろう?」

「……まぁ、その通りだけどよ。でもダーリン、学生時代なんてあっという間だぜ? はえーに越したことはねーよ」


 押し黙ってしまったレナータちゃんに、ギュンター卿からのフォローが入る。

 父親の言葉も、母親の言葉も、恐らくどちらも間違っていないのだろう。

 確かに将来自分が何になりたいかなんて直ぐには決められない、でも残った時間は意外と早く過ぎてしまう。


 少なくとも俺は、将来を深く考えずに、時間だけが過ぎて、軽々しく道を決めることだけは絶対にしてはいけなかったと思っている。


(……俺はそうやって、地獄に落ちたからな)


 せめてレナータちゃんは、自分の道をちゃんと決めてほしいな。


「お母様」

「おう」

「……お、怒らない?」

「怒るかい。手前の娘が決めた道なら、母親のオレは黙って応援してやらぁ」

「……もちろん父さんも怒らないよ。レナータが話せるなら、しっかり聞こう」


 リアーネさん男前すぎませんかね。

 その男らしさを俺の父さんに分けて欲しいぐらいである。

 レナータちゃんはとても言いづらそうに顔を俯いていたが……絞り出すように、話をつづけた。


「あの、ね。私、最近ちょっとおかしくなっちゃったの。前は平気だったのに、バトルをする時に、ティコが傷つくのが怖くなって……。そんなだから、ビーストマスターズも諦めようかなって思ってたの」

「……おう」


 レナータちゃんは素直に全部話すことにしたらしい。

 彼女の変調を、リアーネさんは不安がる様子もなく、静かに相槌を打つ。


「それで、ティコが危ない目に遭わないようなお仕事を探してたりしてたの、それなら怖い思いはしなくて済むから。でも、ずっと怖いままじゃ友達との約束も守れないままなんだって気づいて、怖いままなのはもう嫌で……。それでダグラスさんに相談しようって決めたの」


 だんだんと、レナータちゃんの声に力が込められていく。

今まで過ごしてきた日々を思い出していくうちに、自分が今どんな状態で、どんな風に進んでいきたいのかが明確になってきているような、そんな感じだ。

 

「今の私は、戦いたいのかそうじゃないのか、全然わかんなくなっちゃって。だから将来のことは、ダグラスさんに会って、それからちゃんと決めたいんだ」


 まだ、将来については決められない。

 それが、レナータちゃんが出せる精一杯の答えであった。


「よし、よく言った」

「話してくれてありがとう、レナータ。まだ決まっていない、というのも立派な答えだ」


 リアーネさんも、ギュンター卿もレナータちゃんの答えに満足している様だ。

 レナータちゃんの変調に怒るわけでもなく、戦いを避ける事を否定するわけでもなく、娘がどんな答えを出そうと二人は受け入れてくれたのだ。


「お母様、お父様……ありがとう」


 レナータちゃんは安心した様子だ。

 てっきり自分が叱られると思っていたのだろう。


(二人ともいい親じゃないか。よかったなぁレナータちゃん)


