30話:奥様は世界最強
「ねえティコ。お父様なら、ダグラスさんに会う方法知ってると思うよね?」
檻の中で蹲っている俺にレナータちゃんが話しかけてくる。
檻に入れられていることから察してもらえるだろうが、俺たちは絶賛、レナータちゃんの実家……ギュンター卿のお屋敷へと馬車で向かっている最中である。
レナータちゃんは何時もの癖で、檻に入っている俺に話しかけてきた。
言葉が通じないのに話しかけてくる彼女に最初は辟易していたけど、今となっては俺も慣れたもの、適当に相槌を打っておく。
まあレナータちゃん的には、ティコが檻に入れられてストレスが溜まらないように気を使ってくれてるのだろう。
「ガフ、ンナァア」(まあ、知ってるだろうなぁ)
「うん、そうだよね! やっぱりティコもそう思うよね!」
……本当に言葉通じてないんだよね!?
時々俺の適当な言葉に的確な返事を返してくるから鳥肌が立つんですけど!?
ま、まあギュンター卿にはめっちゃ進めるくんの事を説明してるから、間違いなく俺ん家の行き方くらい思いつくだろうけどさ。
問題はその先なのだ。
俺はティコの中だし、ティコは実際死んでいる。
俺にどうやって会うのかを考えなければいけない、ティコの病気をどうやって直したのか、嘘の理由を考えなければいけない。
できなかったら、そこで父さんやギュンター卿、そして俺の罪が全てバレてしまうのだ。
(そうなったら一番悲しむのはレナータちゃんだし、俺もまだ牢屋になんか入りたくない。頼みますよギュンター卿……!)
幸い、レナータちゃんが実家に帰省する前に手紙をギュンター卿へ送っている。
俺にティコを治してくれたお礼を言いたいから会わせて欲しいという内容の手紙だ。
ギュンター卿がその要求を撥ね付けずに帰省を許したということは、何かしら考えがあるはずなのだ。
「ダグラスさんってどんなひとなんだろ? ねえティコ、どんな人だった?」
「ガフぅ……」
いやいやレナータちゃん、それを俺に聞かれてもなぁ……。
「お父様、ただいま帰りました!」
「ガウっ」
そんな感じでやってきましたギュンター卿のお屋敷。
いやー、前回ここから出た時は余裕がなくて全然みてなかったけど、このお屋敷超デカかった。
やっぱり魔物使いの国にあるものはみんな大きい、俺の家もそこそこだけど、このお屋敷はそれ以上だ。
「レナータ、ティコ。おかえり」
お屋敷の門を開けた先には、ギュンター卿が腕を広げて歓迎してくれていた。
俺を見ても眉ひとつ動かさず、ごく自然にレナータちゃんの帰宅を笑顔で迎えるその姿は余裕たっぷり。
うん、この様子ならきっと何かしらの対策を練ってることは間違いない!
「あのっ、お父様。私今日はダグラスさんの事で相談があって……」
「うん。まあ少し落ち着きなさい。レナータもティコも馬車に揺られて来たばかりだろう?」
「は、はい」
そういってギュンター卿は俺たちをひとまず客間へと案内しようとする。
その際、俺の方を一瞥「任せなさい」とばかりに頼もしい笑顔だ。
ふむ、まずはレナータちゃんを落ち着かせて、何かしら理由をつけて俺とギュンター卿が二人っきりになるよう誘導するつもりかな。
「それに早くしないと、休めないかもしれないからね。なんせ今日は母さんが――
ギュンター卿が話しながら歩き出したその時だった。
――レナーターー!! おっ帰りぃーーー!!」
ガドンッ! とさっき俺達が開けたばかりの玄関の扉が、弾け飛ぶように再び開かれた。
え、俺の背丈の二倍はあろうかっていうくらいの、豪華な装飾がゴテゴテしててクソ重そうな扉なんですけど。
突然の衝突音にビクついたと思ったら、今度は開かれた扉から錐もみ回転しながら、赤い何かがこっちに飛び込んで来て……!?
「お…お母さまむぎゅっ!?」
「久しぶりだなぁ! よーしよしよし、また見ないうちにおっきくなった! えらい!」
「く、くるひぃです……」
真っ赤な長髪をぶんぶん降りまわし、レナータちゃんに抱き付いた揚句頬ずりまでかましている美人さんがエントリーしてらっしゃった。
おおう、もしやというかレナータちゃんの言葉通りなら、この人がレナータちゃんのママなのか。
なんというかどことなくエリーちゃんっぽい人だ、天井知らずのエネルギーにあふれてる感じの。
ああでも、髪色と体の育ち具合を除けば顔立ちはとても良く似ているなぁ。
「……ハニー。その、今朝受けたっていうオーガの盗賊団の討伐は」
「ああダーリン! ただいま! いやー今日さ、レナータが帰ってくるって聞いたから秒で片づけてきた! アイツらひ弱だからブン投げて瞬殺よ!」
「ああ……」といった風に天を仰ぐギュンター卿、後に続く唇の動きを読んでみると「足止めにもならなかったか……」って言ってませんか貴方。
ちょっと待って、『オーガがひ弱』?
