33話:秘密の作戦会議


 時刻は夜、みんながすっかり寝静まった頃、俺は全てが始まったあの部屋の前に立っていた。

 ベッドで眠るレナータちゃんには睡眠魔法でぐっすり眠ってもらったから、彼女にばれることだけは絶対にないだろう。

 幸いにもここに来るまで誰とも会わなかったし、これなら安心してギュンター卿と話し合えそうだ。


「ギュンター卿、入りますよ?」


 コンコン、と尻尾の先でドアをノックする。

 偽装生活のことを知っているギュンター卿相手でも、着ぐるみマンティコアくんは着ていくことにした。

 俺もすっかりこの姿に慣れてきてるし、何より脱いだら脱いだで抜け殻が誰かに見つかるのが怖いし。


「ダグラス君だね、入ってくれ」


 返事があったので、ドアノブに尻尾を巻きつけてドアを開ける。

 マンティコアのお手てだと無駄に力が入ってドアを壊しかねないからね、俺も何度爪とぎ用の板を粉砕したことか……。

 ドアを開けたらするりと四足歩行で部屋へ入り、椅子に座っているギュンター卿の前に行き、お座りの態勢をとった。


「…………」

「? ギュンター卿、何かありました?」

「ああいや、君のマンティコアとしての所作が余りにも自然だから呆気にとられただけだよ。……初めて見た時以上に、本当にティコが蘇ったのかと錯覚させられた」


 ギュンター卿が何とも言えない表情で俺を見つめていたのだが、そういう事か。

 まあそうだよね、話し合おうって言ってマンティコア姿のまま来られたら困惑するよね。


「ええ、まあ、慣れましたから……」

「……本当に申し訳ない」


 ちょっと疲れ気味に返す。

 ギュンター卿は非常に気まずい顔をして謝ってきた。

 どうやら彼は彼で俺に半ば強制的にマンティコア生活をさせてしまった事を気にかけていたようだ。


「冗談ですよ。まあ、レナータちゃんにバレないために、マンティコアっぽく動けるよう練習しましたからね。呆気にとられてくれたのなら寧ろ嬉しいくらいです」


 さっきの疲れた声も演技である、「まあ向こうもちょっとくらい申し訳なさを感じてくれてたらいいなー」ぐらいの悪戯みたいなものだ。 


 「そ、そうか。ところで、椅子に掛けたらどうだい? それに私の前くらいなら、その着ぐるみも脱いで構わないが……」


 ギュンター卿はそういって、自分の座る椅子の向かい側にある椅子を指さす。

 しかも、着ぐるみマンティコアくんを脱いでもいいとのこと。

 久しぶりに人の姿に戻れる、絶好の機会ではあるのだけど……。


「うーん。脱いでいいかもですけど他に誰か入ってきたら言い訳できませんし、遠慮しときます。特にリアーネさん辺りにばれたら最悪でしょう?」

「それもそうか……。――というか、ハニーに話していない事は気づいていたんだな」

「ギュンター卿の慌てた顔をみたらすぐにわかりましたよ」

「ははは、情けない所を見られてしまったな」


 ギュンター卿も話し合うために人払いくらいはやっているだろうが、万が一に備えて脱がないことにした。

 特に、この屋敷にはリアーネさんとシャッピーがいるのだ。

 物理的にも魔法的にもこのコンビを止めることは不可能、どんなに手を尽くしたとしても絶対に彼女たちが入ってくる可能性だけは排除できないからな。


「さて、ダグラス君。まずは改めて、お礼と謝罪をさせてもらいたい。よく今まで、ティコとして正体をばれずに生活してくれたこと。そのために大変な苦労をさせてしまった事、本当にありがとう」


