31話:超次元たかいたかい

「あー、それにしても今日はストレス溜まったぜー。オーガ共も数が多いだけで全然つまんなかったしよー。とゆーワケでレナータ、もうちっとティコに触らせてー」

「だーめー! ティコは病み上がりなの! お母様がモフモフしたらまた調子わるムギュ」

「細かい事は気にすんなよーそれでもオレの娘かー? ほーれ一緒にうりうりー」

「ガワワワワ……!」

「むぐぐぐぐ……!」


 どうやらまだ俺をモフり足りなかったらしいリアーネさん。

 抗議するレナータちゃんを無視するどころか、俺諸共抱き込んで頬ずりを再開するのであった。

 あわわわわ、力強いけど凄い良い匂いが、というか恥ずかしいんですけど……。


「あーこのザワザワした毛並みも久しぶりだなー。そうだ、久しぶりついでにちょっと遊ぼうぜ!」

「ガフ?」


 俺を好きなだけモフってもまだ足りないのか、リアーネさんはそんなことを言ってきた。

 ええと、遊ぶくらい別にいいんですけど、先にレナータちゃんが俺の家に来た時の対策を練りたいなーって……意見は出来ませんよね俺マンティコアですから。

 このようにリアーネさんの俺への扱いは、まさにペット感覚。

 やはり彼女は、ティコの中身が俺だということを知らないようだ。


「ハニー、待ってくれ。ティコは少し前まで病気だったから、激しい運動とかは止めた方が良いと思うんだ」


 そこにギュンター卿は待ったをかける。

 今はレナータちゃんが偽装生活の真実に近づきつつある緊急事態、ギュンター卿も早急に対策を取るべきだと考えているのだろう。

 俺も早くこの場をやり過ごして、ギュンター卿と一対一で話し合う場に持っていきたいところ。


「ぷっ、あっははは! ダーリンってば相変わらず才能ないな! 健康状態なんてオレにかかればすぐ分かるぞ。毛並みに艶はあるし、目も死んでない。ティコはもう回復してるって」

「さ、才能ない…………」

「全くダーリンは心配性だな! わかったって、絶対怪我させねーように遊ぶからさ! レナータもいいだろ?」

「う、うん……。でもホントに危なくない様に遊んでね?」

「わーってるって!」


 ……うん、ダメみたいですね。

 着ぐるみマンティコの完成度の高さが却って仇になってしまったらしい、世界最強の人間且つ魔物使いのリアーネさんでも、ティコは健康そのものに見えるようだ。

 非常に微妙な気持ちである、偽装は完璧なのが分かって嬉しいような悲しいような……。


 結局、俺は半ば無理やり外にあるお庭に連れ出されたのであった。

 あとギュンター卿、家庭内では発言権がえらく低いんですね……。



 そんなわけで、レナータちゃん一家と俺は広いお庭に移動する。

 流石に学校の広場程ではないが、それでも魔物達が不自由なく遊びまわれるくらい大きなお庭である。

 そして、俺はリアーネさんと一対一で向き合っていた。

 遊ぶだけだというのに、なぜかレナータちゃんやギュンター卿は庭の隅にいるのが少し気になるけど。


 でまあその遊びの一環として、俺はこう言われた。


「よし、ティコ! いつもみたいに殴りかかってこい!」

「ゴガフッ!?」(何言ってんですか!?)


 うん、どうしてそれが遊びなのだろうか。

 しかもいつもみたいに、って、ティコお前いっつもリアーネさんに襲いかかってたの?


「しかも今日はサービスだ。ダーリンに言った通りオレはお前に一切反撃しない」

「チャンスだよティコー! 今日こそお母様に重いの打ち込んじゃってー! 」


 たしかにそれは俺が怪我しないけど、リアーネさんが危ないですよね!?

 レナータちゃんはお母さんの心配どころか俺を応援している始末、どうなってるんだこの家族は!?


「ガ、ガフゥ?」(どうしよう?)


 ほんとにリアーネさんを殴らなければいけないのか?

 冗談だろうか、いや、マンティコアに冗談を言う人間もいないだろうし。

 これが、世界最強の人間による魔物へのコミュニケーション術……なのか?

 チラリ、と横目でギュンター卿の顔色を伺う。


「ハハハハハ……才能ないかぁ……」

(落ち込んでる場合じゃないですよー!?)


 だめだ、思った以上に精神的ダメージを受けてらっしゃる。

 才能がないと言われたのがそんなに堪えたのか……。

 いやでも早く復活してほしい、このままだと俺あなたの奥さんにパンチしなくちゃいけないんですよ!?