アイツらって大鬼の魔物で、平均身長3メートル超えてて、頭は悪いけど筋力お化けって奴ら……だよな?
それを、ブン投げたって……え?
「おまけに魔法も使ってこねーから、シャッピーの出番もねーし退屈だったぜ。な? シャッピー?」
「ンナ゛ァーォ」
そしてレナータママンが後ろを向くと、ズシンズシンと足音を鳴らして屋敷へ踏み入ってくる、シャッピーと呼ばれた「それ」が目に入った。
真っ先に雪のように真っ白で美しい体毛、ふわふわな印象を与えるその奥には大木の如き四肢が潜む、しかも筋肉の付き方からして、その四肢は鞭のようにしなやかに且つ鋼鉄の如き頑強さを秘めているのが間近に見て取れる。
しかも大きさはマンティコアを優に超え、ジンクスと同等以上の巨体。
オオカミの如き獰猛な顔つきだが、黄金に輝く瞳の瞳孔は鋭いひし形になっており、この怪物がネコ型の魔物であることを確信させられた。
それは「災厄」、その姿を見た魔法使いは存在しないとさえ言われる、魔法殺しの魔猫。
(真っ白で、デカくて、黄金の瞳で、ネコ型……コイツって伝説に聞いた、災害級の魔物の、魔猫キャスパリーグに特徴が全部一致してるなアハハハ……)
生きているうちに絶対に遭遇することはないだろうと思っていたその魔物が目の前に居る。
俺は夢でも見てるんじゃないかと内心笑ってしまった。
確か魔法が絶対に効かないとかいう、魔法使い殺しもいいところな伝説の魔物だったよね?
魔法使いの国が寒い地方にあるのはキャスパリーグが寒いところが嫌いだから、暖かいところで栄えた魔法使いの国はすべからくコイツに滅ぼされるとかいう話まで聞く、あの、キャスパリーグ?
いやいやあり得ない、マンティコアを飼いならすとは訳が違うんだぞ?
台風や火山噴火と一緒に生活するようなもんだ、災害級の魔物は皆そのレベルの危険生物なんだぞ?
そこで俺は、あることを思い出した。
魔物使いの国には「世界最強の人間がいる」と。
この世界で一番強い人間は魔物使いであり、災厄の獣を力でもって従えているのだ、と。
「あ! そうだティコだよティコ! 元気してたか? 病気になったって聞いてたからオレずっと心配してたんだぞー! うりうりー!」
「ンギャピっ!?」
「ぷはっ。お、お母さまダメ!? ストップ! ティコが死んじゃうから本当にダメー!?」
レナータちゃんから俺へと標的を変えたレナータママンは、あっという間に俺をハグ……いや、もはやベア八ッグといっても差支えない、万力の如き筋力でギリギリと締め上げていく。
く、くるしい、しかもマンティコアの筋肉を形成している結界魔法が悲鳴を上げている、さっきから頭の中で『外部からの圧力が急上昇しています。このままだと結界が破壊される恐れがあります』って警告音声が鳴りやまないんですけど……!?
「ん? あ、ごめんごめん! 思わずシャッピーに抱き付く感じでやっちゃった」
「もうっ、お母さまったら! 昔からずっと気を付けてって言ってるでしょ!」
「ガ、ガフ……」(ひ、ひぃ……)
レナータちゃんがぷんぷん怒っているが、俺は既に虫の息である。
ああ、間違いない。
災厄の獣を力(物理)で従える、レナータちゃんのお母さんは――
「お母さまの馬鹿力に耐えられる魔物なんて、この世界のどこにもいないんだからっ!」
「災厄使いのリアーネ」。
未だかつて、「世界一強い人間を決める大会」で彼女を打ち破ったものはいない、名実ともに世界最強を名乗るその人であった。
「ハニー。そそそそその……て、ティコは病み上がりだから、気を付けてくれよ?」
「ああ、そうだったぜ。確か、あのケイの息子が病気を治したって話だろ? すげーよなー、魔法使いなのに病気治せるなんてさ。……ところでダーリン、さっきから汗すげーけどどっか具合悪い?」
「いっ!? いいやそんなことはない!? もちろん無いともハニー!」
先ほどまで余裕たっぷりだったギュンター卿が、ここにきてタラタラと脂汗を流しているのが確認できる。
ギュンター卿の態度、そしてレナータママンの反応から、俺は全てを察してしまった。
多分、この人奥さんに死体偽装のこと話していない。
何という間の悪さだろう、なんという不運だろう。
まさかこの死体偽装、レナータちゃんだけでなく世界最強の人間にまで隠し通さねばならないなんてー!
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