 ギュンター卿は深々と頭を下げる。

 一人の人間に魔物として生活してもらうこと、しかもそれをなんの心構えもできないままにさせてしまったことに、ギュンター卿は並々ならない罪悪感も抱えていたらしい。


「リアーネに投げ飛ばされている君をみて、私も自分の考えが足りなかったことに気付かされた。この偽装生活においては、あの遊びですら日常茶飯事だっただろう」

「そんな、頭を下げなくても良いですよ。まあ確かに大変でしたけど、俺じゃなきゃとっくにバレてしまってたと思いますし」


 そう、はじめこそこの偽装生活は誰にでもできるなどと言っていたが、実のところそんなことはなかったのだ。

 特にう◯この時とか、◯ンチの時とか……クソみたいな欠陥が着ぐるみマンティコアくんにはあったわけだし、俺じゃなかったらきっと対応できなかっただろう。


「それにあの状況じゃ、交代なんてとてもできなかったですし」

「そう言ってくれると、私も少しは気が楽になるよ」


 本当に大変だけど、それでもなんとか偽装生活を乗り切ってこれたのだ。

 そして今も、大変な試練が目の前に迫っている。


「それではギュンター卿、聞かせてもらえますか。レナータちゃんが、魔法使いの国へ……ここにいる俺に会いにくる、その対策を」

「ああ、そうだな」


 レナータちゃんの俺ん家訪問。

 ギュンター卿が彼女にめっちゃ進めるくんの存在を話した今、彼女が魔法使いの国に来ることは確定事項だ。


 病気のティコをどうやって治したのか、その病気とは一体なんだったのか、そしてどうやってレナータちゃんは俺に会うのか。

 その全てを嘘で塗り固め、彼女を騙し通すための作戦、それはなんと。


「ダグラスくん、きみは伝説のマジックアイテムを作った、稀代の魔法使いになってもらいたい」

「……え?」


 なんだか、レナータちゃんの俺への株がまた爆上がりしてしまいそうな作戦だった。



 ギュンター卿の話す作戦とは、実に単純なものであった。

 俺は病気のティコを、伝説のマジックアイテムである「賢者の石」を使って治療したと言うことにするのである。



 賢者の石とは、万病を治す薬、魔法を極限にまで増幅する魔法触媒、不老不死の源とすらいわれ、魔法使いの国で古くから伝わる伝説の物質。

 実物を作り、真の効能を確かめた人間はただ一人、後に続いた過去数多の魔法使いたちはそれを作ることを目的とし、苦心し、賢者の石を求め続けた。


 あるものは永遠の命を求め、あるものはこの世の真理を知るため、あるものは大切な人を蘇らせるため。

 賢者の石はそれら全てを可能にすると言われているが……しかし、誰もが作成に失敗してきた物質だ。


 それも当然である、賢者の石とは名前だけが伝説として残っていて、作り方が何一つ残っていないのだから。

 それでも魔法使いが賢者の石を求めるのは、ただ一つ確か証拠として、実物が一つだけ存在するからだ。


 魔法使いの国を作った英雄「始まりの魔法使い、オロバス」。

 彼が作成した賢者の石は、彼自身が施した強力な封印の中で、本来は人の暮らすことはできない極寒の土地だった魔法使いの国に、四季をもたらす魔法を行使するよう使われ続けているのだ。



「賢者の石って……確かにアレなら、ティコがどんな病気でも治せたと思いますけど。ちょっと現実離れしすぎじゃないですか?」


 例えるなら、神様が急にやってきて奇跡を起こした、なんて所業に等しい。

 俺なんて一介の魔法使いが一生かけたって作れるわけがない、魔法使いの誰もがハッタリだと容易く看破できるだろう。


「それらしい難病が原因で、たまたま魔法使いの国にそれを治す薬草があった、みたいな理由の方が、バレないんじゃないでしょうか」

「いや、それだとダメなんだ。病名を言った時点で、レナータにはそれが嘘だと分かってしまうだろう」

「ど、どういうことですか」

「ティコの病気はあの子でさえ正体が分からない、全く未知の病気だった。それでもレナータはティコを救いたい一心で、あらゆる病気の可能性をしらみつぶしに探っていた。それを既に知られた病気だと伝えたところで納得できないだろう」

「……つまり、既存の病気だと嘘をついたところで、レナータちゃんにはそれが分かってしまうってことですか?」

「その通りだ」


 どうやら、レナータちゃんの優秀さが裏目に出てしまうらしい。

 ティコの死んだ原因は相変わらず未知のままで、適当に誤魔化そうにも病気にも詳しいレナータちゃんには通用しないとのこと。


「それに、君も魔物の事は専門外で話しにくいだろう? ならばいっそ、「病気は分からないまま、魔法使いの国の秘宝で強引に治した」とした方が、よっぽど話しやすいと思うのだが」

「まあ、それはそうですけど……」

「安心するといい、この私も他国の事には未だに詳しくないのだ。賢者の石の話も、君の父上に聞いて初めて知ったほど。レナータもマジックアイテムの事には疎いはずだ」


 なるほど、魔法使いなら誰でも見破られる嘘だとしても魔物使いには見破られない、そういうことか。

 まあマジックアイテムの話なら俺はモリモリ話せる、レナータちゃんには真偽は一切分からないなら、なんとか誤魔化せそうだ。


「上手い事誤魔化せる自信が出てきました。けど……」

「?」

「その、俺がレナータちゃんと会ってる間、ティコは誰がやるんですか?」


 病気の事はそれでいいとして、もう一つ大きな問題がある。

 俺がダグラス・ユビキタスという人間としてレナータちゃんに会うなら、マンティコアのティコは一体どうするつもりなのか。

 