「おいおいどうしたよ、もしかしてビビってんのか?」


 不敵に笑うリアーネさんには、恐れるどころか挑発してくるし……。

 この家ではマンティコアが襲いかかってくるくらい普通の事なのかもしれない、そんな気さえするほどの堂々とした佇まいである。

 ええい、もたもたしてると逆に怪しまれる! ほ、ほんとにやっちゃいますよギュンター卿!?


(とりあえず出力を半分くらいで、猫パンチを――)


 右手の魔法陣に魔力を流す。

 むくり、と筋肉結界がむくれ上がり、隆起する。

 外見からは力を込めている様に見えるだろう、事実、今から放つこの猫パンチにはマンティコアが放つそれと遜色ない破壊力が秘められている。


 本来なら半分程度の出力でさえ、人に耐えられるはずがない。

 ……だが、相手は世界最強、いかに無抵抗とはいえ少しくらい力を出さないと怪しまれるかも、そう判断する。


「ガオオォッ!!」


 後ろ足で地面を抉りながら、リアーネさんの懐へ飛び込んでいく。

 骨格すらマンティコアと同じになっているので、踏み込む力は人を大きく超え、太い前足は尋常じゃない重さを伴った一撃と化している。

 こんなパンチを彼女は一体どうするつもりなんだ?

 疑問とともに俺の腕は振り下ろされる。


「よっ、ほ」

(――あれ、どこに)


 リアーネさんの姿が消えた。

 受け止めるか、もしくは避けるかはするだろうと予想していた、しかし彼女の姿は霞の様に消え失せて。


 トンっ、と腹を軽く押された感触とともに、俺の視界から地面が急速に遠ざかっていった。


「――ガフ?」


 え、俺、飛んでる?

 腕を振り下ろしたままの姿勢で、どうやら俺は空を飛んでいるらしい。

 高さにして5メートルぐらいか、側から見ればさぞかし間抜けな姿に見えるんだろうなー、とか、翼を動かしてないのにどうして飛んでるんだろー、そんな感じで二、三秒ほど現実逃避。


(っは!? 待って待って、何がどうなってんだ!? パンチして、それがどうしてこうなった!?)


 意識が現実に帰ってくるも、身体はそれに追いついてくれない。

 両翼をジタバタさせても思うように浮力が得られないし、まさにパニック状態というやつだ。


「あっはははは! 飛ぶ飛ぶ! 相変わらずティコは軽いなあ!」


 必死すぎてもうどっちに地面があるか判断がつかない中、リアーネさんの大笑いが聞こえる。

 や、やっぱり投げ飛ばしたのか!? いやでもどうやって!?

 というか怪我させないって言ってたけどこれ地面に落ちたら普通に大怪我しますよね!?


「ンナァ」


 激突の危機に怯える俺であったが、予想に反して、ボフンという音とともにフカフカの地面へ突っ込むことになった。

 やけに白くてモフモフな……って、この声!? この大きさは!?


「ガファ、アワワワワ……!?」

(やばばばキャスパリーグの上に乗っかっちゃってるよ!? まま魔法が全部消滅しちゃうんじゃ!?)


 リアーネさんの相棒、キャスパリーグのシャッピーの体に突っ込んだらしい俺は、着ぐるみマンティコアに仕込まれた魔法陣が使い物にならなくなる可能性に血の気が引いた。

 キャスパリーグの恐るべき能力、ありとあらゆる魔法を無力化してしまう力は伝説として広く語られているのである。


 だが、予想に反して着ぐるみマンティコアくんがただの布切れになってしまうことは無かった。


(……も、もしかして、魔法陣ならセーフとか? それか、体に直接触れなかったら魔法が解けることもない、のか?)


 恐る恐る自分の身体を確認してみるが、異常は見当たらない。

 よ、よかった、こんな不慮の事故で正体がばれなくて……。


「ハムっ」

「ンファッ!?」


 ホッと一息ついたのも束の間、今度はシャッピーが首の後ろに噛み付いてきた。

 何!? 何!? ひょっとして怒ってるの!?


「フム、フム……」

「…………ガフ?」


 俺をくわえたまま、シャッピーはえっちらおっちらと歩いていく。

 俺は口からぶらん、とまるで子猫の様に運ばれているのであった。


「ありがとなシャッピー」

「ナァォ」


 そのままリアーネさんの目の前まで連れて行かれて、優しく地面に降ろされた。

 どうやら、投げ飛ばされた俺を助けてくれただけのようだった。

 ま、紛らわしいというか、ヒヤヒヤするというか……。


「楽しかったろティコ? さあもう一回! 」


 嘘だろおい今の一連の動きが遊びなんですか!?


「どしたー? ちっちゃい頃から好きだったろ? たかいたかい」

「ガフンガフン!」(俺の知るたかいたかいじゃない!)


 ああティコよ、お前ほんとに家じゃこんなスリリングな遊びばっかりやってたの?

