29話:ダグラス・ユビキタスってだあれ?

「ティコを治してくれたダグラスさんは、魔法使いの国の凄腕魔法使いなんです! 私、魔法使いの国に行って、ダグラスさんにお話してきます!」


 レナータちゃんはハツラツとした声で宣言する。

 その瞳は決意にあふれていて、とても誰かの制止で止まる気配はない


 傍で控える俺は、冷や汗がずっと止まらない。

 まずい。

 非常に、まずい事になってしまった。


 俺に会いに来る、だって?

 しかも、ティコの病気の原因を調べるために?


 ダメだ、めちゃくちゃだ、そんな事をしてしまえば、何もかもがめちゃくちゃになってしまう!


「が、がルル、ルウぅぅ……!!?」


 まず俺はティコを元気になどしていない、ティコはすでに死んでいて、俺はその亡骸をマジックアイテムに加工してその中に居るだけだし!?

 医者でもないから病死の原因なんて全然わかんないし!?

 というか、俺に会いに行くって言っても、俺は此処にいるんだぞ!?

 その俺に会うってことは、その間俺はティコになりきる事もできないし!?


(一体全体、どうしたらいいんだぁぁぁぁぁ!!?)


 どうすれば良いのか、皆目見当がつかない。

 偽装工作が全てバレかねないこの最大級のピンチに、その時俺はただただ頭を抱えることしかできないのであった……。




「なーなー、レナータ。ティコを治した奴って、魔法使いなのかー?」

「うん、そうだよ。ダグラス・ユビキタスさん、魔法の研究が忙しいからって、私が行った時にはもう会えなかったけど……」

「グルルルルぅぅ」(どうしようどうしよう)


 数時間後、場所は教室へと移る。

 今日全ての授業が終わり、放課後になってしまった。

 クラスのみんなが帰り支度をするなか、エリーちゃんがレナータちゃんに話しかけてきた。


 ……俺はというと、ずっと頭を抱えてうんうん唸っているだけだ。

 いや全くこの状況を切り抜ける案が思いつかない。

 レナータちゃんには、俺を訪ねてくるのを辞めて欲しいのだが、彼女を制止する術がない。

 人語が喋れない時点でどうあがいても絶望なのだ。

 嫌がったところで、服従の首輪で連れてかれるか、最悪置いていかれる可能性すらある。

 ホントにどうしよ、もう考えるのを諦めちゃっていいでしょうか?


 俺が悩みに悩んでいる中、レナータちゃん達は俺のことについて話していたようだ。

 そうだなぁ、現実逃避ついでに彼女たちの会話でも聞こうかしらなぁ……。


「外国の奴がわざわざ治しにくるなんて、すっごい珍しいよなー」

「お父様とダグラスさんのお父様が、昔からの親友だった縁で来てもらったの」

「レナータの父ちゃんの親友って……それ結構凄い人なんじゃ?」

「えーっと、どうなんだろう? 外国の人だからちょっと……。あ、名前の後の「ユビキタス」って言葉、どこかで聞いたような気がする……」

「ユビキタス? 名前の後にもう一つ名前が付いてるのか向こうはー?」


 そういえば、魔物使いの国の人達は、ファミリーネームというものがないんだっけか。

 こっちの国では一般的だったから、俺も魔物使いの国の事を知った時はファミリーネームがないことを不思議に思ったものである。


「うーん、ユビキタス、ユビキタス……あっ、「ユビキタス商会」!」

「おー! ユビキタス商会とおんなじだ!」


 おおっ、二人とも父さんのギルドについて思い当たったようだ。

 父さんがギルド長を務めているユビキタス商会、それは諸国の様々な物品をお届けする世界有数の超規模ギルドである。

 国内ではなく諸国なのがミソ、外国産の物品が売られていればソレ即ち、ユビキタス商会の商品というのが魔法使いの国では定番なのである!

 ギュンター卿との恩もあるし、父さんの事だから魔物使いの国でも商売してると思っていたのだが、やはりレナータちゃん達にも認知されているようだ。


 ……まあ、俺は特に父さんの仕事に関わってはいないんだけどね、敢えて言うなら売れそうなマジックアイテムが出来たら商品として扱ってもらってるくらいだ。


「もしかして、ケイさんってあのユビキタス商会のギルド長だったの?」

「ってことはそのダグラスもユビキタス商会の御曹子!? すごいなー!」


 あー、うん、エリーちゃんは兎も角として、レナータちゃんは今頃それに気付くのね……。

 それと俺は別に凄くないからね、あくまで父さんが凄いだけだから、俺は親のすねを齧る魔法ニートでしかないからね?