 側で聞いていた俺も、ちょっと感動する。

 俺もこんな風に、素直に親と話し合っていたら、少しは変わったのかもしれないな、そう思うとレナータちゃんがちょっと羨ましくも感じるのであった。


「ところでさ、さっきお前「危なくない仕事を探してた」って言ってたけど、どんな仕事見つけたんだ?」

「ふぇ?」

「いや深い訳はねーけどよ、ちょっち気になった」


 リアーネさんは先ほどの話の中にあった、危なくない仕事というものに食いついてきた。

 レナータちゃんが首を傾げているものの、どうやらほんとうに少し気になっただけらしい。

 まあリアーネさん戦ってばかりなんだろうしなぁ……あったばかりで失礼かもしれないけど、この人に戦う以外の仕事が務まりそうにはとても見えない。


 ああでも、危なくない仕事って職場体験に行ったあそこの事だよな――


「えっとね、ティコと一緒に、モンカフェで職場体験してみたんだ!」

「ぶっーー!?」

「!?」


 レナータちゃんがニャンちゃん家で職場体験したことを報告すると、ギュンター卿は驚愕の表情のまま固まってしまい、リアーネさんは思いっきり吹き出してしまった。


「ぶっ……あっはははははは!! も、も、モンカフェって、お前! ティコ連れてったの!?  客こねーだろそれ!」

「な、なんで笑うの!? それにお店も繁盛したもん!」

「繁盛したのかよ!? ひーっ、ひー、ああダメだ、ティコがモンカフェに鎮座してるって絵面だけで笑える! ぶっははははは!!!」

「むー! お母様ひどい! ティコだってネコちゃんと同じくらい可愛いじゃない!」

「いや、流石にねーわ!」

「お父さんも、モンカフェはどうかなって思うな……」

「そんなー!?」


 やっぱりマンティコアを愛玩用としてモンカフェに連れてくるのは、レナータちゃん家でも常識はずれなことだったらしい。

 リアーネさんの大爆笑にレナータちゃんはぷりぷり怒っているが、うん、まあ、こればっかりは俺もご両親に同意しちゃうなぁ……。


「ひー、ひーっ。ああ笑った、流石オレの娘だ、時々変なことやらかしやがる。」

「むー……そんなに笑うことないじゃない……」

「わりぃわりぃ。でもま――それ聞いて安心したわ」

「えっ?」

「ガフゥ?」


 ひとしきり笑った後に、リアーネさんはどこか満足そうな表情を見せた。

 レナータちゃんも、そしてオレもその顔に呆気を取られる。

 まるで、モンカフェで職場体験をした話が一番聞きたかった、そんな表情だったから……。


「――なんでもねーよ、話してくれてありがとな。んじゃ、ごっそさん! 今日はもう寝るわ、お休みダーリン、レナータ」

「あ、ああ、お休みハニー」

「え? は、はい、お休みなさいお母様……?」


 聞くだけ聞いて、リアーネさんは席を立って寝室へと向かっていった。

 いつの間にやらご飯を完食していたシャッピーも、彼女の後をついて行く。


「お母様……どうしたのかな?」

「ガフゥ……?」


 俺もレナータちゃんも首をかしげながら、その日の夕食は終わるのであった。




 そして、時間は更に進んで――夜となる。


「ふわぁぁ……。今日は、一段と疲れた気がする……ねー、ティコ」

「ガファァ……」(ふわぁぁ、確かに……)


 今日はもう遅いということで、このお屋敷で一晩過ごすこととなった。

 実のところレナータちゃんのお部屋にお邪魔するのは初めてで、普段ならもうちょっと緊張したりするものなのだが、疲労が溜まっている所為かそこまで気にならなかった。


 まさかリアーネさんの遊びでここまで疲れるとは。

 この後にギュンター卿と話し合うのに、意識がもってくれるかなぁ……と少し心配になってきた。


「それじゃっ、今日はもうお休みしよっか。おいでおいでー」

「ガフェ……」(ええ……)


 ぽむぽむ、とやっぱり自分のベッドを叩いて俺と寝ようとするレナータちゃん。

 勘弁してつかぁさい……というか毎日毎日俺と一緒に寝ようとしてくるよねほんと……。


「んっ」


 ぽむぽむ、と今日はいつにも増して俺をベッドに来させようとするレナータちゃん。

 いつもだったら愛用のソファで寝るのだけれど、ここは寮ではなくてレナータちゃんのお部屋だからそれが無い。

 代わりのベッドになりそうなものは何故か置いてないし、寝床になりそうなふかふかな場所は必然的にレナータちゃんのベッドしかなさそうだ。


(どうせ途中で抜け出さないといけないし……、一緒に寝た方が却って早く寝てくれるかなぁ)


 断じて、断じてやましい気持ちは無いとだけ言っておこう。

 レナータちゃんも折れてくれそうにないので、大人しく俺も彼女のベッドにお邪魔することにした。


「わーいっ、やっとこっちに来てくれたねティコー。うりうりー」

「ガファッ!?」


 で、ベッドで横になった途端に背中に抱き付いてからのうりうり攻撃である。

 ほわああああ柔らかみが! いい匂いが!

 いや着ぐるみ越しに何言ってるんだとか思われそうだけども、着ぐるみマンティコアくんの皮膚と俺の皮膚の感覚はリンクさせてるからね!? 

 ぶっちゃけ俺いま裸の状態で抱きつかれてるのと感覚的に変わんないからね!?


「ふふっ、明日たのしみだね。ダグラスさん、どんな人なのかなぁ」


 どうやら俺を抱き枕状態にして寝るつもりらしい、レナータちゃんは抱きついたまま、俺の背中で明日を楽しみにしている。

 夕食後にレナータちゃんは、ギュンター卿に俺の家を訪ねることについて相談していた。

 それに対してギュンター卿は、めっちゃ進めるくんの事も話して、明日にでも魔法使いの国に行けると言っていた。

 それはつまり、ギュンター卿は既に、俺とレナータちゃんが会うための準備を整えているということでもある。


(とはいえ、ちゃんと打ち合わせておかないといけないな)


 レナータちゃんを騙しとおすためには、俺もなにかしなければいけない筈だ。

 そのためにギュンター卿も耳打ちしてきたんだろうし。


「ダグラスさんに会ったらお礼を言って、お話して……。そうしたら、もう怖くなくなるのかな」

「……」


 ぎゅ、とレナータちゃんが俺をちょっとだけ強く抱きしめる。

 そこに居る俺は、今の俺には彼女の恐怖を晴らすような言葉は思いつきそうになかった。


「それにしても、お母様……あんなに笑うことないのに。……でも怒られなかったから、ちょっとだけ安心したな」

「ガフっ」


 まあ、あの二人ならレナータちゃんが考えた末の行動を怒ることは無いと思うけど。

 その代わりにリアーネさんに思いっきり笑われてしまったけれども。

 

「……もし、怖くなくなったら。また今までみたいに……お母様みたいな強い魔物使いになれるように頑張って……ビーストマスターズも優勝して……。それならきっと――


 俺相手に一人喋り続けていたからか、レナータちゃんはだんだんと眠気が強くなってきたようだ。

 この言葉を最後に、きっと眠りにつくだろう。

 だというのに――――



――――『お父様もお母様も、喜んでくれるよね』」


 どうして俺は、この言葉がどうしようもなく癪に障ったのだろうか?


「……ングルル」(――――)

「すぅ、すぅ……」


 幸いにも、かすかに発してしまった俺の唸り声はレナータちゃんに届かなかった。

 ……そろそろ、俺も部屋を抜け出すことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る