 俺としてはも訳もわからないまま投げ飛ばされるなんて金輪際ごめんなんですけど……。


「……? ティコ、調子が悪いのかな。いつもならお母様に10回以上は飛びかかっていくのに」


 金輪際ごめんなんですけど、レナータちゃんにああ疑われたらやるしかないじゃないですかー! やだー!


 ――その後30分程度、このスリリングな遊びは続く。

 半分の出力どころか全力全開、マンティコアパワーマックスの猫パンチを繰り出すものの、その全ては空振りに終わる。

 力を込めた分リアーネさんに高く高く投げ飛ばされては、シャッピーの上に着地、そして優しく運ばれることになるのであった……。



「ハッ、ハッ、ハッ……」


 すっかりクタクタになってしまった俺は、お庭の隅でべったりと寝そべっている。

 今回、ただ実家に帰るだけだったのに、どうしてこんなに疲労しているのだろうか、はぁ……。

 まあ、世界最強の人間というものに少し興味があったから、空へ飛ばされながら観察くらいはしてみたけど。


 結論から言うと、やっぱり俺はリアーネさんに投げ飛ばされていた。

 殴りかかる時に彼女の姿がフッと消えるのは、信じられない速度で俺の下へ潜り込んでいるから、そして勢いをそのまま利用してポーンと投げているようだ。

 口で言うのは簡単だけど実際そんな簡単に出来るもんじゃないし、そもそも勢いだけでマンティコアの体が宙に浮くなんてありえない。


 あり得ないのだが、どうやらリアーネさんはエリーちゃん以上の超怪力でそれを実行しているらしい。

 俺が毎回違う方向から殴りかかっても、必ずシャッピーのいるところに向かって放り投げてくる抜群のコントロールも併せ持って、だ。

 こんな滅茶苦茶な遊びにも関わらず、当初の宣言通り俺の体はどこも異常がないというのだから、ますますあり得ないとしか言い様がなかった。


(あれを遊びって……。ひょっとして、ティコが本気で殺しにかかっても遊びにしかならない、の間違いなんじゃないか?)


 戦闘は専門外でも、マジックアイテムを創る人間として着ぐるみマンティコアの作成に手を抜いた覚えはない。

 ことマンティコアの再現においては、完璧といっていい。

 これを着てネコパンチを放てば、それはマンティコアの一撃と寸分違わないモノが繰り出せる、そう造ってある筈なのに通用しなかった。


 魔獣マンティコアのパンチを軽く躱せる俊敏性と超怪力、これが世界最強の人間なのか……。


「ねえ、お母様から見てティコの調子ってどんな感じ?」

「んー……どうだろ、『なまってる』のかなぁ? 力とか動きは普通なんだけど、なーんか微妙?」

「もうっ、お母様ったらいつもいつも微妙って言うんだから。そりゃあお母様はティコの爪でも傷一つつかないけど……」

「あ、いや確かにそうだけどそうじゃねえっていうか。なーんか、違う気がすんだよなー。手を抜かれてるよーな……」


 更に追記、本当は防御力も凄まじいらしい。

 どんな皮膚してるんだよこの人、本当に俺と同じ人間なのか?


 ……リアーネさん、聞けば聞くほど強さの底が知れない人ってことが分かるなぁ。

 まあ、遊びでどのくらい強いかなんて全部わかるわけでもないか。


「ハニー、ティコも疲れているし、レナータも帰ってきたばかりだ。そろそろ夕食にしよう」


 一息ついていると、ようやく復活したらしいギュンター卿はそう提案してきた。

 ギュンター卿の言う通り俺も疲れたし、丁度お腹も空いてきたから有り難い。

 問題はリアーネさんが同意してくれるかどうかなんだけど……。


「飯!? たべるたべる! いやっほー!」


 心配する必要が全然ありませんでした。

 ドップラー効果で声質が変わりながら、リアーネさんは一瞬のうちに屋敷へ突撃、それはもう見事な即決であった。


 ああ良かった、無事リアーネさんにも俺の正体がバレずに済んだ。


「ほら、レナータも。今日は久し振りに家族そろってご飯を食べよう」

「はーい。ティコ、行こう!」


 ギュンター卿にそう促されて、レナータちゃんも屋敷の中へ入っていく。

 彼女が先に行く中、ギュンター卿は俺にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。


「ダグラスくん、帰ってきて早々に大変な目に合わせてしまってすまない。例の件だが……今日の夜、皆が寝静まってから、地下室前の広間で落ち合おう」

「……! わかりました」


 どうやら、具体的な対策を話し合うのは夜に行うようだ。

 今日はだいぶ疲れたけど、もうちょっと踏ん張らなければいけないな。

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