「ああ、代役については心配する必要はないよ。ケイさんにもこの件については既に話を通してあってね、なんでもアテがあるらしい」

「父さんの方でアテがある……?」

「君の家に着いた時にレナータと君を一度引き離すから、その間に入れ替わればいいとのことだ」

「入れ替わるって、いったい誰と?」

「私も聞いてみたのだが、よくわからないんだ。詳しく話せなくて済まない」


 どうにも怪しいな……。

 父さんの知り合いはとても多いけど、マンティコアをやってた人なんて居るはずがないと思うんだけどな。

 まあ、父さんも偽装生活の真実を知ってる一人だし、今回の事でなにかしらの考えはあるに違いない。

 ギュンター卿にもよくわからないというのが気ががりだが、とりあえず期待はしておこう。


「いえ、ギュンター卿でも分からないのでしたら仕方ないですよ」

「重ね重ね、本当にすまない。――以上で、対策は全てだ」


 ふむふむ、となると俺は「賢者の石を使ってティコをどう治したのか」をレナータちゃんに話せば良いということか、簡単簡単。

 そのほかの細々としたことは、ギュンター卿と父さんが手回し済みとなれば怖いものは無い。

 流石ギュンター卿である、俺が絶体絶命だと思っていた事態も、こんなにあっさりと解決策を提示してくれるとは。


「ありがとうございます。なんとか乗り切れそうです」

「無茶をお願いしているのは私の方だからな。これぐらいは力になるさ」


 お互いに笑顔でうなずき合う。

 これで明日の準備は十分、あとは部屋に戻って寝るだけなのだが……。


「あの、ギュンター卿。少しいいですか?」

「どうした? 他に何か分からないことでも?」

「ああいえ、対策とは別の話なんですけど――


 実はひとつだけ、個人的にギュンター卿に聞きたいことがある。

 今回の話とは全然関係ない、ただ俺が興味があったから聞きたい、それだけの話なのだが。


――ギュンター卿は、レナータちゃんにどんな将来を歩んでほしいとか、そういう願望ってあるのかなって」

「……? それはどういう意味かな」

「ああいや、単純な興味ですよ! ほら、夕食の時の、レナータちゃんが将来何になりたいかって話で、父親のギュンター卿はどう思って聞いてたのかなーなんて、気になっちゃいまして……」

「ふむ……」


 上手く言葉が思いつかなくて少しどもる。

 自分でも、どうして興味を持ったのかよく分かってないから、上手く尋ねることができない。

 だがそれでもギュンター卿は、俺の質問に少しだけ考えてから答えてくれた。


「……そうだな。私は、魔物使いとしては不出来な人間でね、若いころは随分苦労をした。幸いにも娘には類稀なる才能がある、私のような肩身の狭い思いはしてほしくない――と、親としてはそう思ってしまうな」

「それは……リアーネさんみたいな、強い魔物使いになって欲しいって意味ですか?」

「ハニーみたいな魔物使いは流石に無理だろうが、まあ似たようなものか。強くて優秀な魔物使いは、国中の誰からも尊敬される存在だからな」


 ギュンター卿が言ったその言葉で、俺の中にある何かが「かちり」とはまった。

 つい先ほどのレナータちゃんが寝付く寸前に放った言葉に、妙にイラついた原因がはっきりと分かった。


「とはいえこれは私の願望であって、それ程重要ではないとも思っている。真に大切なのは、レナータが本当になりたいものになる事だ。私はその選択がどうであれ、心から祝福するつもりだ。――――こんなところだが、満足かな?」

「……ありがとうございます。話が聞けて、本当に良かったです」

 

 そしてギュンター卿が最後に放った言葉で、安心感を覚える。

 ギュンター卿が本心からそういうのなら、きっと、大丈夫だ。


「それじゃあギュンター卿、おやすみなさい。明日もお世話になります」

「ああ、おやすみ」


 こうして俺とギュンター卿は会議を終え、それぞれの部屋へと戻っていく。

 不安でいっぱいだった俺の胸の内には、もはや不安はない。


(さて俺も考えなきゃな。賢者の石の話と、それからもうひとつ――――)


 明日に備え、俺は話の内容を考えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る