「商人ギルドの御曹子で、お医者様も治せなかった病気を治せる魔法使い……。改めて考えると、私すっごい人に助けてもらったんだ……」


 まってレナータちゃん、俺はそんな大層な人間じゃないから。

 むやみやたらに俺への評価を上げるのはやめてほしいな、実際に会う時が怖いから。


「うわー、あたしもどんな奴かすげー気になってきたぞー! ……ところでレナータ、魔法使いの国ってどこにあるんだ?」

「――あっ。そうだった、どうしよう……」


 エリーちゃんの言葉で、レナータちゃんが固まった。

 どうやら、俺に会いに行くと決意したはいいものの、肝心の居場所が良く分かっていないらしい。


(魔物使いの国から魔法使いの国まで……。うーん、交通手段にもよるけど結構な長旅になる筈、しかも道中はかなり危険で、レナータちゃんとティコおれだけなら間違いなく辿りつけないだろうなぁ)

 

 冷静になって考えてみれば、レナータちゃんが俺を訪ねること事態が難しいかもしれない。

 国の場所だけなら調べれば分かるだろうけど、外は危ないし、それに学生の身で長期間国外に出てしまってもいいのだろうか?


 一度その考えに至ると、俺の思考は安堵に包まれた。

 ああなんだ、結局すべては杞憂じゃないか。

 現実的に考えれば、国から国へ移動することは命懸けだ、いくら決意したってそうそう簡単に実行できるものじゃなかったのだ。


「そうだ! お父様から聞いたんだけど、ダグラスさんは「どれだけ距離が離れてても一瞬で移動できる魔法陣」が書けるらしいの! もしかしたらお父様に相談したらなんとかなるかも!」

「どれだけ離れてても!?」

「ホヒャホヒョーン!!?」


 めっちゃ進めるくんの存在忘れてたああああ!!?

 ギュンター卿、何言っちゃってるんですか!?


 この時ほど自分が生み出したマジックアイテムを恨んだことはないだろう。

 ああそうだよ、アレは大地に循環してる魔力を使ってるから、この世界のどこだって移動できますよええ!

 三つ以上魔法陣を置いたら分割して送る欠点さえなければ、世界全てを変えたであろう一品だけどさ、なんでこんな時に思い出しちゃうかなぁ!?


 もうダメだ、これでレナータちゃんが俺を訪ねることが出来るようになってしまった。

 めっちゃ進めるくんの存在を知っているレナータちゃんなら、俺に会うことを諦めたりしないだろう。

 もう、レナータちゃんが実家に帰ってしまえばおしまいじゃないか……!


(ちくしょう、俺一人じゃどうやったって――)


 ――まてよ、本当にそうか?

 やけっぱちになりそうな思考を押さえつけて、極めて冷静に努める。

 レナータちゃんは、俺を訪ねるために実家に帰るということはだ。


(順序を考えろ、レナータちゃん家に行くってことは、ギュンター卿に事情を話すチャンスじゃないか?)


 そうだ、彼女は俺の居場所を聞くために絶対に自宅へ帰らなければいけない。

 ギュンター卿はティコの中身が俺だと知る数少ない人間だ。


(俺一人じゃどうしようもないけれど、ギュンター卿と口裏合わせれば、レナータちゃんを完璧に騙せることはできるかもしれない)

 

 ギュンター卿に協力してもらえれば、きっとティコの代役を務めてもらうことも可能の筈だ。


「よかった、これでダグラスさんにお礼が言える!」

(なんとしてでも、レナータちゃんを騙しきる!)


 お互いに正反対なことを言いながら、俺達主従は硬く決意するのである。



「……ところで、さっきからティコがヘンじゃないかー? 頭抱えたり急に変な声出したり、なんか今ガッツポーズしてるような格好だし……」

「うーん、そうなんだよね。なんだかティコ、病気が治ってからすっごい多芸になっちゃって……、その辺りもダグラスさんに聞いておこうかな」

「――ガフ!? ガ、ガフガフ」

「急にお座りの態勢になったぞー!?」


 あっぶねー、ついつい人間の動きが出てしまった……。

 

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